暴走列車 5
数分前。
「え? 跳弾で装甲車を下から攻撃する!? そんなアニメみたいなことできるの!?」
キララが滅茶苦茶なことを言うので、アリスは首を傾げた。
「至近距離からのヤトノカミの攻撃でも装甲を貫けなかった時の最後の手段。上手くいくかはやってみないと分からないけど、理論上は実行できる」
「そもそも、こんな砂地で跳弾なんて起きるの?」
アリスはモンスタートレインの後方で立ち昇る砂煙を指さした。キララは頷く。
「跳弾の原理は水切りと一緒だから、柔らかい砂地でも起きるよ。ただ、バイクの上から銃を撃つと、弾丸の突入角の問題で多分失敗する。だから、私がバイクから身を乗り出して地面スレスレで銃を撃つ」
アリス達はそれを聞いてぽかんと口を開けた。
「ナナホシさんは私の足を握って私がバイクから落ちないように支えて。アリスさんは、私と逆サイドから身体を出してバイクのバランスを取って」
◆◇◆
(口で言うのは簡単っスけど……まさか本当に成功させるなんて、この人はホント────)
キララが弾をリロードすると、黄金の廃薬莢が地面の上を跳ねていき、モンスターの波に飲まれる。アリスは上機嫌に笑った。
「あはは! すごいすごい! さすがだねキララちゃん!」
「ハンドル切るよ! 気を付けて!」
アイリはキララが装甲車を狙えるようにバイクを動かした。勘を掴んだキララは、矢継ぎ早にヤトノカミを発砲し、装甲車を片っ端から爆発させていく。
「ぐああああああっ!」
「ぎゃああああああっ!?」
モンスタートレインと、宇宙警察を始めとしたプレイヤー達の車両の列のその間を縫うようにしてアイリはバイクを走らせる。飛び交う爆弾や光線の雨を避けられるのは、アイリのプレイヤースキルが抜きんでているからに他ならない。アイリの激しい運転に合わせて、アリスはゆらゆらとバランスを取った。
キララ達の様子を見たプレイヤー達から歓声が上がる。
「すげぇ!」
「何者だよ!」
「装甲車はアイツらに任せて、俺たちはモンスターを叩こう!」
その時だった。
「アイリ!」
緊迫したキララの声が響いたかと思うと、バイクのバランスが急に崩れ、アイリはハンドルを取られる。キララが急にバイクに身体を戻したのだ。バランスを崩した影響で大きく進路が変わるバイク。
「ちょっ!?」
「わわ!」
地面に放り出される寸前で、アリスは器用に身体を起こした。するとその直後に、ついさっきまでバイクがあった場所目掛けて、黒い影が猛スピードで空から降って来た。
「ぐっ!?」
砂が高く舞い上がり、ナナホシは思わず目を閉じる。地面に降り立った黒い影はそのままモンスターの大群の中に飲まれていった。
バックミラーでそれを見ていたアイリが声を張り上げる。
「今のは!?」
「わからない! プレイヤーみたいだったけど!」
キララがそう答えた直後だった。数体のモンスターを巻き込みながら、砂煙を突き破って、大群の中から黒い影が飛び上がった。黒い影は、そのまま近くの装甲車の屋根に華麗に降り立ち、乱れた黒髪を払って整えると、真っ直ぐ立ち上がってキララを見つめた。
「クリームヒルト」
「久しぶりね、キララ」
キララ達に突然襲いかかったのは、他でもない、帝国軍第4師団団長のクリームヒルトだった。しかし、以前会った時のような帝国軍のコートを着込んでおらず、細いボディラインがくっきりと浮き出る、黒くて機械じみた装備を着用している。
周囲のプレイヤー達がどよめく。
「帝国軍第4師団団長クリームヒルトだと!?」
「なんでこんなところに……!」
キララは揺れるバイクの上で器用に立ち上がった。
「やっぱり帝国が裏に居たね」
「当然。こんな大規模な作戦行動がそこらの弱小クランに出来るとでも? この強固な装甲も、私達が供与した物よ」
そう言ってクリームヒルトはトラックの天板を蹴った。
「しかし、どうして私の奇襲に気づいたのかしら。私は隠密系のスキルをカンストさせているし、攻撃の直前まで光学迷彩も起動していた。あなたが索敵系のスキルをカンストさせていない限り、攻撃に気付けるわけが無いわ。まさか第六感だとでも言うんじゃないでしょうね」
キララはそれを聞いてクス、と笑った。
「別に、簡単な事だよ。このゲームに限らず、超リアル調のオンラインVRゲームならどのタイトルでも起こる現象さ。私達キャラクターの目っていうのは、要はカメラだ。カメラを向けられたら、ゲームは描画をしなきゃいけない。つまり、その処理の分だけ自分の周りの世界が重くなるんだ。それだけのことだよ。まぁ、君はそれに気づけなくて私に殺された訳だけど」
SOOのような超リアル調のVRMMOでは、原子レベルの、極めて複雑な物理演算が絶え間なく行われており、そんな計算を一般のコンピューターで実行するのは不可能である。そのため、ゲームの演算処理自体はSOOサーバーのスーパーコンピューターで行われており、プレイヤーのVRヘッドギアはサーバーから送られてきた映像をプレイヤーの脳内に投影しているに過ぎないのだ。
アイリとナナホシは、『そんなの分かるわけないだろ!』とつっこんでやりたかったが、ぐっと堪えた。クリームヒルトは目を見開く。
「……あぁそう、やはりあなたには、おしおきが必要なようね」
「そうだね。よく言われるよ」
その時突然、キララとクリームヒルトとの間に流れる緊迫した空気を吹き飛ばすように、アリスが明るい声を上げた。
「あぁ! やっぱり! くりぃむ! キミ、くりぃむちゃんだよね!」