現忍 ~才能の無駄遣い~
短編と言うことで張り切った結果がこれでした。
挑戦作でもあります。様々な手法を取り入れまくって、かえって変な方向性になっておりますが、あまりに気にしないのが一番です。
ほんとに何でこんな変なんだろ?
現在ではフィクションの世界でしか見かけることのなくなった存在。
【忍者】
彼らは摩訶不思議な術を駆使して、歴史上多くの乱世を戦い尽くしてきたが、その人数は平和になるにつれ激減し、絶滅危惧種の動物とは異なり保護されることも表沙汰にされることもなく、ひっそりと姿を消した。
……はずだった。事実、三十年前には確認されている最後の力を持った忍者が亡くなっている。その為、だれも能力は発現させることもなく、教える者もいない。
しかし一人の男がある時突然忍者としてひっそりと覚醒した。その男の両親は変哲もない一般市民である。サラリーマンの父親と専業主婦の母親からそのような力を持つ子供が生まれるはずはなかった。
問題は父方の祖父にあった。彼は人里離れた山にこもり、仙人のような暮らしをしていたので自分が忍者だと気が付いていなかった。国でさえも存在に気がついていなかったのである。
無論、一目見れば常軌を逸している運動能力を持ち合わせていたが、人付き合いがなかったため、その事実に気がつくことが出来なかったのである。
その後色々あって、何かがあって、奇跡があって、結婚し子供が生まれるとあっけなく亡くなってしまった。
そんな一般人として育った息子の子供が、ある日忍者として覚醒したのである。
大体そんな感じである。覚醒した瞬間はなんかあまりにも痛々しいので省略しておく。なんというかそういう時期/お年頃だったのである。
隔世遺伝を果たした男の名前はリューヘーというどうにも適当すぎる名前である。呼んでくれる人がいない=問題はないので大丈夫、というのはいささか寂しいもののそこは気合で我慢するリューヘーである。
さてリューヘーは、何の因果か忍者としての力を覚醒したものの、忍びの術なんてものは知らないため残るのは常人を凌駕する程度の運動性能だけである。それだけでも十全なのだがリューヘーという男は怠慢で堕落しており、最早性根が腐りきっている。
外に出るのさえ億劫、と口に出すのさえ面倒くさがるリューヘーは他人が羨む力を有効に活用するなんて微塵と考えていなかったのである。
おそらく真面目に頑張れば就職先など数多にあっただろう/体を動かす仕事限定になったであろうが、それでも何もしないよりは些かマシと言える。
さて前口上を幾ら並べ立てたところでリューヘーのダメさ加減しか伝わらないが、一つリューヘーが力を存分に発揮したエピソードでも紹介しよう。本人は些か不本意かもしれない話である。
リューヘーのリューヘーによるリューヘーの為の力の使い方であり、きっとそれは黒歴史。
それは全国でも前例がないほどの寒い夜であった。外は轟々と吹雪き、地面と歩道の境界線を曖昧にしていった。家は凍てつく寒さに覆われ、暖房なしでは無事に朝を迎えられない、と危惧してしまうほどの零下三十度。窓には雪がべったりと張り付き、根を張るように凍りついている。吹きすさぶ風は家を揺らし、まるで地震を錯覚させた。
現在深夜二時。これから更に気温は低下していくだろう。
そんな中リューヘーは凍えていた。否、凍死しかけていた。原因は蒲団をファブりたがる母親である。それは、まるでリューヘーが汚いと言わんばかりのファブりっぷりだったが、気のせいにしておいたほうが今後の両者の円滑なコミュニケーションにつながるだろう。世間でいうジョークというやつだろう、とリューヘーは青白くなった顔で納得することにした。
さてはて問題はその蒲団がリューヘーの部屋ではなく、階下に干されていることである。
取りに行けばいい?
