賭け試合2
試合開始前さくらこたちは、ため息をついた。さくらこたちはこの戦いで結果を出さないと借金を背負って追放となる。退学どころか、身の安全すら保障されないらしい。
「なんだか、大変なことになっちゃった、ね」
「まぁ、な」
マツリの体が少し震えている。苦手なお姉さんが対戦相手だ。脇に立つアンリが囁く。
「ウチの作戦があるから大丈夫。マツリ、今日はわたしたちが引っ張るから」
さくらこも気合いを入れる。実戦経験が1番多いのはたぶん私だ。愛剣を触り、仲間を見て、心を穏やかに保つ。捕まっている間にも、心のトレーニングはしていた。ここに来たのは自分のせいだ。これからも失敗はするだろう。間違いも起こすだろう。だから、それらをひっくり返す力を。
「試合開始ぃ!!」
「よぉ、マツリちゃんと愉快な仲間たち。3日前に聞いた時は驚いたぜ。合同授業中にトラブルに巻き込まれすぎだろ。たしかにわたしに勝てたら1発逆転だろうが」
ハナビは、ケラケラと笑う。ハナビはこの賭け試合の常連らしい。
「さぁ、派手に散りなぁ!」
指に挟ませた火薬玉を投げて、炸裂させる。
「アルファ!ベータ!」
マツリが召喚した魔獣は、さくらことアンリを乗せ、煙を突っ切る。アルファはモコモコの身体から羽を生やし空を舞い、ベータは硬い身体から四肢を生やし駆ける。アルファたちは火薬玉をかわしながら、挟み撃ちするように陣取る。
「はっは!足替わりに使ったのか?面白いな」
「風切羽!」
「フィール1!決意!」
「そらよ」
風の魔力の魔撃と、魔剣から放たれた斬撃の2方向から来る攻撃をハナビは身体を回転させ、爆風とともにいなす。歓声があがる。
「姉貴」
「マツリたん。真名も語らずに、仲間に命を掛けさせんのか?」
息を短く吐き、杖を構え、火薬玉や花火玉を宙に浮かせる。
「真名?なんのことだ」
「あのクソ親父からはなにも聞いてないのか」
「知らねーよ!アルファ!撃ちまくれ!」
アルファはさくらこを乗せたまま、手を生やし、魔弾を連射する。さくらこも鞘を振り、魔弾を放つ。
「ちっ!」
ハナビは火薬玉を破裂させ、生まれた火を操り盾を作る。反対方向からアンリがベータの作った石の盾を風で飛ばす。
「あー、うざってぇ!2尺玉ぁ!」
花火が炸裂し、飛んできた盾を粉々に吹き飛ばす。
「マツリ!!今!!」
「バリュー!!!」
レーザーのような光が杖から放たれ、ハナビの頬に傷をつける。
『フェイスアタック!1ポイント!』
「へー、実践並みにバリューが使えんのか」
頬についた血を舐め取り、ハナビは笑みを浮かべる。杖を振るう。杖は宙に吸い込まれ、代わりに二本の黒いバチをもたらす。
「大バチ!小バチ!」
召喚した二本の木を構える。彼女はそのバチを叩き合わせる。カンという音に会場は鎮まりかえる。
「?」
カン、カン、カン
カン、カン、カン
カンカンカンカンカンカンカン!
「散・々・七々・拍子!!」
高らかにハナビが言い放つと会場が盛り上がる。拍手が、段々と纏まり、337の拍手へと変わる。
「一体なんの真似だ!姉貴!」
「マツリたん、興味持ってくれて、姉ちゃん嬉しいぜ?……会場はあったまってきたな。演出と、儀式さ。壱!」
ハナビの足もとに魔法陣が浮かびあがり、一気に跳躍する。
「うっそ!」
向かう先はさくらこ。剣を出すには間に合わない。旧魔法のシールドを。
「弐ぃ!」
「防ぎ、、、。」
すでに、防御魔法とさくらこの間にハナビはいた。速すぎる。
「散!!!」
「ぐあっ!」
一瞬で距離を詰めて、魔力のこもった魔具を打ち込む。次の二歩でアルファを蹴り飛ばし、さらに重い一撃をさくらこに打ち込む。
「散!!」
「がは!」
剣を抜く暇なく地に落ちるさくらこに七打の魔撃を落とし込む。打つ度に威力が増す。
「壱!弐!参!四!伍!!陸ぅ!!!」
意識が朦朧となったさくらこにトドメの一撃が決まる。
「死地ぃ!!!!」
ひときわ大きな音が響く。
「さくらこ!」
『散々七々拍子が出たあ!このような序盤にハナビ氏の決め技が出るとは、それほどの相手ということでしょうか!さくらこ選手2ポイント。後がありません』
「やるな、お前。3ポイントを取ったと思ったんだがよ。うちの愚妹とは違う」
なぜかバチをアンリに向ける。アンリは杖をさくらこに向けていた。
「風の加護か。頭かち割るつもりだったんだが」
さくらこの周りに風が渦巻き、ショックを軽減した。一瞬のうちに魔法をかけたのだ。それでもダメージは深刻だった。
「ウチの友達に。やりすぎ。…風よ、吹け、薙ぎ払え!ガルダーニャ!」
風が吹き荒れ土が舞い上がり、砂嵐が生まれる。まっすぐハナビに向かっていく。
