生徒会長との稽古
放課後道場で待つことしばらく。ストレッチをし、走り込みをし、教わった動作を反復する。
「春風くん。待たせたな」
声の主は生徒会長だった。切れ長の鋭い目がさくらこを見下ろす。
「素振りをしていたようだな。」
「今日もよろしくお願いします」
会長が手をかざすと、刀が握られていた。
「抜け」
桜子は手に持っていた剣をゆっくり抜いた。刀身があらわれる勇者の剣。柄や鞘はボロボロだが、刀身は美しかった。さくらこの見える景色が変わる。空中に漂うキラキラとした魔力。足下の世界樹に流れる川のような魔力の流れ。目の前の人物から溢れる穏やかながら切り刻まんとする鋭い魔力の渦。そして、全身をめぐる強化魔法。さくらこは勇者の剣を抜くことで魔力や魔法を可視化することができる。
「そろそろその剣の名前は考えたか?」
「いいえ、まだです」
生徒会長が言うにはものに名前をつけることで、その物の力をひき上げることができるらしい。名前には言霊が宿り、その刀を強化してくれる。だが、さくらこはまだ名前をつけることができていない。良い名前が思いつかないのだ。
「私が魔法少女として変身するのは、マジカルわさび。この名前はわたしがつけた」
「?」
「春風くん、わさびの花言葉を知っているか?」
「いえ」
「『目覚め』だ。私は魔法少女として、みんなに目覚めて欲しいのだ。夢を見ている彼女らを。みんなを。だから、この刀にも『菊咲一華』と名付けた。花言葉は覚醒だ。…少し無駄話が過ぎたか。とにかく思いをこめろ。刀を握るたびに思い出せ。」
来る。足元の魔力がわずかに膨れる。普通に見ただけでは、まったくきづけないほどのちいさな揺らぎ。喉元に迫る切先を後ろにジャンプすることでかわす。
「いい目だ。が、眼だけでは勝てんぞ」
さらに一歩踏み込んでくる。からだを仰け反らしよける。体勢が傾くが、すぐに身構える。まだ次の攻撃が来る。油断出来ない。守ってばかりじゃ
「っく!どっせい!!!」
着地と同時に片手に魔力をこめ、潜るように姿勢を低くする。勇者の剣には、魔力を斬る力がある。生徒会長に向かって駆け出し、すれ違いざまに腹に拳ふるう。
「おらあ!!」
「ほぅ。拳で来るか。…胡桃」
生徒会長の腹で、拳が止まる。鈍い金属音と衝撃が響く。冷や汗が流れる。まずい。
「ぐぅっ。っつ、らああ」
逆手に持ち替えた剣を振るう。が、それも止まる。
「迷いのある剣でわたしは切れないよ。まったく、まるで君はイノシシだな。ふふ、わたしの腹は鉄でできてるのさ。」
この距離は完全に会長の距離だ。
「戦いの最中に仰け反るのは良くないな。体勢を崩すことは隙を与えることにつながる。あと、剣を振るうのにまだ抵抗があるようだな。わたしのほうが段位も経験も実力もはるかに上だというのに。まぁ、しかたないか。さて、次は君の番だ。魔力で防御を固めるんだ。」
「ひっ、な、何をなさるので」
「防御訓練だ。大丈夫。刀は使わない。」
指を鳴らし笑顔でさくらこを見下ろす。
「お、お手柔らかに」
案の定ボコボコにされた。
「魔力による身体強化はまずまずだな。」
「ヴぁい」
あまりにもボコボコにされて、上手く喋れない。
「くくく、ヴぁい。くくく、いや、すまない。おもしろくてな。どうやったら、そんな、くくく」
あんたのせいだよ!
なんか生徒会長はじめとだいぶ印象が違うな。近寄り難い雰囲気と思ったけど案外フランクなのか?
「わたし、強くなれますか」
「どうして、そんなことを聞く」
「だって」
「……ふむ。」
会長は少し考えていった。
「剣を人に向けることに抵抗を感じるのはわるいことではない。むしろ人として当然の感覚だ。」
「……はい」
「だが、戦わないといけないこともある。自分や大切なものが危機に陥ったとき、君はどうする。指をくわえて見ているのか、泣いてことが済むのを待つのか。わたしは、否だ。変えられる結果があるのなら、わたしは最善を尽くしたい。」
「最善」
「魔法少女見習いの君は、魔女を倒せと言われている。世界にとっての最善はそうだ。だが、君にとっての最善はなんだ。君を狙うやつらは君だけを狙う訳では無い。時に卑怯な手を使うかもしれない。君自身や君を守るための力が必要な時がくる。」
さくらこの頭に傷ついた友達やタコさんのことがよぎる。さくらこは剣を握りしめる。
「もう一本お願いします」
「ふふ、今度は油断しないほうが良さそうだな」