『ある医師の半生録――プロトコルの浸透』
休み時間の始まりを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が変わった。
クラス委員の陳が立ち上がり、後ろの戸棚からカードボックスを取り出す。それを見た瞬間、郭の胃が小さく収縮した。
「今日も批判大会やろうぜ」
誰かが言った。誰が言ったか、郭には分からなかった。いつもそうだ。声は集団から生まれ、集団に還る。責任の在処が最初から存在しない。
カードが切られ、伏せられ、配られた。
郭は自分のカードをめくった。
赤い文字で一文字。
疑
反動分子。今日の容疑者は郭だった。
七人が郭を取り囲んで椅子を並べた。
陳、魏、何、羅、李、馬——そして最後に、シャオファンが静かに腰を下ろした。シャオファンだけが少し間を置いて座った。郭はそれに気づいた。気づいて、顔には出さなかった。
戸棚の上には三角帽子が置かれている。郭は自分でそれを取り、被った。首から下げる看板には、すでに陳の手でチョークが走っていた。
日和見主義者
「では批判大会を始めます」
陳が議長面をして言った。十一歳の声で。
最初の罪状カードを切ったのは魏だった。
「昨日の朝、郭は配給のパンを受け取る時、一瞬だけ下を向いた。これは感謝の気持ちが足りない証拠です」
「そうだ」と誰かが言った。
「感謝が足りない」と別の誰かが続けた。
サイコロが振られた。四の目。大声ポイントが積み上がっていく。
郭は黙っていた。反論は燃料になる。沈黙も燃料になる。どちらを選んでも同じだということを、郭は三回の批判大会で学んでいた。だから郭は表情だけを管理した。怯えを見せない。しかし反抗も見せない。
ちょうど何もない顔を、郭は作り続けた。
次の罪状カードは何が出した。
「郭は先週、掃除当番をサボりました。集団への貢献を怠った利己主義者です」
「それは嘘だ」
郭は言った。静かに、しかし明確に。
「私は掃除当番をやった。記録簿を見れば分かる」
「記録簿は信用できない」と陳が言った。「問題は事実ではなく、思想です。なぜそういう誤解が生まれたか。それはあなたの日頃の態度に問題があるからではないですか」
ざわめきが起きた。同意の声が重なった。
郭は黙った。
正しい反論が通用しない場所に、郭は今いる。
三枚目のカードが切られる前に、シャオファンが口を開いた。
「ちょっと待って」
場が一瞬、静まった。
「罪状カードは一人一枚ルールじゃなかったっけ。まだ何のカードも出てないでしょ」
シャオファンは何を見るでもなく、カードボックスの角を指でなぞりながら言った。「順番通りにやらないと、ゲームにならないよ」
陳が少し眉を寄せた。「……そうだっけ」
「そうだよ。ルールブックに書いてある」
シャオファンはルールブックを開かなかった。開く必要がなかった。陳がそれを確かめに行かなかったから。
攻撃の波が、わずかに引いた。郭には分かった。シャオファンが何をしたか。
ゲームのルールを守ろうとしているだけ、という顔で、時間を稼いでいる。
郭は顔に出さなかった。
四枚目。五枚目。
大声ポイントが積み上がるにつれて、包囲の温度が上がっていった。李がサイコロを振るたびに机を叩き、馬が郭の看板を指差して笑った。
「自己批判しろよ」
羅が言った。「早くボタン押せば楽になるぞ」
テーブルの端に「自己批判ボタン」が置かれている。押せば終わる。音声が流れ、人民側が勝ち、郭は今日の批判大会の公式の敗者になる。
次の休み時間も、また指名されやすくなる。
郭はボタンを見た。見て、目を逸らした。
六枚目のカードは密告ボーナスカードだった。
陳がそれをテーブルに叩きつけた。
「実はこいつ、昨日家で変な歌を口ずさんでた。うちのクラスの歌じゃない。どこの歌か分からない歌。出所不明の歌を歌うのは、思想的逸脱の証拠です」
糾弾攻撃力、二倍。
声が大きくなった。机が揺れた。
郭は、揺れなかった。
その代わり、郭は初めて自分から口を開いた。
「陳」
静かに呼んだ。陳の名前だけを。
「その歌は、先月の音楽の授業で先生が黒板に書いた歌だよ」
沈黙。
「黒板、写してるよね。ノートに」
陳の顔が、一瞬だけ止まった。
「……それは」
「出所不明じゃない。学校の授業の歌だ」
郭はゆっくり言った。声のトーンを管理しながら。怒っていない、しかし明確だという声で。
「密告は、正確な情報に基づかないといけない。それがルールだよ」
ルールブックには書かれていなかった。でも誰もそれを確かめなかった。
波が、また引いた。
七枚目のカードを、シャオファンが持っていた。
場の全員がシャオファンを見た。これが最後の罪状カードだ。これが通れば大声ポイントが規定値を超え、郭は精神的圧力の限界とみなされて強制終了になる。
シャオファンがカードを見た。
郭もシャオファンを見た。
シャオファンのカードには何が書かれているか、郭には見えない。でも郭には分かった。決定的なカードを、シャオファンが今持っている。
シャオファンが口を開いた。
「このカード——」
