研究室のジョシュア2
ジョシュアは近づいてくる。通路に充満しつつある黒い煙を闇のように纏いながら、その威圧感に2人は気圧される。
「世界を作り直す意味がなくなるだろう?ソウルアーツが広まったら、魔法に頼らなくなる。魔法が発展しない結果魔法石が増えない。世界樹が成長しない。だからリセットされる。同じ末路をたどりたくないなら、もう少し考えて貰いたいもんだな。」
世界を作り変えている。はじまりの魔女みたいなことを言っている。
「ばあや。すまない。ボクはあれには勝てそうもない」
これでも修羅場はくぐり抜けてきたほうだ。実力差くらいはわかる。海上で会った時よりも魔力の密度が違いすぎる。
「…私は過去に3度。この男と会っています」
ばあやが懐から小刀を出す。深紅の刃。珍しい魔石から直接削り出した刀。逆手に持ち、静かに呼吸を整える。
「何、本当か」
「はい。旦那様の就任式、30年前の大戦の時。そして私が子供の時…。いずれもこの姿のままでした。すこし若返っているようにすら感じます。」
「?!」
ばあやの年齢は正確にはしらないが、半世紀以上前のことだ。
「へぇ、俺と出会って生きているなんて、幸運だな。あんた名前は」
「名乗るほどのものではありません。ただのメイドでございます」
「はっ、謙虚だな。対敵するなら、女でも容赦しねーよ」
既に廊下は煙が充満し先が見えない。
「ふふっ。この年で女扱いされるのは嬉しいですね。…バレオ坊ちゃん。行きなさい。甲板に出て、世界樹のある方向へ向かってできるだけ遠くへ行きなさい。」
「…ばあや。……長い間ワルス家に仕えてくれてありがとう。僕の魔法を託すよ」
杖を素早く振り、生み出した結晶を渡す。
「この上なきお言葉。…はやく行きなさい」
赤い刃が煙を引き裂く。彼が走り去るのを見届けて振り返る。咥えタバコをし、板のようなものに指をなぞらせていた。
「お優しいのですね。攻撃してこないとは」
「あぁ、まぁ、結末は変わらないからな。一服もしたかったし。…誰かに尽くす人生なんて俺はゴメンだな。俺は俺のために生きたいぜ」
「空の研究室。バレオ坊ちゃんから聞いた鉄のクジラ。恐らく…宇宙船ですかね。はじまりの魔女のいた世界線の科学技術。空に上がると、あなた方がいる。あなた方さえいなければ、もっと早く魔女に旦那様が手が届いていたはずなのに」
ジョシュアの顔色が少し変わる。
「まるで邪魔してるかのようないい草は気に入らないな。誰のおかげで今の世界があるのかわかっているのか。今の人類のレベルが低いのさ。魔女のお眼鏡にかなわなければ、Restartがはじまる。いままでの苦労がパァだ。ワルス家は厄介だな。スペースシャトルのことまで知ってるか。歴史の中に閉じ込めておかないと、世界線がズレてしまう。アホほどめんどい計算しないといけないんだぞ」
煙がばあやを襲う。ばあやの姿が揺らぎ、蜃気楼のように姿が消える。赤い閃光が廊下を縦横無尽に飛び回る。あの赤い小刀か。わざわざ光らせて、なんの真似だ?
「ふぅぅ、身軽だな、ばあさん。あんた獣人か、新人類と旧人類は殺し合う運命だと思うんだがな。ん?」
ジョシュアの白衣に切り跡がつけられていく。ジョシュアはゆっくりと腕を振る。煙がうねるように動き、暗殺者の位置をあぶりだそうとする。赤い小刀。魔石のたぐいか。それ自体に魔力が帯びており、ばあさんの魔力を微かなものにして、眩ませる。赤い光の動く方向の少し先に狙いを定める。
「そこだ」
だが、予想外の方向から彼の首元に赤い小刀が牙のように襲いかかる。
「ちっ、ダミーかよ」
煙に自身の身体を引っ張らせ躱す。そして
「そら!」
「!!」
すれ違いざまに一撃。手応えが薄い。ばあやの頭には、小型の盾が現れ彼女を守っていた。託された魔結晶が割れ、盾の魔法が現れなかったら頭蓋骨が砕けていた。黒衣と化した右腕が、ばあやのこめかみをかする。
「暗殺中に反撃を受けたのは初めてですよ。凄まじい動体視力ですね」
「いくら速かろうと、実体が無いわけじゃねーからな。…自動発動の盾魔法か。便利だな。解剖して魔心臓を取り出したいからあの坊主を差し出せば見逃してやるよ」
「ご冗談を。ワルス家に仕えて30年。旦那様への恩は深く。坊ちゃまたちは実の息子と思い愛しております。メイド長としてワルス家にふりかかる火の粉は払わせていただきましょう。」
スカートの裾をそっと持ち上げる。
「んじゃあ、さっさと終わらせて、自分で捕まえることにするさ」
バレオは沈みゆく船を1度だけ振り返る。赤刀が月明かりに光る。だが、次第にその光も小さくなっていく。
「ボクは生き延びなければならない。生き延びなければ」
脳裏には、執事やばあやの姿がよぎる。弱い弟の姿がよぎる。
自らが乗っている盾の魔法に拳をつきたてる。
「守れなくて何が盾の魔法だ。」