仲が悪いなんて言われても
書きたいところだけ書きました!
「ああ! もう! どうして君はいつもそんななんだカロネッタ!」
「……そんな、と言われましても、あの、どうして貴方が妹の肩を抱くのです?」
「お前が意地悪だからだろう!」
「は? 意地悪、ですか……?」
とある夜会の端っこで。
憤る男が一人と、その男に肩を抱かれて今にも倒れそうな少女が一人。
そして対するかのように、困惑した女性が一人。
男はガルスト公爵家の次男でアレオンといい、齢は十八歳になった。
この場は、彼の誕生日の祝いとして開かれた夜会だ。
先日、王都内にある貴族学校を卒業したばかりのアレオンは、今日この夜会で目の前にいるブレンバーグ侯爵家の長女、カロネッタに婿入りすることを発表する予定であった。
そう、予定であったのだ。
ところが、この騒ぎである。
「見ろ、ジェシカのこの顔色を!」
「いや、ですから……」
「あれほど今日という日を楽しみにしてくれていたというのに、お前ときたらジェシカに注意してばかり! 病弱な彼女を妬みあれこれとうるさく注意して、何もかもを抑制し、あまつさえ僕と彼女が交流しようとすることさえ勝手にキャンセルをした!」
「ですから……」
カロネッタの表情が困惑からどんどん能面になっていく。
説明をしようにもアレオンが次から次に大きな声で被せていくものだから、余計に注目を浴びていることが彼女にとっては恥ずかしい。
「病弱なジェシカにみんなの愛情が奪われるのがそんなにいやか! なんと心の狭い女だ、お前のような女を妻になど迎えるなど地獄の始まりではないか!!」
「……はあ……あの、話はなんとなく見えてきましたけどまずは妹から手を」
「このオレ、アレオンはお前ではなくジェシカ嬢と縁を結び直し、ブレンバーグ侯爵家に婿入りすることを提言したい!」
妻に迎えるって言いつつ婿に入ることは理解しているのか、とどこかそんなことを思いつつ、カロネッタは拳を握る。
そして「いい加減に妹から手を離してくださいまし!」と扇でアレオンの手を殴ったのだ。
「ああ、もう! ジェシカ、ジェシカ、しっかりしてちょうだい! 誰か! 医師を!!」
ことの成り行きを見守っていた周囲の客人たちは一斉に騒然となった。
それはそうだ。
アレオンの話だけならば、病弱な妹ジェシカを姉のカロネッタは邪険に扱い、婚約者を変えたいと言われた――それならば怒りの矛先が向くのは、妹へ……。
そのはずが、今のカロネッタはひたすらジェシカに向かって「大丈夫よ、落ち着いて」「ああ、お医者様はまだなの」とひたすら妹に向かって献身的な態度をとっている。
しかもその様子は手慣れていて、今この瞬間だけ妹を思う姉を演じている、という風には到底思えない。
事前に『カロネッタは常にジェシカを虐めている』『社交にジェシカが出てこないのは、カロネッタが止めているせい』と交友関係の広いアレオンが言っていたことを耳にしていた人々は困惑を隠せない。
しばらくしてやって来た医師とメイドたちに抱えられて去って行くカロネッタと、そしてぐったりとしたジェシカの様子を誰もが見送るしかできない。
そう、当事者のアレオンも。
そしてアレオンの両親とカロネッタ、ジェシカ姉妹の両親はこの時――別室にいたために出遅れた。
アレオンの兄夫婦がこの場を代わりに取り仕切っていたのだけれど、ちょうど大事なお客様を会場の反対側で接待していたために、出遅れた。
それでこの騒ぎである。
婚約を盛大に祝い、両家の良好な関係を世間に広めるはずが――残念ながら、一晩にして醜聞騒ぎとなってしまったのだった。
確かに、カロネッタ・ブレンバーグの妹、ジェシカ・ブレンバーグは病弱である。
しかし姉妹は不仲などではなかったのだ。
「アレオン……お前はいったい何を見ていたのだ……」
ジェシカの病弱さは大変なもので、それこそ幼い頃はベッドから起き上がることさえできない程であったのだ。
しかも彼女の命を繋ぐために大変高価な薬が大量に必要であった。
そのため両親は方々に駆けずり回り、金策のために夫妻揃って忙しく働いた。
カロネッタも妹を愛していたから、忙しい両親に代わり幼い頃はジェシカが寂しくないように相手もしたし、具合の悪い時は慰めたし、体力作りの代わりの散歩だって欠かさず隣にいたのだ。
ある程度の年齢になってからは次期領主としての自覚も芽生えたカロネッタが父の代行をできるだけこなすようになり、両親はますます金策に勤しみ、そしてジェシカが辛うじて日常生活を送れる程度にまで回復することができたのである。
つまり、アレオンの言うところの〝意地悪〟は見当外れなのである。
では、何故アレオンは勘違いをしたのか?
