指示厨 8
一行がダンジョンの外に出ると、ユリウスは黙ってパーティ管理画面を起動した。パーティ解散のボタンに、ユリウスの指が伸びる。その様子を見たアリスはユリウスに背を向け、キララの方へ向き直って笑いかけた。
「ねぇ、キララちゃん、まだダンジョン周回するなら一緒に来ない?」
「いいよ、私もまだ目的達成してないし」
「あ、もしかしてスキル集め? 私もなんだー!」
アリスがそう笑って、頭の後ろで腕を組んだ、その時だった。一行の視界の端に『パーティが解散されました』という通知が流れるのとほぼ同時に、大剣を抜き放ったユリウスが、アリスの背を目掛けて切りかかった!
「死ねえええええっ! ─────があっ!?」
1発の銃声が轟き、大剣を掲げるユリウスの眉間に6つもの風穴が空く。─────連射が早すぎて、重なった銃声が1発にしか聞こえなかったのだ。
煙を吐くコルトSAAを、腰の高さで構えるキララ。トリガーを引いた状態で撃鉄を繰り返し手で叩くことで、高速連射を行うテクニック『ファニング』だ。
攻撃特化型のステータスをしているユリウスは、キララの目にも止まらぬ6連射でHPを全損し、その場で死亡した。何が起こったか分からない、といった様子で膝から崩れ落ちたユリウスは、暫くすると滅茶苦茶に暴言を吐き始めた。
キララは銃をクルクルと回し、ホルスターへとしまう。その一連の様子を見ていたアリスは『わーお』と言って笑った。
◆◇◆
その後、リアルの都合で槍使いの男と杖使いの男がログアウトしてしまい、キララとアリスは二人でダンジョンを周回した。周回のスピードは多少落ちたが、回数を重ねるにつれて互いの動きが一層嚙み合うようになり、目的のスキルを手に入れる頃には5人パーティで周回していた時と大差ないスピードで周回できるようになっていた。
ダンジョンを出る頃には、辺りは夕方になっていた。
「お疲れ! 付き合ってくれてありがとね!」
斜陽の差す渓谷で、アリスはキララにそう微笑んでみせた。
「ううん、こっちこそ」
「じゃあ、はいコレ」
アリスから送られてきたフレンド申請を、キララは承諾する。フレンド欄にキララの名前が追加されると、アリスは嬉しそうに笑った。
「へへっ、じゃあ、またゲームしようね、キララちゃん」
「うん、オンラインだったら遠慮なく誘って」
「うん!」
満面の笑みを見せるアリスを見て、キララは思考をめぐらせる。
(ロストサーガファンタジア最強のプレイヤー、聖剣のアリス……『円卓』、大魔法使いマリン……)
キララの脳裏に、先日のクリームヒルトの言葉が過ぎる。
(あの日、クリームヒルトはステラさんのことをハッキリと『円卓の魔女』と呼んでいた……)
「ねぇ」
キララは柄にもなく、ぎこちなく口を開いた。
「うん?」
アリスは首を傾げる。
「君は、どうしてロスサガをやめたの?」
最強のプレイヤーと呼ばれる程にやり込んだロストサーガファンタジアをやめて、なぜ、同じMMOであるSOOを始めたのか。
アリスはさして動揺した様子もなく、空を見上げてうーんと唸って、そして、にっと笑って見せた。
「案外君と同じかもよ? 『悪魔』のキララちゃん」
「……なんだ、私の事知ってるんだ」
「さすがにキミは有名人だからね。周回してる時もずっと本物かな〜本物かな〜って思ってたんだけど、それが確信に変わったのはついさっき。フレ欄でID見た時」
「やっぱりそれが決め手になるんだね」
「うん」
アリスは崖の方に数歩歩いて、沈みゆく夕日を見つめた。
「……キララちゃん、人がゲームを辞める時ってさ、飽きた時とか、詰んだ時とか、色々あると思うけどさ、私はやっぱ、そのゲームをクリアした時に辞めると思うんだよ。クリアっていうのが、システム的にはいクリアしましたよって告知されるタイミングなのか、あらゆる要素をやり尽くした時なのか、それは人によるかもだけど、とにかく、自分の中で納得が行ったら、それはきっとゲームをクリアしたってことになるんだよ」
アリスの黄金の髪が、黄金の斜陽を孕んで輝く。
「MMOとかオンラインFPSでクリアってどういうことだよって話だけどさ。私はきっと、あのゲームをクリアしてしまったんだと思う。キミだってそうでしょ、殿堂入りして、向かうところ敵無しになっちゃったら、それはきっとクリアしたって言える」
「……そうかもしれないね」
キララは内心、きっとそうだと思ったが言葉は濁した。
(そうか……私は、あのゲームをクリアしていたのか……)
「まぁ、私の場合は、ロスサガが過疎っちゃったってのもあるけどね」
アリスの声色は明るかったが、微かに寂しさを孕んでいた。キララはそれには返答しなかった。
アリスはキララの方へ振り返り、強気に笑う。
「まぁとにかく、ここにはロスサガ最強の私と、HELLZONE最強のキミが居るってワケだ。向かうところ敵無しさ!」
「……そうだね」
キララは、そんなアリスに穏やかに微笑んだ。
◆◇◆
『またねー!』と叫びながらどこかへ走っていくアリスを見送ったキララは、一番星が出始めた夜空を睨み、一人、呟いた。
「君達は、まだ、クリアしてないんだね……」