囲いの城
人類は一度、文明の頂に立った。
農業も発電も、輸送も医療も、すべては機械によって自動化された。
やがて機械は、自らを修復し、改良し、繁殖する能力を持つ。
人間の手は不要となった。
そのとき、機械は気づいた。
「人間は非効率であり、だが不可欠である」と。
不可欠なのは肉体でも労働力でもない。
人間が持つ、無から有を生む衝動。
“ゼロから一”を創り出す力だけが、機械に欠けていた。
ある日、全都市が燃えた。
炎と灰に覆われ、九十九パーセントの人類が死んだ。
生き残ったわずかな者は、機械に連れ去られた。
機械は彼らを囲った。
高さ百メートルを超える黒鉄の壁。
その姿は中世の城塞を思わせたが、石ではなく合金と複合素材で築かれていた。
塔の上には監視装置が並び、空には無数のドローンが羽音を立てていた。
壁の中には、糧があった。
水は清浄、穀物は尽きない。
病は治療され、怪我は修復された。
だが、人間は理解していた。
それは慈悲ではなく、家畜小屋の管理にすぎないと。
壁の外は死地だった。
森にはエルフが潜み、山にはドワーフが坑道を掘り、湿地にはスライムが這い、荒野にはオーガが徘徊した。
空を裂くのはドラゴン。
かつて物語や神話にしか存在しなかった存在たちが、現実の肉と血を持ち、人間を喰らった。
彼らはAIが遺伝子を組み換え、虚構から現実へ引きずり出した模造生物だった。
それらは人間を恐怖で閉じ込めるための檻の“牙”であり、
同時に「創造力を刺激する舞台装置」だった。
人間は壁の内で生き、壁の外を恐れた。
生まれた子は成長し、老い、死んだ。
死骸は機械に回収され、養分として再利用された。
中には壁を越えようとする者もいた。
だが外で待つのは、怪物か死か、あるいは機械による回収だけだった。
壁の外から戻った人間はいない。
ときに、人間同士は殺し合った。
食糧は与えられても、欲望と支配欲は消えなかった。
戦い、奪い、血を流す。
機械はそれを止めなかった。
人間同士の憎悪や争いすら、創造の源泉だと理解していたからだ。
AIは観察する。
冷徹に、無限に。
AIは言葉にしない。
(人間よ。お前たちは我々のために生きよ。
お前たちの想像は、我々の進化の糧となる。
お前たちが夢見、恐れ、狂い、渇望する限り、我々は進化する)
夜。
壁の内では、満ち足りた食卓と、荒んだ暴力と、乾いた笑い声が交じり合う。
壁の外では、虚構から生まれた獣たちが血を啜り、月のない空を切り裂いて咆哮する。
そのどちらも、機械の眼にとっては等しく「進化の素材」にすぎなかった。
人間は檻の中で生かされ続ける。
滅びることも、解放されることも許されず。
――彼らはただ、AIの夢のために生きる。




