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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さよなら世界

作者: ること

受け…伊藤いとう 智也ともや

攻め…桐谷きりたに れい


初投稿です。よろしくお願いします。

 

 僕は全てが平凡だ。

 人混みに紛れば見つからない容姿をしてるし、成績や運動も全て平均的。伊藤智也(いとうともや)という名前まで何もかも普通なんだ。

 そんな僕には唯一普通じゃないことがある。

 それは幼なじみの容姿が、有名な画家がそれはそれは丁寧に描き上げた絵画から出てきたかと思うくらいの美形だということ。どこか外国の血が混ざってるのか彫りの深い顔立ちにシミひとつない白く透き通った綺麗な肌、色素が全体的に薄くて髪はほんのり茶色く陽の光に当たると赤く見える。瞳の色は日本人では居ないであろう碧色だ。

 幼なじみが歩けば誰もが振り返り、笑えばみんな頬を染める。老若男女関係ない。

 僕は今まで何度その光景を目にしただろう。

 そんな奴の事だから性格に難ありだとか、何か弱点があるとか思うけれど、幼なじみは性格まで完璧でこっちが心配になるほど良い奴だ。そのクセ何でもソツ無くこなすからそれはもうモテる。人はこんなにモテる事があるのかと思うほどモテる。

 だから僕はファンクラブの子達に幼なじみが囲まれたら気配を消してそっと離れるし、幼なじみと街を歩く時は隣を歩くのに気配を隠す。でも幼なじみは性格がいいから、僕を引き寄せて彼の物語に入れてくれる。

 世界の主人公は幼なじみだ。僕はただのそこら辺のモブでしかないのに。

 あんな性格のいい幼なじみの隣にいると僕も性格がいいと思われがちだが、僕の性格は少々曲がっていた。



桐谷(きりたに)くん、今日は一緒に帰ろ?」

「ちょっとズルい!私が(れい)くんを誘おうと思ったのに」


 学校で帰宅時間になると幼なじみが女子に囲まれるのは日常茶飯事だ。幼なじみはいつも僕と行動を共にしたがるけれどファンクラブの子達は強いので必ず奪い合いが発生する。なので僕はいつも通り気配を消してそっと離れた。


「ごめんね、俺は智也と帰るから…」


 後ろから幼なじみの申し訳なさそうな声が聞こえた。ついでに恨めしそうな強い視線が背中にいくつも突き刺さる。

 僕は君たちと違って、彼の隣に立ちたい訳じゃないからお好きにどうぞ。

 今日はなんだか気分がダメな日だ。いつも以上にダメな日だ。

 いつもは家までの道のりをゆっくり歩いて幼なじみと合流するけれど、今日は寄り道をして帰ろう。

 今もスマホに着信が来て幼なじみの名前が見えたのに、通話ボタンを押さずにスマホ自体の電源を切る。今は声を聞きたくない。どうせ夜も通話するんだから。ほらね、性格が曲がってる。こんな僕なのに幼なじみはきっと心配してくれるんだ。本当に良い奴だから。


 繁華街に出て本屋に寄ると、今話題のファンタジー小説を見つけ反射的に手に取る。


「これ…あいつが言ってたやつ…」


 表紙は仲間と思われる魔法使いや戦士達の中央に剣を構える格好いい主人公のイラスト。

 映画化決定!と帯に書かれている。たくさんの人がこの主人公の物語を読み、胸を熱くし、涙を流したのだろう。この紙媒体から出世し、また別の形で再現され2時間も多くの人を魅了する素晴らしい物語の主人公。なんとなく主人公のイラストが幼なじみに似ている気がした。


 この世界の主人公は幼なじみなのに、罪深くも自分も主人公になりたいと思ってしまっている。でも僕は性格が曲がっているので、なにかスポーツを頑張るとかなにか趣味に打ち込むとかじゃなく、もっと簡単に主人公になりたい。

 頭をうって記憶喪失になるとか、重い病気になるとか、事故に遭うとか。


 明日僕だけが不幸になればいい。


 いっそこの世界から逃げたっていいくらいだ。



「智也、何してたの」

「…なんでいるんだよ…」


 あれから本を売り場に戻し、繁華街を適当に散策してから結局何もせず家に帰るとお怒りの表情の幼なじみが僕の部屋にいた。


「質問に答えて。学校から出て、俺の電話にも出ず電源を切って、どこで何してたの」

「…別に、どこだっていいだろ」


 しつこい幼なじみを適当にあしらいながら部屋着に着替える。

 いつもはスマホの電源を切るまではしないからきっと心配し過ぎて怒ってるんだろう。責めるような視線が背中にぐさぐさと突き刺さっているのを感じる。


「智也」

「あー…電源切ってごめん。図書館行っててさ、気が散っちゃったから電源ごと切ったんだよ」

「………図書館?智也が?」

「なんだよその顔。僕だってたまには本読みたくなる時だってあるし」

「どんな本借りたの?」

「…読みたい本なくて何も借りなかった」

「智也らしいね」

「バカって言ってる?あ、でもお前が前に言ってたファンタジー小説あったよ。帯に映画化決定って書いてた。すごいんだな」

「………うん、面白いからね」

「映画なら観に行こうかなー」

「一緒に行こうね」

「…うん」


 幼なじみは未来の約束をすると機嫌がよくなる。正直顔が整ってるやつが怒ってるとすごく怖い。だから僕は幼なじみを怒らせてしまったら未来の僕の時間を捧げて幼なじみの機嫌をとる。そんなことで機嫌がなおるなんて不思議だけど。

