クラーケン③
魔力が飛び散り、クラーケンの動きが活発化し、船体がはげしくゆれる。
「くっ」
怯んだ隙に熊をとびこえ、ジョシュアは空に隠されたドローンに飛び移り、姿を消した。
「帰りしなに、勇者魔法の使い手を見ていくか。」
空中にある飛行船。魔力で浮かんだフライパンのような姿。
「魔力が発達しすぎるといけないな。空気力学もクソもねぇフォルムじゃねーか。ロマンがない。さてさてどいつかな」
実際にはホウキによる細やかな空中戦に対応するため、天井は魔力でふさぐようになっている。ぐるぐる巻きになった少女を見て、くわえたタバコが落ちる。
「はるかぜさくら……。いや、ありえねぇ。」
よく見ると顔つきは幼いし、魔力なんて、ほぼ探知できないレベルで少ない。自分の知るはるかぜさくらは、30代半ばの女で、莫大な魔力と科学技術の使い手で、あんなちんちくりんじゃない。
「はは、こんなこともあんのか。長生きしてみるもんだな」
そもそもはるかぜさくらは数代前の世界線の女だ。気持ちを切り替えて、捕虜たちを見下ろす。
「洗いざらい教えてもらうぞ。」
そらに戻る。
下から雄叫びが聴こえる。さくらこと会長は思わず耳を抑える。
音圧だけで、空中船を揺らしているのだ。
「会長!クマ先生は!」
「分からない!あの触手のせいで、魔力感知もままならない!!なんて、魔力量だ」
目下、ワルス家の船は大量の触手に囲まれ海の底に引きずり込まれそうだった。
「だ、だ、大丈夫だよね!死んじゃわないよね」
「……。機長離脱の用意を」
機長は黙ってうなづいた
「置いてく、つもり、ですか!」
「そうだ。このままではここも危ない。」
「見殺しにするんですか!!」
「……っ、そうだ!」
「か、会長の、人でなし!まだ副会長も見つかってないんですよ!」
さくらこは、涙を貯めた目で会長に飛びかかった。会長はさくらこの頭に手を乗せ、床に思いっきり叩きつけた。
「かはっ」
「あそこに飛び込んで行ってなにができる!マジブロッサムじゃないんだぞ。この海域のせいか。魔法が普段の半分以下の出力しか出せない!私はクマ先生から貰った命を無駄にするつもりはない!!」
「……!」
会長の目には大量の涙が溢れていた。
「私行きます。」
「バカを言うなっ!無駄死にするだけだ!」
「フクロ先生は、勇者魔法の使い手は、どんな魔法生物でも倒したから大丈夫って言ってたんです。外の世界には、魔獣が多いけどやり合えるって」
「規模がちがう。夢を見るな!フクロ教授?まさか。はるかぜさくらこ。お前フクロ教授と手を組んで」
「取り引きしたんです。魔女の手帳を読ましてあげるかわりに、空中船へ入れるようにしてもらえるゆように、わたしから提案したんです」
「な、校長先生が聞いたらなんて言うか……。あれは神話級の化け物だ。そこらの魔獣とはちがう」
「敵が強ければ逃げていいんですか。まだ、副会長も助けてない!先生もあそこにいる!私は行きます!!縄を解いてください」
「先生は逃がしてくれたんだ!それにお前は世界で1人の勇者魔法の使い手だ!ここで死んだら、私たちの世界線はなくなるんだぞ!」
「私の価値は魔法じゃない!会長はネガティブになり過ぎです。魔法が使えなくて、普段よりも弱気になっているだけです」
「なんだと」
「私は死にません。死ねません。まだまだやりたいことあるし!ここにきた目的も果たしていない。私が死にそうになったら会長が助けてくださいね。強いんだから」
「何をかってな。って、おい!さくらこ!」
「とぅ!!」
さくらこは甲板を走り、身を投げる。
「ほら、縄を解かないと、わたし、死んじゃいますよ!」
「んの、馬鹿!蒲公英!!」
はらりと縄が斬られるのを感じる。感じない。あれ?え?
「いやア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「魔法が弱体化してるって言っただろう」
「なんですとぉぉおおおお!!」
さくらこの悲鳴が響き渡る。
「……機長すまない。すこし、待っていてくれないか」
「ら、ラジャー」
まずいまずいまずい。落ち着け落ち着け落ち着け!
縄には切れ込みが入った。つまり、まだやれる。思いっきり!感情を力に!
「勇者魔法ぅ!!」
海面が近づいてきている。
「恐怖!!」
球状に力が放たれて、縄が吹き飛び、落下速度が緩む。杖を抜き、魔法を唱える。
「飛行!」
短い間ならこれで飛べる。
落下したエネルギーを上に向かうように滑空して、ワルス家の船の真上にきた。剣を握りかえ、自由落下のスピードと自身の全体重をかけて、巨大なクラーケンの足に切りかかる。
「春風さくらこのお通りだあああ!!!」