第10話:ライオースの危機(前編)
第10話:ライオースの危機(前編)
コーヘイが現実世界に戻ってきて1ヶ月が過ぎた。会社での日常は、以前より上手くいっている。
風ノ宮公園で冒険世界に旅立った、その時間に戻って来たため、まるで夢や幻覚を見ただけとも、思えるはずだった。
たがコーヘイは、あれが本当にあった事だと確信している。部屋の精霊マーや仲間たち、受付嬢のルマさん。ドラゴンと戦った事。
ネットを検索すると、やはり冒険者パスポートは都市伝説のように語られている。どの情報も曖昧で、ぼんやりとした情報源にしかたどりつけない。まるで現実世界そのものが、冒険世界の事を隠そうとしている、とさえ思えた。
結局のところ、あの大切な記憶は胸の中にだけ存在した。剣を持った重みも、魔法を放つ時の高揚感も、全部。
コーヘイは休日になると、風ノ宮公園を訪れていた。日の当たる時間は、町の子供達がブランコなどで遊んでいた。
ソワル・ジダルの街では、ゴロツキに追われている少年を助けたっけ。
五月の公園の風は、身体にまとわりつく。その全てを振りほどいて、僕はまた、冒険がしたい。
(そう、僕は冒険がしたいんだ)
その時だった。
向こうから、ひとりの少女が歩いてきた。年齢は10歳前後、公園でひとり遊ぶには不自然な年齢だ。
「きみがカゼオカ・コーヘイ?」
少女は言った。
「うん、そうだけど君は?」
「私はファロスコーポレーションのリアネと言う」
意外な言葉にコーヘイは驚いた。
【ファロスコーポレーション】
冒険者パスポートを封筒で送ってきた会社じゃないか!
「カゼオカ・コーヘイの覚醒転職による時空改変の危険は回避された」
「意味はわかるな?」
…どういうことだ?
「つ、つまり、君は冒険世界の?」
リアネと名乗った少女はフフッと笑って、1枚のカードをコーヘイに手渡す。
【冒険者パスポート】
指定された日時は…あと2分後じゃないか!
「冒険世界ライオースは、再びキミを必要としている」
「…冒険の覚悟はできているか?」
コーヘイは新しく更新された冒険者パスポートをマジマジと眺める。
「随分と強引なんだな」
思わず顔がニヤけて、心臓の鼓動が速くなる。
(またライオースに行けるんだ!)
「あ、ちなみに」
目の前の少女が髪をかきあげた。
その耳の先端が尖っている。
「私は、あちらの世界では、とうに五十歳を超えたエルフだ」
「言葉遣いには気を使って欲しい!…わりと気にするたちなのでな」
時間がきた。
公園にいる、ふたりの姿がふわっと光り、そして消える。
コーヘイは、再び冒険世界ライオースへ旅立ったのだった。
一方、ライオースにあるソワル・ジダルの街では大変な事が起こっていた。
ゴブリン、オーガ、バグベアー。
それにワイバーンやゴーレムなど、沢山のモンスターたちが、影のエネルギーに操られて街を一斉に襲い始めたのだ。
「まずはモンスターの鎮圧だ!戦えるものは武器を取れ!!家族を守れ!」
街のギルドマスター・ボルガーが声を張り上げていた。
そこにはファロスギルドの受付嬢ルマさんの姿もあった。
「大変です!ボルガーさん!ここを護らないと、被害が各地に広がります!!」
ルマさん自身も細みの剣を2本、腰から下げている。
「一体、これは何が起こっているんだ?詳しく教えてくれ!!」
壁にかけてあった巨大なウルフバルト剣を手にして、ボルガーが質問する。
「影のエネルギーの影響で、この近辺を中心に、モンスターや犯罪者たちが凶暴化、人々を襲っているようです!」
街のギルドの建物の三階から門の方を見つめるルマ。
「モンスターだけなら城門で防げますが、城内の犯罪者たちが密かに城門を開けてしまったと報告が」
少しあどけなさが残る眉間をきゅっと締める。
「いま、この災厄の原因となっている魔物をユカたちが、倒しに行っています」
「…影のエネルギーの原因か!」
うなずくルマ。
「そうか!それまでに我々で街を死守すればいいんだな!」
ギルドマスター・ボルガーがその大きなウルフバルト剣を上にかかげて叫ぶ。
「ソワル・ギダルの戦士たち、冒険者たちよ!!共にモンスターどもを追い払うぞ!!」
おおおおおおーーっ!!!
街のあちこちで雄叫びがあがる。
武器がぶつかる音がした。
古い木造の建物からは火の手が上がる。
ソワル・ギダルの街は戦場となった。
ほどなくして、冒険世界ライオース、ファロスギルドの建物の一室の中に、淡い光が広がり、消える。
そこには、ふたりの人物が立っていた。
冒険者パスポートを手にしたコーヘイと
エルフのリアネ。着ているものは、この世界にふさわしい衣服に変換されている。
そう、コーヘイは再び冒険世界に帰ってきたのだ。
「あれ?ここはどこだ?」
どうやらコーヘイの部屋ではなさそうだ。もっとスッキリしていて、高級な感じがする。
エルフのリアネは不思議と緊張しているようだった。
「リアネ、ただいま戻りましたっ!」
すると
「うん、彼は来てくれたようだね、おつかれさま、リアネくん」
装飾された扉の向こうから、透き通った男性の声がした。
ガチャリ。
扉はひとりでに開き、スラッとした背の高い男が現れた。
「コーヘイさんですね。私はファロスギルドのグランドマスター、ジェイと言うものです」
「あなたにお渡ししたいものがあります」
第10話(終)