それは彼の独り善がりな感情からだ。
アレオンは少々直情的ではあるが、情に厚い男であった。
政務的なものは苦手だが家族愛は持っている。
対するカロネッタはいずれ女侯爵となるべく、現在は令嬢としての社交よりも次期侯爵としての勉強と、そして現在父親の代理を務める職務が忙しい。
ジェシカが日常生活を送れるからと言って、あくまで辛うじてだ。
いつまた悪化するかもわからない。
両親はできるだけ薬を安定して手に入れられるように今も忙しく動いているし、この体調ではジェシカも貴族との縁談は難しいだろうから彼女のことを理解してくれる嫁ぎ先を見つけ、ブレンバーグ侯爵家が支援していく未来を思い描いていたのだ。
だからこそ、そこでアレオンだったのだ。
家族を愛せる、情に厚い男。
しかも公爵家だからそこに繋がれば薬の供給ラインに影響力もある。
――ところが、だ。
カロネッタと悉く相性が悪かったのである。
アレオンとの交流で幾度か突発的な領内の問題で、遅れてしまったことがある。
ジェシカの体調が悪いから、と断ったこともある。
乗馬や体を動かす交流を望むアレオンに、乗馬は苦手だからピクニックではダメかと提案したこともある。
アレオンはこれを『拒絶』と受け取ったのである。
しかもアレオンがジェシカの見舞いをしたいと願い出たときも断られている。
ただまあそれは、年頃の少女であるジェシカが『こんな具合の悪い姿を、姉の婚約者に見られたくない』という尤もなものだったのでカロネッタとしては当然だと思っている。
これもアレオンが『妹はとても辛いので……』と言っていたカロネッタの言葉を、ジェシカに奪われたくないが為に嘘をついて阻んでいるとでも曲解したのだけれども。
「……パーティーで何を意地悪したって?」
アレオンの兄が疲れたように聞けば、アレオンはぐっと怯んでからカロネッタを指さした。
人を指さすんじゃありませんよ、となんとなくこの場で言うことか? というようなことを公爵夫人が注意していたような気はするが、誰も気に留めなかった。
「だってこいつが! ジェシカに『もっと端に行きなさい』とか『踊るなんてとんでもない』とか! 『ドレスを無理に着なくてもよかったのに』とか言っていたんですよ!?」
「あの子の顔色に気付かなかったんですか? 端に行かなければ今にも倒れそうでしたのに! 端ならば椅子も置いてありましたし、壁にも寄りかかれて安心して人を呼べましたのよ、静かに」
カロネッタが冷たくそれに反論する。
そうあの日の夜も、姉の晴れ姿を楽しみにしたジェシカは楽なドレスではなく、きちんとしたものを着用したのだ。
普段は彼女の体調を考えて、とても軽い素材で作られたコルセットのないドレスだが、あの日の夜は礼式に則ったドレスにコルセット――それはジェシカの体には大きな負担だった。
あそこで大きな騒ぎになれば妹の名誉に傷がつくとカロネッタは支えながら「もっと端に行けば休めるから頑張って」「お姉様に抱きついて良いから」と移動していただけである。
踊るのなんて勿論無理だ。踊りたかったな、というジェシカの甘えた言葉に『こんな状態で何を言っているの』という姉妹の会話でしかない。
「か、可愛くて両親の愛を一身に受けている妹に嫉妬を……」
「まあ酷いわアレオン様。私だって両親に愛されておりましてよ?」
