暴走列車 8
キララ達をカティーサーク号のブリッジに招待したノワールは、小さなテーブルの周りに椅子を並べると、キララ達に座るように促した。キララ達が席に着くと、メイド達が現れて紅茶のカップを並べていく。
「ノワール! 助けてくれたのはありがたいけど、紅茶を飲んでる場合じゃないよ!」
「アイリ様、焦っても仕方ありません。彼我の戦力差は途方も無いのですから。冷静に、何か起死回生の一手を考えなければ」
そう言ってノワールは紅茶に口をつけながらキララを見つめた。
「……起死回生の一手ならある。けど、武器と人手が足りない」
ナナホシとアイリは驚きの表情でキララを見つめた。一方ノワールはさもありなんといった様子だ。
「武器は我々が何でもご用意いたしましょう。問題は人手ですね」
「人数は要らない。ただ、誰でもいいってわけじゃない。この前の撤退戦の時に居た、宇宙怪盗さんが必要」
キララはわざとアイリの方を見ずにそう言った。アイリは眉ひとつ動かさなかった。
「ふむ……知り合いを当たってみましょう。アルセーニャ様の連絡先をご存知の方に心当たりがあります。あぁそう言えば、アイリ様、アイリ様は爆撃機をお持ちでしたよね?」
「え? 爆撃機はさすがに持ってないし、そもそも空爆だって遠距離攻撃扱いなんだからバリアに防がれ──────」
「いいから、倉庫をひっくり返してでも探してきてください。さぁお早く」
そう言ってノワールが手を叩くと、メイド達が再び現れて、アイリを拘束して船の外へ連れ出して行った。
「わぁ!? ちょっと、待って、何で───────っ!?」
遠ざかっていくアイリの声を聞きながら、ノワールは再び紅茶に口をつけた。
「さて、ではキララ様の作戦をお伺いしたいところですが……」
ノワールはカップをソーサーに戻すと、向かいに座ってさっきからずっとノワールを睨んでいるアリスを見つめた。
「勇者様の誤解を解いてからでも遅くは無いでしょう」
「……君はやっぱりあの『ノワール』なんだね」
ナナホシはアリスとノワールを交互に見つめた。
「お知り合いなんスか?」
小さくなってノワールをじっと睨むアリスは、拾ってきたばかりの野良猫のようだった。
「……ロストサーガファンタジアには、『白雪姫』ってギルドがあったんだ。表向きには、ロールプレイを楽しんでるだけのただのギルドなんだけど、その実態は、報酬さえ積まれればどんなプレイヤーも殺す、ロスサガ史上最悪最強のPKギルド。そして、そんな白雪姫の事実上のリーダーだったのが……鉄靴の魔女、謀略姫ノワール……!」
アリスの刺すようなその視線にノワールの口角が吊り上がり、口の隙間から赤い舌が覗く。
「……そして、聖剣の勇者であらせられるアリス様は、アンチの方々も多く、何度も何度も殺しの標的にされていた、と。要するに犬猿の仲というわけでございます。もっとも、私が一方的に嫌われているだけですが」
それを聞いても全く動じていない様子のキララとナナホシを見て、ノワールは微笑んだ。
「おや、動揺されないのですね。それはそれで悲しいものがあります」
「すいません、何か、似合うなって思っちゃったっス」
「うん、その方がしっくりくる」
アリスは音を立てて椅子から立ち上がった。
「悪いけど、君のことは一切信用できない! この件だって、君がくりぃむちゃんに何か吹き込んだに決まってる! そうでなきゃ────」
「そうでなければ、あのくりぃむがモンスタートレインなんてするはずがない……と? ではアリス様はこう言っても信じないでしょうね。『ニーベルンゲン』のくりぃむだけではなく、『赤の女王』のハートハート、『ユグドラシル』のロキ、『円卓』のキングアーサー、そして『十二星騎士団』筆頭、獅子宮のレグルスまでもが結託し、SOOを破滅させるために悪事に手を染めているだなんて……」
「……は?」
アリスは顔を引きつらせて後ずさった。
「……そんな、噓だ! 信じない! お前のことだ! どうせまたデタラメを────」
そんなアリスに、キララは黙って首を横に振った。アリスの口がわななく。
「そんな────!」
「おや、流石のキララ様もこの事実にはまだ辿り着いていないと思っていましたが」
「確証は無かった。ただ、帝国の異常な統率力について考えた時に、リーダーのカリスマ性だけじゃ説明が付かないなって思ってただけ」
帝国の並外れた統率力。その源とはつまり、愛したゲーム、ロストサーガファンタジアの────
「はっきりと申し上げましょう。SOOを破滅させて、SOOに覇権を奪われたロストサーガファンタジアを復権させる……そのために、ロストサーガファンタジア最強と名高い五大ギルドが結集して作られたのが、SOO最悪最強の害悪クラン、『失われし帝国』なのです」
ナナホシとキララは静かに俯いて、ノワールのその声に耳を傾けていた。
「っ……!」
アリスは目に涙を浮かべると、どっと椅子に座り込んだ。