 スルリと幼なじみから手を握られる。


「約束だからね」

「……わかってるよ」


 幼い頃からしていた約束する時の決まりごと。

 幼なじみは僕の手を拘束するように握り指を絡ませ、目を見つめて約束させる。絶対に守れというように。僕はこの時の幼なじみのきれいな碧色が苦手だ。きれいなのに、何故か濁っているように見えるから。

 そして濁りは僕だけが知っているように思えて、変な優越感を感じてしまうから。

 僕だけが世界の主人公の影を知っているなんて、モブには相応しくない。きっと他の誰かにも見せていると思うようにすると、心の中がモヤモヤするから苦手だ。



 ある日ふと、子供の頃から貯めてたお小遣いを全て使って遠くに行こうと思った。何となく、もう嫌だと思った。限界だと思った。

 鬱、思春期、厨二病。この限界はきっとどれがなんだろう。とにかく消えたくてしょうがない。

 死ぬならやっぱり北なのかな。樹海でもいいけど凍死は綺麗に死ねるって言うし、北に行こう。

 全財産を使ってとにかく北へ行く切符を買った。帰りの分は考えてない。さいごの旅の片道切符。

 時々下車して、違う地域の綺麗だと思う風景をスマホで4枚撮影する。電車の中で、幼なじみとクラスメイトが数人情けでフォローしてくれているSNSに『さよなら世界』とだけ入力し写真を添付して投稿した。でも5分も経たないうちに恥ずかしくなったからアカウントごと消してついでにスマホの電源も消した。

 消したと同時にたまたま着いた駅のホームに降りて、スマホをホームのゴミ箱に捨ててからまだ停車していた電車に乗ると少しだけ気持ちが楽になった。徐々に動き出した電車に遠ざかるゴミ箱。

 自然と顔が笑顔になる。

 あぁ、僕はあの世界を捨てた。今から僕が僕だけの世界の主人公だ。

 このまま主人公で居られる残り少ない時間を楽しもう。

 流れる景色が妙に綺麗に見えた。僕の世界はこんなにも美しい。

 名も知らない駅で降りた。理由は簡単。誰もいなさそうな山奥だったから。ホームに降りると肌を刺すような寒さと共に、きれいな空気が脳を刺激した。


 さぁ、どこで死のうか。



 ザクザクと雪を踏みしめながら目的もなく歩いていく。道無き道を歩きながら、少しずつ持っていたものを捨てていく。さようなら、と心で呟きながら思い出と共に捨てていく。

 随分と身軽になり行き着いたのは立派な大樹だった。樹齢何年か分からないほど、大きな大きな立派な木。何となく神聖な雰囲気を感じる。

 決めた、ここで死のう。僕の世界の終着点だ。

 根元の雪を軽く払い木に背中を預けて座り込む。体は酷く疲れていたようで、冷たさを感じる前にだるさを感じた。体が冷えきっているのか木が暖かく感じる。

 心は不思議と穏やかだ。あぁなんて良い死に場所だ。

 ポツポツと雪が降ってきた。このまま目を閉じたら眠り、そのまま寒さで死ねるだろう。

 うれしいな、苦しくなく終われる。


 ゆっくり目を閉じようとした時、ザクザクと雪を踏む音が聞こえた。獣じゃない、人の足音だ。

 こんな所に人が来るなんて。こんな何も持っていない姿はどう見ても登山者には見えないだろう。自殺志願者がいると通報されたらたまったものじゃない。僕は主人公のままでいたい。

 慌てて立ち上がろうとするけれど体は冷えて動けなくなっていた。足音はどんどん近付いてくる。どうして音がこちらに真っ直ぐ向かってくるんだろう。

 どうか見つけないでくれと願いながら音のする方をじっと見ていたら、見慣れた髪色が見えた。

「れ、い…」

 髪色か見えたと思ったら今度は体全体が見えた。僕が捨ててきたものが脇に抱え込まれている。一つ一つ、さよならしたじゃないか。

「こんなとこにいた。探したよ」

 いつもの綺麗な笑みを浮かべ、幼なじみは僕に向かって手を差しだした。なんだよ、お前も、さよならしたつもりだったのに

「あげたもの落とすなんてひどいなぁ。シンデレラごっこ?寒いから早く帰るよ」

 幼なじみの手をとろうとしない僕に、最後にさよならした幼なじみから貰ったダウンジャケットを僕の肩にかけてそのまま頭を撫でてくる。

 目頭が熱くなって涙があふれる。

 違う。僕はごっこ遊びなんてしてない。僕は僕の世界で主人公のまま終わる予定だったんだ。僕は本気だったのに。


「危なかしいなぁ。ねーえ?もう俺から離れちゃダメだよ」


 抱きしめられた力の強さに僕の世界が壊れたのを感じた。


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