凶報
午前中の授業が中止になり、放送がかかる。
「教職員の先生方は、至急職員室に集まってください。」
クマ先生も例外ではなく。
「……。魔法体育はここでおわる。各自それぞれのホームルームクラスに行って自習だ。ワルス。お前も来なさい。」
「え、あ、ああ……」
なにかとロック教諭につっかかる彼だったが、今日は大人しい。なにやら顔色も悪い。
「あいつ、どうしたんだ」
「さぁ」
するとさくらこの杖がぷるぷると震える。杖の先の水晶玉に文字が浮かぶ。魔法少女各員は至急職員室へ
と。
「ごめんマツリちゃん、アンリちゃん、ちょっといってくる!」
職員室の入り口に見知らぬ中年の男が立っていた。丸く黒いサングラスをかけて、派手なシャツをそのまま素肌の上に羽織っている。すごくラフな格好だった。中年ながらも身体は鍛えているようで、浅黒い肌は腹筋も割れていた。桜子に気づくとひらひらと手を振って言葉を交わした。整った歯はやけに白く、彼は爽やかに笑顔を振りまいた。
「YAH YAH YAHお嬢さん、こんにちは。職員室に用があってね。ただ誰も出てこないんだよ。中の音も聞こえない。呼ばれて来たってのに、よぉ。全く困ったもんだぜ。せっかくおしゃれしてきたのにさ。アロハシャツって言う古代の服らしいぜ。イカしてるだろ?」
「え、えっと、はい。」
戸惑うさくらこをよそに彼は会話を続ける。
「君は1年生さんかな。水晶の色がまだまだ薄いね。もっとしっかり勉強して、将来この街の役に立ってくれよ。HAHAHA」
「は、はぁ」
たしかに職員室は固く閉ざされ、中の音は全く聞こえない。これは魔法のようだ。正直剣を使うこともできるが、よしておこう。物騒だし。
「防音魔法まで掛けてるなら、どうやって中に……えっとおじさんは誰か先生をお待ちなんですか」
「うん?HAHAHA!おじさんなんて初めて言われたね。君は私が誰なのか分からないのかい?とってもフレンドリーなお嬢さん」
フレンドリーなのはあんただよって、いいたい気持ちを飲み込んでさくらこは、困ってしまう。
「はい、すみません。あ、お兄さん?」
誰か保護者なのだろうか。しばらく沈黙があり、冗談では無いということがわかったようで。おじさんは目をパチクリさせて言った。
「HAHAHA!悪かった悪かった。困らせるつもりはなかったんだ。謝罪するよ。こんなことはなかったな。まだまだ、頑張らねばならないみたいだ。知名度は大事だからな。広報活動に力を入れないと行けないみたいだ!HAHAHA。帰ったら検討しよう。なに。校長先生に用があってね」
がらりと扉が開き、中からメガネをかけた小柄の教頭先生が現れた。
「だれだ、さっきから、静かにしなさい!!あ、す、すみません、気づかず、さ、さ、こちらに。うちの生徒がなにか粗相はしませんでしたか?」
あの教頭先生がペコペコしてる。
「えっと……すみま、せん」
「いやいや、気にしないでくれ。楽しく話をさせてもらったよHAHAHA。きみは私をアロハのおじさんとでも呼んでくれHAHAHA!」
「そ、そんな滅相もない。教育しておきますので何卒」
教頭先生は驚いた様子で額の汗をせわしなく拭きながら、その男の人を中に連れて行った。
「お嬢さん。また会うかもしれないから、その時にはしっかり力をつけておくんだよ。see.you」
「……なんて言うか。変わった人だったな」
さくらこが呟くと、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「さくらこちゃん。こっちこっち」
手招きをしてるのは、生徒会の面々。
「あ、先輩!」
「シーっ!」
「?」
彼女らについて行くと、ドアがある。
こんな場所にドアなんてあったっけ。職員室と校長室の間にちいさなドア。
「静かに入れよ。中は狭いんだから」