そう思うことだろう。しかしそうはできない理由が存在する。存在してしまう。より正確に言うならば今死ぬ道を選ぶのと、極寒の寒さを耐え切って運が良ければ朝まで生き残る道のどちらを選ぶ、二択を提示されているのに等しい(ちなみに寒さを無視して寝てはいけない。寝ている間は体温が保てないため、身体的に強化されているリューヘーであっても非常に危険だからである)。
なぜなら部屋のすぐ外には、大量の罠が設置されているからだ。廊下や階段などにもオーバーキルにもほどがある罠が仕掛けられている。もはや局所大量破壊兵器である。
疑問に思うだろう。何で罠? 一応こんなことになった《事情》がある。
一年ほど前のよく晴れた日。近所のスーパーへ買い物に出かけた母親が自宅の鍵を掛け忘れたため、泥棒があっさりと侵入してしまった。その瞬間は最高についていた泥棒によっていろいろ盗られたため、「今後いつ入られても撃退できるように」と罠が常駐されることになったのだ。
……色々とすっ飛んでぶっ飛んでいるが、これがリューヘーの母親であり、彼がいつまでも敵わない存在である。
最初はリューヘーが疑われ、執拗に取り調べを受けたものの、結局犯人ではなく、証拠不十分で釈放された。何故そもそも捕まえたのかと、口に出さないまま疑問に思ったリューヘーだが、答えは簡単だ。その挙動不審の様、相手を睨みつけるかのような眼差し、相手を威圧するかのような低い声が原因だろう。
本人としては自分に自信が無く人が苦手+また目が悪く物を見るときは目を細めている+非常に低い声帯の持ち主=リューヘーなだけであったが世間は見た目で判断するので、精神チワワ/肉体犯罪者が成立してしまった。
なお、鍵をかければいいというリューヘーの案は顔面ファブとともに却下された。真似しないように。
また犯人は母親がいかなる手段をもってしてか、警察が捕まえられなかった泥棒を捜し出し、少々(で笑って済まされない程度)の私刑を慣行した。
泥棒がその後どうなったかを知るものはいないとか。
……本当は真面目に働いているらしい。
さて話を軌道修正すると、そう罠の話である。大量にはりめぐされた罠の中には、一般人では絶対に手に入らない物もあれば、自作による凶悪トラップがあり、改めてリューヘーの母親が恐ろしく感じられる。リューヘーが忍者である、などもはやどうでもいい位の驚きだ。
しかし今回のストーリーの主軸はあくまでリューヘー。
今回はリューヘーが寒さに耐え切れず、蒲団を取りに行く/罠を掻い潜り生き残るというとても同じ意味には聞こえないミッションを開始することにした。
深呼吸一息。凶悪だと十中十判断されであろうその顔は、戦場に向かう男の覚悟が滲み出ていた。
MISSION START
side ninnzya=ryu-he-
部屋の電気を消して、暗さに眼を慣らしてから行動を開始した。扉を僅かに開けて様子を伺う。
両親は親戚の結婚式に呼ばれていて、夜の飛行機便で海外にでかけたはずだ。ゆえに音はさほど気にしなくてもいい。
携帯したペットボトルを廊下に転がす/瞬間木端微塵、笑えそうにも無かった。
……設置したときに聞かされたのと違いますが?
ここまで進化しているとは想像していなかった。
額に嫌な汗が流れのを感じるも、すぐに寒さで冷えてしまった。
こうなったら、もはや勢いである。いつまでもこうしているわけにもいかず、自身の運動能力を過信することにして、リューヘーは飛び出した。
コンマ一秒あっただろうか。目の前に現れたのはすでに射程に入った弓矢であった。かわす所か知覚するのさえままならない状況/同時に第二第三の弓矢が異なる距離・角度で射られようとしていた。小型で想像するような構造ではなかった。だが速度は途轍もない。
心臓まで迫っていた矢を手に持っていた短刀で弾いた。無意識だ。忍者としての血がそうさせたのだろう。続く矢は姿勢を低くしてやり過ごした。
短刀を矢の射出地点に投げ、破砕する。しかし安心はできない。どうやらこの廊下、レーザーなどの位置認識系の装置があり、正確に対象を攻撃できるようだ。
攻撃用/いや紛う方無き殲滅用だった。
階段まで十メートル。まともに移動できてさえいない。数歩ほどの距離がとんでもなく遠く感じられた。
周囲に変化が無いかを目配せで確認してから、足を半歩動かす。
小さな機械音/カチリ。
