暴走列車 1
お久しぶりです。いつにも増してバカな話なので覚悟しておいてください。
アリスとの出会いから数日が経ったある日。キララはいつものように、初心者狩りから巻き上げた戦利品を売却するために自由都市フリードのなんでも屋『まねきねこ』を訪れていた。すると店には、思いがけない先客が居た。
「あれ? キララちゃん?」
「アリスさん、どうしてここに?」
カウンターでナナホシと話していたのは、他ならぬアリスであった。
「あれ、お二人共、お知り合いだったんスか?」
「うん! フレだよ!」
「くすくす、この店に辿り着くなんて、流石だねアリスさん」
キララのその言葉に、アリスは首を傾げて見せた。釣られてキララも首を傾げる。
ナナホシは咥えたタバコに火をつけながら口を開いた。
「その件なんスけど、今フリードで妙なことが起きてるらしいんスよ。なんでも、大通りのプレイヤー商店が、全部閉まっちゃってるらしくって」
それを聞いて、キララは怪訝な顔をした。
プレイヤーが営業する商店、例えばまねきねこはナナホシのワンマン経営なのでナナホシがログインしていない間は自動的に店も閉まってしまう。しかし、大通りに店を構えるような大きな商店は大抵の場合、複数人でシフトを回して絶えず店を開けているので、店が閉まるということは極めて珍しい。つまり、大通りの店が同時に全部閉まっている、なんていうのはほとんど天変地異だと言って差し支えないのだ。
「ポーションを買いに行こうと思ったらお店が全部閉まっててさ、それで、路地裏に入ってみたら、ここにたどり着いたんだよね」
アリスはブンブンと身振り手振りを交えながらそんなことを言った。
「なるほど……ナナホシさん、カガミのお兄さんは何か言ってた?」
「いえ、カガミさんはまだログインされてないんスよ。毎月この時期は忙しいっておっしゃってたんで、もしかしたら今日はもうログインされないかもっスね」
それを聞いてキララは落胆のため息を吐いた。
(情報屋のくせに、肝心な時にログインしてない……)
その時だった。エンジンの轟音が近づいてきたかと思うと、急ブレーキの音が店の前でして、息を切らしたアイリが店に入ってきた。
「ナナホシさん! あ! よかった! キララさんも居る!」
「アイリさん、どしたんスかそんなに慌てて」
ナナホシはカウンターの下のミニ冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出してアイリに勧めた。アイリはそれを突き返して大声で話を続ける。
「どうしたも! こうしたも、ないよ! フリードが、地図から消えるかも、しれないんだ!」
キララとアリスは眉をひそめた。ナナホシは何か思い当たる節があったのか、音を立ててカウンターから立ち上がる。
「まさか……! 2年前の……!」
「アレとは比較にならない! 先頭集団がフリードに到着するまでもう3時間もない! 急いで援軍を呼ばないと!」
アイリとナナホシの間にキララが割って入る。
「どういうこと? 何が起こってるの」
ナナホシは額に冷や汗を滲ませて、キララの方を向いた。
「……その昔、2年程前のことです。自由都市フリードが地図から消えかけた事件があったんです」
「通称『列車事件』! とんでもない規模のモンスタートレインが、フリードにけしかけられたことがあったんだ!」
アイリのその言葉にキララとアリスが目を見開いたその時だった。店の外でけたたましいサイレンが鳴り響いた。クラン『宇宙警察』のサイレンカーだ。
「”南方よりモンスターの大群がフリードに向けて侵攻しています。プレイヤーの皆様はできる限り討伐にご協力ください、繰り返します────”」
キララの脇の下から顔を出すようにして、アリスも3人の間に割って入ってくる。
「モンスタートレインってあの? モンスターを引っ張ってくるやつ?」
ナナホシはアリスに強くうなずいた。
「はい、そうなんスけど……問題はその規模なんスよ」
モンスタートレイン、或いは単に『トレイン』と言う場合もあるが、これもオンラインゲームにおける一種の迷惑行為だ。MMOなどでフィールドに沸く雑魚モンスターは、多くの場合、接近してきたプレイヤーや攻撃してきたプレイヤーに対して敵対行動を取る。敵対行動とはつまり、プレイヤーを追いかけて攻撃するということで、モンスタートレインを行うプレイヤーはこの、モンスターがプレイヤーを『追いかける』という習性を利用してモンスターを文字通り『列車』のように引き連れて歩くのだ。
ただ引き連れ歩くだけなら害はないかもしれないが、悪意を持ってモンスタートレインを行うプレイヤーは、大抵の場合、この列車を他のプレイヤーに擦り付ける。列車を擦り付けられたプレイヤーは、圧倒的な数の暴力の前になすすべも無く倒されてしまうというわけだ。このように、モンスターを利用してプレイヤーをキルすることをモンスタープレイヤーキル(MPK)と言う。
余談だが、ゲームによっては雑魚モンスターをまとめて一気に狩る『まとめ狩り』が効率の良い狩りのセオリーとなっている場合があるため、列車を作っているプレイヤーを見ても頭ごなしに悪質プレイヤーだと決めつけてはいけない。なおSOOでは、余程の戦力差が無い限りまとめ狩りなど不可能なため、まとめ狩り及びトレイン行為は悪質行為だと認識されている。
アイリは、一度突き返したミネラルウォーターのボトルをもう一度掴むと、キャップを開けて一気に半分ほど飲み干した。
「前回の列車事件の時は100万体のモンスターの群れが、フリードの城壁を破壊する寸前のところまで侵攻したんだ。今回のモンスタートレインの規模は、現在分かっているだけで1000万体以上! 早く手を打たないと手遅れになる!」