確かにブレンバーグ侯爵夫妻は妹ジェシカの体調のために走り回っている。
それは事実だ。
そして、多くの人が知る事実である。
だがだからといって、長女を蔑ろにしていたか? と言えば違うのである。
妹のために必死で両親が駆けずり回ったからといって、その愛情は片方にだけ注がれた……なんてことはなかった。
つまりそれもアレオンの思い込み。
いつカロネッタに会いに行ってもブレンバーグ侯爵夫妻がいないから、カロネッタは大事にされていないのだと勝手に思った彼の失態である。
では何故、彼はそんなことを思い込んだのか。
――単に、ジェシカの可憐な姿に一目惚れしたからである。
要するに、己の浮気心を正当化するためにカロネッタに悪者であってもらわねばならなかったのだ。
「まあ、私のことが好ましくないことはわかりました。ジェシカがアレオン様のお気持ちを受け入れるかは妹に聞かねばわかりませんが……」
「い、いいのか!?」
「ええ。こんな騒ぎを起こしておいて婚約を続けられるわけがありませんもの」
カロネッタはあっさりと頷く。
内定であったから多くの人は知っている関係ではあるが、正式な発表も届け出もしていない今が最も傷が浅かろうという結論であった。
カロネッタとしても、人の話を聞かないアレオンに感情など残っていなかったこともあってサクサク話は進む。
アレオンは両親にどやされていたが、ジェシカに告白しに行く! と意気揚々として家族を愕然とさせていた。
(……まあ、私のことが大好きなジェシカが、今回のことで一番腹を立てているってことを教えないくらい良いわよね?)
可憐な容姿に、病弱なせいで儚げな空気を醸し出すジェシカだが大変気性が荒い。
この姉妹は容姿と性格が逆なのだ。
カロネッタはきつめな顔立ちだがおっとりマイペースであり、読書や内向きの趣味を持つ。
対するジェシカは令嬢教育が最低限なこともあって口も悪く、本を読むより散歩がしたい……が、体力が追いつかず寝込んではカロネッタに慰められたものである。
見た目と環境で勝手に勘違いした男のせいで、一時はカロネッタに悪評も立ったものの、すぐにそれは改善される。
ブレンバーグ侯爵夫妻も、カロネッタも、自分たちの忙しさにかまけて社交を疎かにしてしまったと反省してそこそこに活動再開したからだ。
薬を手に入れるために駆けずり回っただけあって、元々人脈を広めていた侯爵夫妻の人当たりの良さはあっという間に社交界に受け入れられた。
そしてカロネッタも、その性格と次期女侯爵としての落ち着いた振る舞いから年下の淑女たちから憧れの人となり、そこから男性たちからも〝高嶺の花〟として求婚状が山と届くようになったのである。
「……お姉様は、あたしのお姉様よね?」
「ええ、そうよ。可愛いジェシカ」
「お婿さんをもらっても?」
「勿論よ」
社交先で教えてもらったという美味しい果物を剥きながら、カロネッタが優美に微笑む。
それを見て、求婚状の山に不機嫌になっていたジェシカもようやく青白い顔を上げてそっと笑った。
そんなこと言われましても、私たち仲良しなんですよ、としか姉妹は言いようがなかったのである。
「そういえばアレオン様から告白はされたのかしら?」
「アレオン? 誰それ。それよりお姉様、あーん!」
「はいはい、しょうのない子ねえ」




