クラーケン②
白衣の男。嗅いだことのある匂い。特徴的な甘い煙草の染み付いた匂い。以前にも嗅いだことはあるが、そいつは中年の男だった。息子か孫か?
「……先に船に戻ってろ」
「先生!」
「早く行け!!」
生徒会長を先に行かせる。危険度はわかる。ここはマジブロッサムの外。ブラックボックスを回収するときの怪人をマジカルワサビは苦戦した。やはり世界樹の加護を得られないこの場では、弱体化してしまう。
「ぬん!」
魔力を弾かせ、彼女に伸びていた煙を蹴散らす。
「ちっ」
「自分の吐いた煙を学生につけよう変態科学者とは、世も末だな」
「誰が変態科学者だよ。サンプルとして欲しいだろ?百花繚乱流の魔法剣術を操る魔法少女。マジカルオウル以来、魔法少女は強固に護られてきた。ま、あんな悲惨なことがあってはな。久しぶりだぜ。魔法少女に直に会うのは世界樹の外に連れてきてくれてありがとよ。」
こいつ。世界樹と魔法少女の関係性について知っているのか。
「……【月爪】」
腰に刺した杖が光、ロックの爪が微かに光を纏う。
「いきなり杖の解放か。いいのかそんなに魔力を出して」
船の揺れが激しくなる。直にここにもクラーケンが来るだろう。
「お前今回の件の首謀者か?」
「違うね。被害者さ。大事なもんを盗まれちまったからな。そいつを取り返しにきただけさ」
「研究室の人間。珍しく怪人型ではないな。幹部か」
「さてね」
タバコに火をつける。上に帰るためにはこの熊野郎の頭上のドローンにたどり着かなければ。
「そのタバコの匂い……ジョシュア、、、、フラスコだったか?獣魔大戦時、旧人類側に現れて武器を付与。だが、決戦の日、忽然と姿を消し、その武器も不調になり、旧人類は壊滅的な敗北を喫した。我々獣人の恨みを買った男がいた。お前の体から奴と同じ匂いがする。」
「へー。鼻がいいな。たまたま同じ銘柄なのでは?」
「俺の鼻は匂いだけじゃない。血も嗅ぎ分ける。間違いない。ん、なんで、お前の体からアイツの匂いもする。」
嗅ぎなれた匂いも微かに香る。タバコに誤魔化されてはいるが、この匂いは。
「ん?、!オイオイマジかよ!」
「おい、詳しく聞かせてもらうぞ。」
憤怒の顔をした猛獣が足早に近づいてくる。
「鼻が良すぎるんだよ。殺さなきゃいけなくなるだろうが【起動】」
煙が彼を包み込む。巨大な爪の魔法が、それを斬り裂くが、もぬけの殻。消えた、、、ように見えている。
軽い手応えに舌打ちしつつも、耳と鼻を澄ます。
「らぁ!!」
「ちっ数世代前の光学迷彩だぞ。匂いも消して痕跡を見つける方が難しいくらいなんだが。化け物め」
「安物でも掴まされたか?弾玉彗星弾」
さくらこたちの入学時に見せた跳弾。殺意を込めてある分威力は凄まじい。ランダムに弾むそれを予想することは難しく、何発かが、ジョシュアの体に当たる。
「く、」
声がした方に魔力で強化した爪を突きさす。
「三火突き!!!」
クマの巨大な爪が貫く。あぶりだした場所に爪を突き立てる。たしかな手応えを感じる。
「洗いざらい吐いてもらうぞ!!今までの人類を誑かしてきた罪を償え!!」
煙が消える。現れたのは黒布。それもつぎの瞬間に煙を吐き出し、白衣に戻った。一瞬視界が黒く見えなくなる。
「……罪だと?弱いお前らがいけないのだろ?巨人体術」
「満月盾!!」
「衝撃」
盾が砕け体が飛ばされる。爪を突き刺し海への落下を防ぐ。爪痕が深く残る。
「獣人たちはルールを犯した。空間転移魔法で時間を超え、今の世界線まで来てしまった。イレギュラーは殺処分は当然だ」
「必死に生きようとすることは罪なのか!!三日月爪」
バキン!!
「ああ、罪だね。宇宙に対応するはずだった魚人は海から出ることを拒み、長く研究できるはずだった巨人は力を求める蛮族になり、高い身体能力を持つ獣人は空を目指さずナワバリ争い。デザインは完璧だった。どうして先に進めない。俺たちはいつ終わりを迎えられる」
爪が叩き砕かれる。痛みにうめくロックだったが、肩の魔法布を噛んで、外し首の力で放りなげる。ホウキが飛び出し、ジョシュアに向かって飛んでいく。それを軽くかわす。
「……無駄な足掻きっていうんだよ。まさしく今のお前さ。狂月。お前らも次を目指してるなら諦めな。俺たちが全て滅ぼす。月を落とさないと、お前たちに希望はない。始まりの魔女の待つあの月は全てのはじまりで、終着点だ。おれたちがそれをどれだけ渇望してるか」
「自分でやれよ」
「…それが出来たら、苦労はしてねーよ。悪いな、ばあさん借りるぞ。」
その手には、赤い小刀。ワルスのメイド長の愛用の刀だった。魔王石を加工しており、高い魔力を発する。地面に突き刺し、ふみ砕く。一気に魔力が吹き出す。
「船と共に散れ」