唐突に重力が無くなった。驚き視線だけを下に向けると……床が無い? 古典的な罠だったが、暗闇の中、眼を凝らすと無数の剣山が今か今かと獲物を待ち構えていた。
必死で右手を伸ばし、床に掴まり何とか落下を堪えることに成功した。かつてならばこのようなことは不可能であったが、忍者となった今ならば容易いとさえ感じるほどだ。
片手に力を入れて、後方倒立回転とびをする。手や腕の力だけで行なうことになったが、想像以上にあっさりとできた。
剣山の罠から離脱し、床と天井の中間辺りで運動エネルギーを失った。後は安全な位置に着地するだけ……だった。
金属音/ガチリ。そのはっきりと耳元まで届いた音源は分からなかった。知覚できる範囲に武器の類は無い/自信を持って断言できないが、多分そう。だが体内から鳴り響く警鐘は止むどころか、大きくなっていくばかりであった。
罠の少し先に着地するかどうかで予想外の装置が作動した/武器の類ではない。そんなスケールではなかった。動き出したのは壁/左右より侵入者を圧壊目的。
階段まで残り六メートル。疾走。
両壁接触まで残り三秒弱。全力疾走。
階段まで残り二メートル。滑走。
両壁接触まで残り二秒強。全力滑走。
勝利を確信した。間に合う。
決して油断は無かった。慢心はなかった。現状を把握した上での冷静な判断だった。
ただ相手が一枚上手だった。
階段付近/残り一メートルの地点。邪魔するかのように登場した機関銃。
攻撃が急に途切れたのも、ここぞという場所で効力を発揮するためのおとり。今までのはただの布石。確実に相手をしとめることを想定した最悪。
銃を相手にすれば壁に挟まれ、壁に意識を向ければ銃に穴を空けられる。どちらを選んでも、まともな結末は迎えられない。
寒さを凌ぐことがここまで大変なこととは思いもしなかった。これまでかと、潔く覚悟をした。しかし壁に銃弾の嵐はいつまでも迫ってこなかった。まるで……止まっているかのよう。
事実。認識の上では止まっているのと等しかった。
忍者となって得たのは実のところ運動能力だけではなかった。得たのは脳関連/特に顕著なのが認識・知覚を司る大脳。何倍もの速度で動いても眼で追うことができたのは知覚速度も上昇していたからである。
極限の集中力によって知覚が引き伸ばされ、まるで止まっているかのようにゆっくりと時が流れている。脳の働きは加速しているためそれなりに早く思考することができる。ただし限界以上に早く動けるわけではない。
思考する。
現状取れる最良の手段を探し出す。仮にこのまま向かうとする。壁を考慮しないならば焦点となるのは機関銃をかわせるか/防げるかが重要である。
機関銃の発射速度は700発/1分、初速800m/sを超える。これは昔の記録なので現在は更に上がっているだろう。おそらく今の集中力ならば知覚はできる。一発一発見ることができる。
だが一秒で10発以上、肉体到達までおよそ0.00125秒の弾丸をかわせるかと言えば答えは否だ。距離が近すぎる。
∴(ゆえに)思考する。
機関銃を無視して、壁のみに注目する。床から天井まで隙間が無い。速度は遅いわけでもなく、油断できない。
壁が壊せないか演算するが、手持ちの武器では傷一つつけられそうにもなかった。圧殺される光景しか浮かばない。
目標を達成するための条件は満たす出来なさそう。条件を現状の死を回避に引き下げた場合、生き残る手段は無いこともない。
極度の集中力で引き延ばされていた時間が戻ってきた。
手持ちの武器を全て機関銃に投擲/振り向き自室へ走る。
背後で発射された弾丸と武器がぶつかり合う鈍い音/僅かな時間稼ぎにさえならない。
壁/弾丸が迫り、姿勢を低くするも、躰/腕/足/数カ所に着弾。噴き出す血液/肉が抉られる感触。痛みをこらえ、傷跡を意識しないようにただ必死で神経に命令する
動きは止めず、さらに速く、速く。銃弾と銃弾の僅かの隙間を縫うように強引に滑り込む、一瞬の判断ミスが命に直結/危険なギャンブル。
最後の可能性に賭けて、
『飛んだ』
飛来する銃弾よりもなお速く、這い寄る壁よりなお速く。
飛んだ先は、自室ではない。それでは遠く間に合わない。ならばと、考えたのが、先ほど掛かった罠/底が剣山の落とし穴だった。間一髪、数センチ上を弾丸が掠める。銃弾も壁も侵入できない領域に身を落とす。
傷だらけのボロボロになった両の手/足を使い、剣山と平行になるよう均衡を保つ。ほぼ同時に壁は完全に閉じられ機関銃の音はしない。
さて、どうする?
……これ、どうする?
