新しい先生
「んじゃ。またな。」
ホウキで飛び去る先輩を見て、さくらこは走り出す。
「わたしもホウキに乗れたらなぁ。」
魔力の安定しないさくらこはホウキを浮かせるのさえ、困難である。移動中、魔力を常時消費してしまうホウキと魔力が少ないさくらこは相性が悪い。
「おいさくらこ!急げ」
2階の窓から声がする。マツリちゃんが手を振っている。よし。
魔力を足に込めて、壁を駆け上がる。
「よっと、っと、っと、とぉ!」
「すっげぇな、さくらこ」
「ふっふーん」
得意げなさくらこ。毎日毎日、あんだけボコスカやられたら、否が応でも魔力による身体強化は身につく。今のさくらこは2階くらいまでなら大抵の壁は駆け上がれる。
「さくらこ、おはよう」
「おはようアンリちゃん」
2人ともほとんど怪我は完治しており、彼女らとの仲が深まった。最近はほとんど一生に行動していて、ほぼ無表情だったアンリも少し微笑むようになった。
「……春風って君かい?窓から登場たぁ君は余程お転婆に見えるなぁ」
聞きなれない声だった。入口の方に目をやると、ポニーテールの青みがかった髪をもつ、ライダースーツの女性が立っていた。背丈は高く、すらりとしていた。
「前任のチャールズ先生は、家庭の都合で退職された。今日から君たちの魔法歴史学を担当するフクロだ。よろしく」
爽やかに言った。ピッタリとしたライダースーツから分かる曲線美。中性的な声。みんなの視線を釘付けにしていた。彼女は教室をぐるりと一周しながら語り始める。
「魔法歴史学を語る上で大切なことを君たちに話しておきたい。三つある。1つ目歴史は積み重ねだ。偉大な先人たちに感謝を。2つ目。探究心を忘れるな。探し求めるものに真実が訪れる。3つ目歴史を学ぶことでより良い道を選択できる。正解はひとつではない。学ぶことで道は開かれる。それではまずは、魚人世界線についての話をしよう。いまから3つ前の世界線だ。」
彼女はライダースーツを少し下ろし、胸の谷間から杖を取り出した。
「んな!」
男子どもが鼻をのばしていた。あたしだってそのうち。そんなことは気にもとめずに杖を振るいフクロ教授は話始めた。彼女の杖から溢れ出したベールが教室を包む。
「…この世界樹の樹齢を知っているか?」
突然話題が変わり、皆が顔を合わすが、答えれる者はいなかった。
「正解だ。不明だ。年輪を調べようにも、伐採が禁じられている。木の種類は?なぜ魔力を供給してくれる?誰も教えてくれない。今も尚、成長を続けるこの大樹の成長のエネルギーはどこから来ているんだろうね。」
何故かさくらこはフクロ教授が最後のひとつを言う時にこちらを見ているきがした。
「魔法の歴史の中で新魔法が開発されたのは、最近のことだ。なぜ我々は新魔法を使うようになった?」
すっとアンリが手を挙げた。
「大気中の魔力や、体内の魔力が枯渇してしまうからです」
「世間で言われてるのはそれだ。この星における魔力の絶対量が決まっている。こんだけ魔法人口が増えたら、大気中の魔力が無くなり、魔女からの侵略に対抗できない。ってね。だけどね。勇者がいた時代。」
彼女が喋ろうとした時に、扉が開き、校長先生が入ってきた。ベールはたちどころに消え去り、フクロ先生は、何事もなかったように話を続けた。
「だけどね。アトランティスの古代魚人たちは、エラ呼吸と肺呼吸の両立を可能にしていたのだよ。驚くべきことにね。」
「うむ。新任の先生はどうかね。1年生諸君。フクロ教授は、世界中を旅していた考古学者だ。魔法考古学者として、フィールドワークをしていたのだが、無理を言って本校に来て貰った。当然今は、古代魚人世界線の話をしているのだろう、よく学ぶんだぞ1年生。あ、そうだ。わたしも知見を広めるために、ここに耳をおかしてもらおうかな」
「あー私の話はお忙しい校長先生に聞かせるには、少し長いかもしれませんよ」
「はははいやいや、つまらない話はするまいよ。給料は弾んでいるからね」
校長先生は杖を一振すると、机からニョキりと耳が生えてきた。
「よし、では、アトランティスの場所を知ってるかね。みんな」
その後は世界樹の話は出ることなく終わった。
「世界線は繰り返し、また始まりの魔女との戦いが始まるのだった……か」
放課後さくらこは、フクロ教授の言葉を思い出してつぶやいた。
自分の手に収まる勇者の剣を見つめる。タコさんは、今日の話で言う魚人、ということになるのだろうか。いまから、千年以上前の世界。魔女との戦いはどうだったのだろうか。分からないことばかりだ。