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番外編:サムライガール・オンライン~彷徨編~

 ────1年程前


「うぅ~、ここは一体どこなのだ」


 ワープポータルを見失い、放浪の日々を送っていた銀華は、ある日落とし穴に落ちてしまい、暗い洞窟の中を彷徨っていた。


 じめじめとした洞窟の中には先史時代の戦争の遺物、即ち、正気を失った殺人マシーンが跋扈(ばっこ)していた。


「ipppp!niyilptpdoyrustxrrrrrr!」


 訳の分からない機械音声を上げながら、銀華に突撃してくる殺人マシーン。殺人マシーンのレベルは120を超えており、並大抵のプレイヤーではかすり傷すらつけることができない。しかし銀華は、殺人マシーンに無数の斬撃を放ち、一瞬で鉄くずに変えてしまった。


「hihusssssss!」


 断末魔を上げながら機能停止する殺人マシーン。


「やれやれ、斬っても斬っても湧いてくる。これではキリがないな」


 銀華本人は全く気づいていなかったが、実は銀華はつい先日『真空切断』というスタースキルを獲得しており、相手の防御力の一切を無視して攻撃ができるようになっていた。このスキル無しでは、殺人マシーンに一切のダメージが与えられなかっただろう。


 なお、『真空切断』の取得条件は『ダメージ倍率10000%を超える通常攻撃を行う』というものだ。通常攻撃及びスキルには『ダメージ倍率』というものが設定されており、攻撃力にこのダメージ倍率を掛け合わせたものが最終ダメージとなる。


 例えば、スキル『ラッシュエッジ』のダメージ倍率は340%であり、このスキルを使えば、本来の攻撃力の3.4倍のダメージを相手に与えることができる。隙が大きい分強力なスキル、『パワーセイバー』のダメージ倍率は1250%もある。


 では、スキルを用いない通常攻撃のダメージ倍率はどうなっているのかというと、これは、その攻撃の『強度』をAIが判定して、自動的にダメージ倍率が割り当てられることで判定がなされている。例えば、片手で剣を適当に振り回した時のダメージ倍率は30%、しっかりと剣を両手で握って全力で振り下ろした時のダメージ倍率は120%、といった具合だ。もっとも、これは素人の場合である。リアルで剣道を習っているようなプレイヤーが剣を振れば、そのダメージ倍率は素人のそれとは比較にならない、全力攻撃なら、500%を優に超えるダメージ倍率を出すことができるだろう。


 現実で考えれば当たり前のことだ。例えば、素人が力任せに真剣を振ったところで半畳巻の畳表すら満足に斬れないかもしれない、しかし、卓越した技を持つ達人なら同じ真剣を使っても一畳巻の畳表を七本まとめて真っ二つに斬ることができる。この現象をゲームで再現するために設けられているのが『ダメージ倍率』なのだ。


 では、もし仮に、わずか7歳で剣の奥義に通暁した空前絶後の天才が居たとして、その天才が、暗殺者が使う殺人剣を完璧に習得していたとして、SOO世界で本気の一閃を放ったら、どれ程のダメージ倍率が出るだろうか。


 次から次へと襲い掛かってくる殺人マシーンを、銀華は片っ端からスクラップに変えていく。銀華の攻撃力は合計でわずか800、そこに、500%のダメージ倍率が乗って4500。恐るべきダメージ倍率だが、銀華基準ではこれは『適当』の部類だ。


 本来であれば、一体倒すのにも一苦労の殺人マシーン達を蹴散らしながら、銀華は洞窟の奥へ奥へと進んでいく。するとやがて、広い場所にたどり着いた。


 広い洞窟の中央に、異形の機械が鎮座している。無数の金属の触手が生えたそれは、タコとも蜘蛛とも言い難い異形をしていた。小屋ほどもある大きなその怪物は、太古の昔に、全宇宙に終焉をもたらした世界の終末装置、その残党だ。怪物は、銀華に気づくとギチギチと音を立てて触手をうねらせ、立ち上がる。


「おお、化け物共の親玉か!」


 銀華は刀を構え直す、その時、洞窟の中にシステムアナウンスが流れた。



「"終末因子(ターミナルファクター)、『冒涜の使徒』が覚醒しました。観測宇宙の存在確率、99.5%まで低下。対象を直ちに討伐してください。討伐に失敗すると、終末任務(ターミナル・クエスト)が発生します”」



 怪物が咆哮し、12本ものHPバーが空中に現れる。────40人パーティーでの討伐が前提の強力なボス『レギオンボス』の証だ。


「な、なんだ、どういうことだ、こなたは横文字は苦手なのだ! 分かるように説明してくれ!」


 慌てふためく銀華に怪物が襲い掛かる。長く太いその触手がうねったかと思うと、像が歪む程の猛烈なスピードで振り抜かれる。


 銀華は触手を容易く避けると、刀を構えた。


「よく分からないが、斬っていいのだな!」


◆◇◆


 『冒涜の使徒』は50万を超える絶大な防御力を持つレギオンボスだ。その分、HPは少なめに設定されているがそれでも2億ものHPがある。しかし、一定時間内に与えられたダメージが一定量を下回ると、強制全滅技が発動してしまうため、モタモタ削っていると敗北してしまう。しかも、冒涜の使徒との戦闘中は、道中の洞窟で遭遇するような殺人マシーンが無限湧きする。『終末因子(ターミナルファクター)』の名にふさわしい超高難易度ボスだと言えるだろう。