上は天井。下は剣山。
逃げられない状況。刻一刻と限界は迫っている。血液が足りなくなっても/力が一瞬だけ抜けても/このまま耐え切っても、恐らくは危険。
なんとかしなければ、という思いとは裏腹に焦りばかりが募り、時間間隔が分からなくなってきた。暗闇の中、どのくらい経ったのか。十分ほどかもしれないし、一分ほどかもしれない。冷静に言い聞かせたところで、さしたる意味はないかもしれないが簡単に諦めるつもりは無い。
……腕の感覚が無くなり、意識さえ朦朧としてきた。
朝まで耐えられるか?
いやそもそも助けが来るのか?
追い詰められたリューヘーの精神は、どこまでも弱り切っていた。まるで世界全てから裏切られたかのように、絶望に拉げられた。あと数刻しない内に、ギャン泣きするだろう。
さいわいにもその事態は回避された。天井の重厚な壁がゆるゆると動き出したからである。
「おーぃ、しんにゅーしゃー」
不可解に思いながら警戒していると、間延びした声を掛けられ思わず脱力してしまった。
新new車と随分最新の車が呼ばれた気もしないでもない。
身体の限界もあり、不承不承、Nin車(無理がある)として床に上がった。先ほどとは違いじっくりと時間をかけて、よじ登るようにしてなんとか生還できたのである。
これでいきなり武器を突きつけられても、抵抗できないだろう。既にまともな握力さえ残されていないというのに、どのように抵抗すればいいのか想像がつかない。
「おー、生きてるー」
脱力系の声はすぐ近くまで 来ていた。
「びっくりー、したー」
余りに抑揚の込められていない声は驚いているようには聞こえなかった。壁により掛かりながら立ち上がり、改めて声の主を直視した。
小柄な体躯に、長い髪。こちらをゴミのように蔑む瞳の持ち主。
「……妹よ、何をしているのか訊いてもいいかな?」
「その声はー、兄もといゴミー」
「妹よ、その使い方は間違ってるから。順序が逆だ」
無論、妹は兄をゴミとしか見ていなかったので、まったくもって間違った使い方ではない。
「それで、何でここに? みんなとでかけたんじゃなかったのか?」
妹はリューへーを数秒見下した後答えた。
「ひきこもりの、ゴミ、答えない」
三ヶ月ぶりに交わす会話が余りも酷いため、自室育ちのリューへーは耐えられそうになかった。
妹は一度に話す情報が極端に少ない。慣れてくると、ある程度分かるがそれでもあの他者を卑しむ態度は誰からも受け入れられにくい。
リューへーは1回/三十文字ほどで割合で投げられる‘ゴミ’発言に泣きそうになりながらも、事情をきいた。分かったのは、妹は留守番のため家に残った、トラップに反応があったので、侵入者撃退のために動いていた、リューへーが死にそうなのにさほどどうでもいいと感じている、という事だ。
まずリューへーが家に残っているのに留守番を寄越す理由が見当不明だった。これを妹に尋ねるとあっさりと返ってきた。
「存在、危険」
忍者だからという意味ではないような気がした。
それよりも、現状少々公共の場ではお見せできないほどの惨状が出来上がっているが、妹は助ける気がこれぽっちもないらしい。仕方なしに這いながら一階を目指す。
妹は「ゴミ」と言い残して自室に戻っていった。
自然と涙が溢れ出た。怪我しているからに違いない、きっと……。
翌朝。常人では緊急入院だが、応急処置だけで生きているのは忍者だからであろう。念願の布団に包まりながら目を覚ましたリューヘーは、すこししてとんでもない事に気がつき、驚愕した。
1.翌日だと思っていたが既に四日経っていたこと。
2.部屋、玄関、階段、廊下。血まみれ/傷だらけ。
3.妹が友達の家にしばらく厄介になるらしい。もしや逃げ……
そしてあの災厄の母と普通の父が今日帰ってくるのである。リューへーは現実逃避をしてひきこもることにした。
リューへーは気がつかない。逃避も何も、それこそがリューヘーのいつもの現実だということに。
その後、リューヘーの行方を知るものはいなかった。
現忍 ~才能の無駄遣い~ / 了
忍者のキーワードから連想した短編でしたが、いかがでしたでしょうか。
主人公の主語が無いせいで、読みにくいと言うか、変な文体になっている気もしますが。
長編でしたら、詳しく書けたんでしょうが(もちろんもっと丁寧に)、短編ということを考慮するとこの辺りの分量が妥当でしょうか。
きっと色々間違っているでしょうが、よろしければ感想お待ちしています。