「トルネードか。魅せてくれるじゃねーの。そら!」
火薬玉で視界を晴らす。アルファに乗り、杖を構えたマツリが目前まで、接近していた。
「さくらこをよくも!花魔法バリュー!!」
「1番厄介なやつは真っ先に潰す。マツリちゃん、基本だぜ。ライオリアの人間が、バリューを使うなんてな。笑えんな!」
「関係ないね。あたしはライオリアから出た人間だ」
「なら、なぜライオリアを名乗った。少なからず、ネームバリューの恩恵はあったはずだぜ。」
「何?」
「第三魔法学校は、巷では軍事にも金にもならないとバカにされてはいるが、希少な魔法使いたちが集められている。ライオリアの血も少なからず選ばれた理由だろう。ブロッサムめ。」
「…あ、あたしはあたしの意思で学校に」
「禁魔地の亡霊。ガルダリオンの野郎に身を寄せるなんて。どんな巡り合わせだよ。こんどはそいつら真似てまた逃げ出すのか?」
父が失踪してから、いつも人の顔色ばかり見ていた。母や姉たちの機嫌を損ねたら、折檻される。
痛い、怖い。
顔色を伺い、顔色を。
だから、魔法も母たちを真似た。召喚する。必死だった。
口調を変え、行動を変えた。マツリ姉のように。
さくらこたちの前では頼れる姉を演じた キンギョ姉のように
でも、耐えきれなくて、逃げ出した。
わたしはハリボテだ。
「な、マツリ、家に帰ろう。」
「い、いやだ」
あたしがようやく見つけた。あたしの居場所。
「あたしの居場所なんだ!アルファ、ベータ!!」
「まだやるってのか」
若干苛立ちながら、ハナビはバチをかまえる。
「マツリは、渡さない。」
「あ?」
「マツリはウチを連れ出してくれた。死んだ土地で、共に死にゆく、わたしたちを連れて。…ウチの友達は、渡さない。もう、奪われる生活は嫌だ…敵を屠りて亡骸並ぶ、ゆらり風裂く暴風王。」
アンリは杖を振るう。魔法陣が浮かぶが、普通とは異なり、球状の魔法陣。観客がざわつく。
『な、なんでしょう。球形の魔法陣?!』
「魔装…暴風鳥王」
突風が吹き荒れ、魔法陣が消えたあとは、鎧姿のアンリが立ち、その手には大槍が握られていた。足は鳥を思わせる鱗に鋭い爪を持ち、背中には大きな翼が生えている。ゆっくりと目をあけたアンリの瞳は翠色に輝いている。
「…我が風が敵を貫き通す」
「禁魔区の亡霊の正体は、甲冑の魔装かよ…」
禁魔区は、地中に埋まる魔石が非常に少なく、魔法使いがうまれることはめったにない。だが、一度生まれたら、その者は逸材となり、歴史に名を残すほどの大魔法使いになることが多い。アンリ=ガルダリオンが生まれた地域は、何十年も前に魔石が、枯渇してしまった地域。つまり、アンリは数少ない自然発生した純粋な魔法使いである。
魔装と呼ばれる。かつての世界線での魔法使い戦争で、優れた魔法使いの最高傑作たる魔法は、その者の魔法の奥義とも言われる魔法で、高い魔法純度を誇る鎧を纏い、敵を薙ぎ払うのである。
「ウチの技は一段階進化する。音速脚・突風槍!!」
「?!!!」
ヒュッ
ハナビは肩に鋭い痛みを受け、後方に吹き飛ばされる。肩を槍で突き刺されたのか?
「…はは、マジかよ、音が遅れて聞こえてきやがった。」
鎧の隙間から見える翠の瞳に、寒気を覚える。まだ学生だよな。こいつ。顔つきが幼い。飛び級はこいつか。
音速を超える時、空気の壁に阻まれる。それを突き破る時、激しい衝撃波を生み出す。ソニックブームだ。アンリは槍を突き刺したまま魔力を込める。
『な、なんだ、いまのは!!ポ、ポイント、ポイントが入りました。ハナビ氏2ポイント目だ』
「これで終わらせる…音速脚…!?」
腹部に重い一撃を受ける。魔装で固められたはずの魔法の鎧にヒビが入る。
「ウソ、、、」
「『女王バチ』」
バチが漆黒に染まり、金の縁どりが浮かび上がる。本来の姿を現す。雷が具現化したかのような雷鳴が轟く。
「『猛琥バチ』!」
ゴロゴロと鳴り響く音。
「大図書館の文献にあったからな。研究しておいて良かったぜ、……魔装。」
帯電しているかのように稲妻がハナビの身体を駆け巡る。
「魔装は練度が物を言う。お前が、音速なら、あたしは光速だ。悪いなトモダチ。『雷神具』『弐拍子』」
ドドン、ドドン、┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
早くなっていく速度に、追いつけず、アンリの魔装は砕けていく。
「そら、よ!」
ドン!!!
ボロボロになったアンリは、地面に落ち、動かない。
「才能あるお前なら、さらに高みにいけるだろうが、まだ早すぎたようだな」
『アンリ選手ダウン。3ポイント』