一拍。
「内容が薄すぎる。こんな罪状、批判大会の格が下がる」
陳が眉を寄せた。「何が書いてある」
「『授業中に窓の外を見ていた』。こんなの罪状じゃないでしょ。私だって見てるし、陳だって見てるじゃない」
シャオファンはカードをボックスに戻した。
誰も止めなかった。
大声ポイントが規定値に届かないまま、砂時計がひっくり返った。
制限時間終了。
陳が不満そうに言った。「引き分けか」
「引き分けじゃない」
郭が言った。
全員が郭を見た。
「このゲームに引き分けはない。ルールブックにそう書いてある」
郭はテーブルの上のルールブックを手に取り、開いた。該当ページを全員に見せた。
「このゲームに『引き分け』や『容疑者の無罪』はありません」
「だから——」
郭はルールブックをテーブルに置いた。
「このゲームは容疑者が負けないかぎり、人民側が負けになる」
静寂。
郭は三角帽子を脱いだ。看板を外した。テーブルの上に置いた。
「次の批判大会のゲームマスターは私がやります」
郭は椅子を引いて、議長席に座った。
陳の席に。
その夜、郭はゲームのルールブックを読み返した。
読みながら、郭は考えた。
このゲームで大事なのは、正しいことではない。ルールだ。ルールの解釈だ。誰がルールを読んで、誰がルールを語るか。それだけだ。
郭はルールブックを閉じた。
窓の外で、誰かが党歌を口ずさんでいた。
郭はそれを聞きながら、今日は良い勉強ができたと思った。
本当にそう思った。
それだけだった。
新月の夜、月は出ていなかった。
そして時は流れた。
とある施設。
列は静かだった。
奉仕志願者たちは一様に白い簡易服を着て、廊下に沿って並んでいる。泣いている者はいない。泣く段階はとうに終わっている。ここに来るまでに、すでに何かが抜け落ちている。郭はそれを知っている。知っていて、何も感じない。脳の中の静かな調律が、余計な感情の芽を摘み取るから。
注射器を取り替える。次の女性の腕に消毒液を塗る。
党のために。永遠の奉仕のために。
針を刺す。紅い雨改良型が静脈に入る瞬間、女性が小さく息を呑む。郭は微笑む。「光栄なことですよ」と言う。毎回そう言う。プロトコルが推奨する声のトーンで、推奨する表情で。
ロボット犬が工程を記録しながら隣を歩いている。ナノマシンが体組織をプラスチックへと置き換えていく速度を、郭は手元の端末で確認する。今日の処理速度は良好だった。
次の名前を呼んだ時、
郭は何も感じなかった。
シャオファン、という名前を読み上げた時も、顔を上げて彼女を見た時も、脳の中は穏やかなままだった。プロトコルは正常に動いている。
シャオファンが列から一歩踏み出した。
白い簡易服。少し痩せた。髪が短くなっている。それだけを郭は観察した。観察して、記録して、次の処理へ移行する準備をした。
シャオファンの目が郭の顔を見た瞬間、何かが揺れた。
郭にはそれが見えた。見えて、分類した。処理対象における既知人物認識による情動反応、軽度。記録事項なし。
「郭——」
声が出かかって、止まった。
郭は微笑んだ。「シャオファン。久しぶりだね」
推奨されるトーンで。推奨される温度で。
「党のために永遠に奉仕できるなんて、本当に光栄なことだよ。君に相応しい」
シャオファンの顔から何かが落ちた。
希望、と呼ぶべきものが。一瞬だけ灯って、それから完全に消えた。郭はその変化を見た。見て、何も感じなかった。プロトコルは今日も正常だった。
今日は特別な記録任務だった。
通常はロボット犬が工程を監視するが、シャオファンについては党からの報酬として郭自身が最後まで記録することになっていた。優秀な処理実績への褒賞。郭はそれを誇りに思った。プロトコルがそう命じていたし、郭自身もそう感じた。もうその二つに違いはない。
注射の後、シャオファンは処理台に横たわった。
郭は端末を手に、傍らに立った。
ナノマシンの動作は指先から始まる。皮膚の質感が変わっていく。透明度が増していく。シャオファンの手が、光を通し始めた。
シャオファンは動けない。プラスチックへの置き換えが進むと、神経系が先に固定されるから。でも意識はしばらく残る。設計上、そうなっている。
郭は記録を続けた。数値を読んだ。工程に問題はなかった。
シャオファンの目だけがまだ動いた。
郭を見ていた。
何かを言おうとしていた。声帯はもう動かない。唇もやがて止まる。目だけが、最後まで郭の顔を見ていた。
郭は微笑んでいた。
穏やかに。誠実に。党が推奨する、善意ある医療従事者の顔で。
シャオファンの目が止まった。
記録完了。工程、正常終了。郭は端末に所見を入力した。
「対象、良好な状態で保存完了。声帯クローン生成用データ採取済み。展示品質:優良。」
廊下に戻ると、列はまだ続いていた。
郭は次の名前を呼んだ。
その夜、郭は夕食を食べた。配給の麺は温かかった。党歌が施設内に流れていた。郭はそれを聴きながら、今日も良い仕事ができたと思った。本当にそう思った。それだけだった。
満月の夜だった。月明かりがとても美しかった。




