EP4
岡田家。シティの高級住宅街にある。周りは大体金持ち連中で、セキュリティに関しては恐ろしいほどにしっかりしている。だからこの辺りでは人の出入りは多いが外を歩いている姿を見ることはない。
セレスマンションと書かれた札の建物は三階建てで、それぞれがワンフロアとなっている。全て岡田の持ち物だ。
入り口のロボットが識別するとドアが開く。ハガネは玄関を抜けると、リビングでコートを脱いでいる姉メアリと目が合った。
「あら、仕事を放り出してどこへ行ってたのかしら」
「……すいません」
隣を通り過ぎようとするハガネの腕を掴んで、メアリは顔を覗きこむ。
「アイリス、今夜は一緒に食事をしましょう。ダーリンが帰ってるの。いいわね?」
ハガネは眉をひそめると彼女を見下ろした。
「お二人でしたほうがいいのでは?僕は邪魔になります」
「いいのよ。ダーリンからの指名だから。私だって邪魔者なんて欲しくないわ。でもアイリスがいたほうがいいみたいなの。いいわね?」
「はい」
ハガネはメアリの手を解くと階段を上がっていった。
メアリの夫・ダーリンが自分に何の用があるのだろう?彼女が結婚してから幾らか話をした程度で親しくもない。面白い人ではあるが。
夕食の時間になり食堂に向かうとメアリとダーリンが二人寄り添っていた。見る限り仲睦まじい夫婦で何の害意もない。ダーリンはハガネを見ると歯を見せて笑った。
「悪かったね。夫婦で色々話合ったことを君にも聞いてほしくてね」
「はい」
ハガネが席に着くと夕食が始まった。テーブルにはメアリが好きそうなメニューが運ばれてくる。それに手をつけながらダーリンが話し出した。
仕事の話から始まり、夫婦のこれから、そしてハガネの話に移った。
「アイリス、君のことはメアリから聞いている。色々とね……それで私としては君に結婚を勧めたい。そうすればリクノで働く必要もないし、どうだろう。今度、君のために内輪でパーティを開こうと思う。そこには私が招待した人が沢山来る。婚約者候補ともいえるだろうか」
ハガネが黙っていると声を荒げたのはメアリだった。
「待ってよ!ダーリン。それじゃあアイリスの意思なんてないじゃない」
「勿論決めるのは彼だ。誰を選ぼうとも。ほら、時間だよ、連絡をしないといけないんだろう?しておいで」
メアリが腕にしていた通信機を見るとダーリンに口づける。
「もう……分かった。この話はまた後で」
食堂をメアリが出て行くとダーリンは大きな溜息をついた。
「悪かったね、失礼なことを言った」
「はい?」
「この間メアリが酔って色々話してくれてね。君のことも……君にしたことも。彼女は酔いすぎて覚えていないから、それぞれ調べたんだ」
ダーリンは両手を組むと顎にあてる。甘いマスクではないが端整な顔立ちでマッチョと言える体に白いシャツがよく似合っている。人当たりが良いのは仕事柄なんだろう。
「……そう、ですか」
メアリや自分のことなどは、いずれバレてしまうだろうと考えていたから、特には気になることはなかった。ただ思い出したくないだけで。
「アイリス、君はメアリと離れたほうがいいだろう。結婚と言うのは急な話だが、彼女が納得する唯一の方法だとは思う。傍にいればまた君を……。私は出来ればそれを避けたいと思っているんだ」
「そう……ですね」
「勿論、君に好きな人がいるならその人と一緒になるのがいいんだと思う。パーティはまだ少し先になるから考えておいて欲しい。それと……」
ハガネが顔を上げるとダーリンは微笑む。
「困ったことがあるなら相談して欲しい。私は君の味方だから」
ハガネが返答しようとした時、食堂にメアリが戻ってきた。プリプリと怒りダーリンの膝に座り文句を言っている。ハガネはテーブルのワインを飲み干すと食事を終わらせて席を立った。
深夜、自室のドアを叩く音がしてハガネは返事をした。ノックの主はダーリンで彼は部屋に入ると入り口近くのソファに腰かける。
「夜分遅くに悪いね」
「いえ」
ハガネも彼の前に座り向き合うとダーリンは足を組んだ。
「うん、やっとメアリが眠ったから。さっきは言いっぱなしになっていたから君の話も聞けたらいいと思ったんだ。必要なかったかい?」
「いいえ……あの」
「何かな?」
「僕たちのこと調べたというのは……その、チャイルドシステムにアクセスを?」
「うん。メンテナンスのときにね」
