放課後好宵百物語
はじめまして。自己紹介をさせて下さい。
私は東京の片隅で、小さな私塾を営んでいる者です。
営むと言っても半ばはライフワークのようなもので、お世辞にも繁盛しているとは申せませんが、しかしこれでなかなか、面白いこともございます。
今夜お目にかかったのも何かのご縁、寸時のお暇がございましたら、ひとつ私の見聞きした取り留めもない話に御付き合い下さい。
さて。
子供たちが持つ神秘的な感覚や能力というのは割と一般的なもののようで、子育て中の友人や、教え子の保護者あるいは本人たちから、不思議な話を伝え聞く機会も少なくありません。
自分自身は霊感とか超自然の能力と無縁の人間であると思っておりますだけに、それらの話はちょうど見知らぬ土地の秘密の伝承か何かのように、私にはいつも魅力的に感じられるのです。
一昨年はとりわけ、そうしたオカルティックなエピソードに触れる機会が多かったように思います。教室に通う中学生の一人に霊媒家系の女の子がおりまして、彼女の体験談だけでも本が何冊か書けそうなほどだったのですが、他にも不思議な出来事や恐怖体験を語って聞かせてくれる人が何名もいらして、それらの一部を書き留めた手記を読み返してみると改めて背筋がざわつく思いがいたします。
怪談や奇譚は肝試しの定番として、夏は特に出番が多い――本物の霊能力者の人たちにとっては季節はどうやら関係がないようですが、日本では文化として確立してくれているおかげで、我々のような霊的才能に乏しい者でも、この時期は年齢を気にせず幽霊や超常現象を話題に上せやすいのは、有難いことと言えるでしょう。
つい先日も授業の合間の雑談中、熱帯夜の寝苦しさに夢も見ないと愚痴をこぼした生徒の言葉を皮切りに、予知夢や明晰夢の話が展開し、久しぶりに居合わせた生徒たちから興味深い話を聞く機会に恵まれました。
一人目の中学三年生の女子は、彼女が幼い頃に見たという印象的ないくつかの夢について教えてくれました。
ある夢では、ドアの一部がガラス窓になったエレベータに乗って、どこかの建物を上に上に昇っていく。各階を通り過ぎるたびに、ドアの窓からエレベーターホールの様子が見える。どのフロアにも、紫色の服を着て黒猫を抱いた同じ女の子が立っていてこちらを見ている。止まることなく上昇を続けたエレベーターはやがて突然故障し、他の乗客を乗せたまま落下してしまいましたが、夢の主である彼女だけはそのまま空中に浮いて落ちていくエレベーターの箱を見ていたという話です。
彼女は小学生の頃から通ってくれている最古参の一人で、素直な明るい性格は入塾当時から変わりません。ただ、いつぞやも教室のお手洗いから出てきた後、「中の壁に掛かってるのって鏡ですか?」と無邪気に尋ね、上級生達を震え上がらせたことがありました。無論、誰がどう見ても鏡です。なぜそんなことを尋ねたものか……ざわつく周囲の反応をよそに本人はけろりとしていましたが、可哀そうな上級生の一人はその後、卒業するまでお手洗いを使いませんでした。
別の席で自習しながら夢の話を聞いていた新入生の男子が、俺もありますよと参加してきました。別の中学で二年次から生徒会の役員を務めている受験生で、現在は副会長をしているとか。頭の回転が速く大人びて、人当たりも良い秀才です。プロレス観戦が好きで、少し才気走ったところがあり、学校の先生方が相手でも不条理を押し付けられれば何日でも登校をボイコットするような、頑固な一面も持ち合わせています。結局学校側が頭を下げに来て、それでも通知表は学年トップクラスという、いささか出来すぎな優等生。
正夢です、と自評した夢の内容は近所の店まで頼まれた岩塩を買いに行ったが売り切れだった、という程度の他愛のないものでしたが、会話を続けてみると彼も代々霊的な素質のある家系の一員であるらしく、彼自身は記憶にないものの、親に聞かされた話では、幼少時には霊が見えると周囲に話していたと言います。
よく落武者を見たんだそうです、と笑いながら他人事のように彼は言う。話を聞くこちらは胆が冷える思いがします。先述のエレベーターの夢の子が、落武者って何ですかと聞くので、戦野で命を落とした昔の武士や兵士だよと説明してあげました。
葬られることもなく朽ちて行った数多くの人間たちの姿が目に浮かぶのか、彼女は桃色の唇を噛んで露骨に嫌そうな顔をしましたが、受験生の彼らのためについでに鎌倉幕府の終焉について話をしておきます。北条の一族が最後まで抵抗を続けた鎌倉は、今日でも掘り返せば当時の人骨が出てくる場所があるそうで。
もう鎌倉には行きたくない、と答えたのはたぶん彼女が私と同じく霊的素養の薄い人だからで、血筋の男子の方はどう聞いたか、少なくとも冒頭に紹介した霊能女子が同席していたら、落武者なんかそこら中にいますよと、興もなさげに返されていたでしょう。なにせ……いや、彼女の話はまたいずれーー機会があればお話しすることといたしましょう。
この世とあの世の境目は、意外と近くにあるようで。
開校以来4度目の夏、指折り数えられるほどの生徒や生徒の保護者の口から奇妙不思議の話を教えられること数多く、弄るつもりもございませんが、それらはやはり面白いとしか、表現しようがございません。