手を引かれるまま中に入るとそこには、ちいさな部屋があった。4人が入るとギリギリの大きさだ。
「お前たちも聞くようにとの先生の指示だ。」
会長が指を立てると、校長室側の壁が透ける。
「わ!」
「バカ!」
「……す、すみません」
会長が紙をわたす。
「防音はされてるが完璧じゃない。剣は使うなよ。我々が壁に閉じ込められるからな。」
剣を使う必要ないのになんでそんなことを言ったのだろうか。
校長室の中は重たい空気が流れていた。そこにいたのは、先生たちに、あのいけ好かないワルスだった。彼は先ほどのおじさんの横に座り、小さくなっていた。いつもの自信満々の顔はなく青白く怯えているようだった。あとは、教頭先生。校長先生は居ないようだった。
「yeh!で、だ。」
一息つくと、
「……うちの息子が、行方不明って話は悪い冗談って訳じゃあねーのか」
「残念ながら」
お兄さんなのだろう。面識はないのだが。
「HAHAHA!残念ながら!なぁ、おいどういうことだ!」
彼はかなり怒っているようだった。机に拳を叩きつけ、横にいたバロスも動揺しているようだった。
「なんで、死体がないんだ。弔ってやることもできない」
「ま、まだ亡くなったと決まった訳ではありません。救助の準備をしておりますし、魔法少女の協力も取り付けます」
「救助?なんで?」
彼はキョトンとした。その反応に周りは慌てる。
「え、いや、え?」
事もなげに彼は言う。
「たった1人の人間を助けるために大勢を危険に晒す訳にはいかないだろ?このマジブロッサムの外での行方不明。危険地域に人員を割く訳にはいかない。ましてや、貴重な魔法少女を使うなんて言語道断!」
机を叩く。凄く違和感を感じる。不気味ですらある。
「ご子息は」
「HAHAHA大丈夫!わたしは彼を信じている。」
父親はとなりに座っていたワロスの肩を叩く。
「予備がある」
その一言に絶句した。
なんだこいつは、本当に親なのか。人間なのか。ワルスのことが気の毒になった。あの自慢している姿からは想像できない歪な父親。さくらこは頭に来ていた。気がついたら、剣に手をかけているが、それは、ミナトに制される。
「ん?」
父親は、さくらこたちのいる空間を凝視した。
「さくらこ!落ち着け」
その時にガチャりとドアが開く。
「よぉ!わりぃな。レオナルド!待たせたな」
「HAHAHA!ガリレオ!なんかわるいな。息子のために。話はついた。帰るぞ」
なんにも話はついていない。見捨てられた長男と、引きつった表情の次男。絶句する教師陣に、校長は目をやり、ため息をついた。
「あたしが来るまでは待ってろって言ったんだけどな!なぁ!教頭先生」
「あ、え、と、すみません。」
「ったく。済まなかったな。ことの次第は聞いてる。市長として、息子を見捨てる姿は見せるべきじゃあ無いぜ。子どもの死は支持率に響くだろう」
「ふむ。なるほど、そういうものか」
「ああ。3日ほど救出作業して、帰ってきたらいいのさ。即断で見捨てましたよりは、いいはずさ。英雄ならそうするべきだ。」
「なるほど!いいアイデアだな!わかった!君がいうのなら、そうなんだろう。救助の手筈はまかせる。おい、行くぞ。」
グイっとバロスを引っ張りあげる。
「ま、待って。父上。兄様を助けるために来たんじゃ?」
それまで黙っていたワルスは思い切って話しかける。
「何を不思議なことをワロス家の長男はそんなことをいわないぞ、こいつめ」
彼が息子をデコピンすると、その衝撃に仰け反り、彼は額から血を流し、気を失った。
「お、っと大変だ。全く最近のは、脆くて困る。」
「おい、子どもだぞ」
ベアーズが歯をむきだしにして、唸る。掴みかかろうとする彼を必死に周りの先生が食い止めていた。
「子ども?あぁ、俺のな。お前に言われなくても分かっているさ。HAHAHA!」
アロハシャツの男は笑い飛ばした。