 しかし、防御力無視のスタースキルを持つ銀華にしてみれば、このレギオンボスはまさにカモだ。


 冒涜の使徒は怒り狂い、殺人マシーンを巻き込みながら触手を振り回すが、銀華はそれを華麗に避けながら無数の斬撃を放つ。


 先程までの"適当"な剣筋とは全く異なる、銀華の本気の剣。一太刀一太刀が2200%ものダメージ倍率を持っており、冒涜の使徒のHPがジワジワと削れていく。


 1本目のHPバーが空になると、冒涜の使徒は咆哮し、無数の触手を天井に向けて掲げた。掲げられた触手の中央に、真っ黒なエネルギーの球体が出現する。HPバーが削られたことをトリガーに発動する『ゲージ技』と呼ばれる特殊行動だ。ゲージ技の多くは、発動されるとパーティーに甚大な被害が出る危険な技で、それ故に、一定時間内に条件を達成することでゲージ技を強制中断させることができる。冒涜の使徒の1ゲージ目のゲージ技の中断条件は、『10秒以内に合計100万ダメージを与える』だ。


 中断条件:56900/1000000ダメージ 残り8.9秒


 銀華の視界の端に、中断条件のポップアップが出現する。銀華は直感的に、危機が迫っていることを理解する。


 銀華が滑らかに刃を鞘に納め、目を閉じ、静かに息を吐く。意識が深層に落ちていく。


 中断条件:56900/1000000ダメージ 残り5.3秒


 無防備になった銀華に一斉に飛びかかる殺人マシーンの群れ、脈動し、ますます大きくなる黒いエネルギーの球体。



 虚ろな目を開いた銀華は、ただ穏やかに、剣の柄を右の手の薬指でそっと叩いた。



 240fpsのSOO世界では描画が間に合わない神速の斬撃が放たれる。殺人マシーンの群れと冒涜の使徒の身体に、数え切れないダメージエフェクトが刻まれる。


 中断条件:1000000/1000000ダメージ 残り4.8秒


 ダメージ倍数8200%の斬撃の16回攻撃。合計ダメージ倍率131200%というデタラメな剣技により冒涜の使徒のゲージ技が中断される。膨れ上がっていた黒いエネルギーの塊は霧散した。


 悲鳴をあげる冒涜の使徒。銀華は刀を構え直して再び冒涜の使徒に斬り掛かった。


◆◇◆


 冒涜の使徒を一方的に斬り続けること30分。


 2回の形態変化を経た冒涜の使徒は、真っ赤なコアを露出させたまま、千切れかかった触手を乱暴に振り回す。巻き込まれる殺人マシーンが木端微塵に砕け散り、地面と壁が激しく削られる。


 銀華は触手を足場にしながら冒涜の使徒をひたすらに斬り刻む。


 突然、冒涜の使徒が耳を劈く悲鳴を上げたかと思うと、自らのコアの周りに触手を突き刺した。悪臭をまき散らす紅い肉をブチブチと引きちぎりながら、コアをその巨体から抜き出し、空に掲げる。


 すると、赤黒い邪悪なエネルギーが渦巻き、コアに流れ込み始めた。


「"観測宇宙の存在確率、98.2%まで低下。対象を直ちに討伐してください"」


 システムからの警報アナウンスと共に銀華の端にポップアップが出現する。


 中断条件:冒涜の使徒(セカイの敵)の討伐 残り29.8秒 


 残りHP3%で発動する()()()()()だ。30秒以内に冒涜の使徒の息の根を止めなければ『終末任務(ターミナル・クエスト)』が始まってしまう。


 これまでに直面したことがない危機が訪れていることを感じ取った銀華は、一歩下がって刀を構え直した。


「いいだろう、相手にとって不足無し……!」


 銀華は、ゆっくりと息を吐き出す。目の焦点が合わなくなり、虚空を見つめる銀華の視界の端で、VRヘッドギアからの『警告:意識レベル低下、強制シャットダウンまで30秒』の警告が流れる。


 震える手がゆっくりと剣を掲げ、音にならない声が口から零れ落ちる。


「…………」


 気づいた時には、刃はすでに振り下ろされていた。


 直後に、青白く輝く巨大なダメージエフェクトが冒涜の使徒の巨体に刻まれる。3%の残りHPが一気に蒸発する。冒涜の使徒はおぞましい断末魔を上げながら、黒い靄になって解けていった。


「"終末因子(ターミナルファクター)の消滅を確認、観測宇宙の存在確率、正常値まで回復、終末任務(ターミナルクエスト)の発令を中止します"」


 そのシステムアナウンスで意識を取り戻した銀華は、どっと息を吐き出すと膝から崩れ落ちた。


「はぁっ……はぁっ……! どうやら、こなたは上手くやってくれたようだな……」


 静寂に包まれる大洞窟。滝のような汗を流して膝を着く銀華の足元に、冒涜の使徒の討伐報酬が転がる。


 虹色の眩い輝きを放つその白い宝石を手に取った銀華は、首を傾げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、これは“剣のバケモノ”ですね……(白目)
[一言] 描写一つ一つが人間のそれじゃねぇ! 帝国見てるかー?これがキララの同類だぞー?
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