チャイルドシステムはいわゆる子供たちを監視するシステムだ。何か会った時に警察や軍に提出される。個々で管理はされているものの、アクセス権は所有者にもある。削除などは許可されてはいないが、事件が明るみに出ないと秘密は保持される。ダーリンはメアリと結婚した際に家の共同所有者となったため確認ができたのだ。
「膨大な量だった。君には話しておいたほうがいいのかわからないが……メアリも同じだった」
「お姉さんですか?」
「そう。彼女は君たちのご両親を憎んでいる、それは君も知っているだろう?どうしてかはどれだけ酔っても話さなかった。それでもいいと思ってはいたんだが、メアリの口から君のことが出てきて確認する必要があると思った。人の秘密を探るなんてあってはいけないことだけど……それがわかった」
ダーリンはソファに頬杖をつく。彼はゆっくり話し始めた。
メアリがまだ小さい頃だ。リクノビューティが波に乗り母親が家を空けることが多くなる。父親は彼女を献身的に支え娘の面倒を見ていた。ある日、母親が家に帰ると娘が泣きついて、ただひたすら嫌だと泣いた。話を聞くと人形遊びは嫌だと泣く。娘に父親が何かしたことに気付いた母親は彼と話し合いをする。全ては誤解だという話に収まりそれから何年かして息子が産まれる。
母親は子供に付きっきりで娘が癇癪を起こすことはなくなっていた。会社は父親が代わりを勤め軌道に乗った頃だ。息子は五歳になっており母親はまた仕事に戻ったが心労が祟って死んでしまった。
十五歳になった娘は母親の死に悲しみながらも、また部屋に入ってきた父親の姿に凍りつく。
それから父親は社長となり会社を回し始め、小さな弟の面倒を娘は見始める。母親に似た弟を前に娘は
人形遊びをする。二人の遊びは彼が思春期を迎えるまで続いていた。
ダーリンは目の前のハガネの様子を伺いながら真っ青な顔で話し終える。
ハガネは喉元まで上がってきたものに口を抑えるとトイレに駆け込んだ。ひとしきり吐いて洗面所で口と顔を洗うとまた席につく。
「すいません……」
「いや、仕方ない。悪かったね。思い出したくないことだろう」
「……いえ。見たのなら……そうですか。全部……」
ハガネの顔が青くぐったりとソファにもたれこむ。
「大丈夫かい?」
「すいません。大丈夫です」
「メアリも同じく被害者だ。けれどもう加害者でもある」
黙り込んだハガネにダーリンはじっと視線を向けた。
「このままだと彼女は狂ってしまうだろう、君も。……私はお父様がなくなったときに変だなとは思ったんだ。出来れば君がリクノビューティを継いで、メアリを連れて宇宙開発の仕事に行けたらいいんだが。君は継がないのだろう?」
「ええ。僕は……あまり興味がなくて。できればひっそりと暮らしたいと思っているので」
「うん。そうだね、リクノビューティがあそこまで大きくなれたのは彼女のやり方が正解だったんだろう。表舞台に立ち人々を啓蒙し先導する。彼女の性格にも会っているし、ああして表舞台にいてくれたからこそ、私も出会うことができ結ばれることができた」
「そう……ですね。僕はお姉さんとあなたが結婚した時嬉しかったですよ」
ダーリンはにっこりと笑う。
「覚えている。結婚式の時、君は嬉しそうに笑っていた。私も嬉しかった。アイリス……次は君が幸せになる番なんだ。けれどメアリの傍にいれば、君はいつまでも足かせをつけられたままじゃないのか?」
ハガネは俯き瞼を落とした。
小さな頃、姉はハガネが泣くと自分も泣き始め、「ごめんなさい、私あなたを大切に思っているのに。どうしてこんな酷いことしちゃうんだろう。どうして。ごめんなさい。ごめんなさい」そう懇願していた。
彼女がハガネに酷いことをし続けた理由は一つ。母に似ているからだ。
ダーリンの話から確信に変わったことは、姉は父から助けてくれなかった母を憎んでいた。ぬくぬくと幸せに育てられた弟のハガネに嫉妬し、憎んでいたんだろう。死んでしまった母に果たせない憎しみを、まだ幼い自分に向けた。そして父がしたようにそれをやってのけた。
ハガネは小さな咳をして小さく息を吐く。
「……わかってはいるんです」
泣きながら懇願する姉の姿は悲しくて、自分がされたことよりも大きく感じられていた。それが悲しくて切なくて、あの時の小さなハガネには理解しきれなかった。




