トップクラン 34
「……目を離すのが早すぎる。油断しないで」
「あ、あぁ。すまない」
立ち上がったキララは、前髪を整えながらジークに説教を垂れた。
「うふふ、上手くいったようですね」
ステラはにこやかに微笑む。
「うん。あとは─────」
キララはブリッジの前方のヴェロニカ達を見つめる。視線に気づいたヴェロニカはキララに静かに頷いた。
「たった今、当艦の絶対速度が規定値に到達した。これよりハイパーブリッジを起動する!」
◆◇◆
リベリオンからの司令を受け、ノアのアーク号、ノワールのカティサーク号も共にハイパーブリッジを起動する。ブリッジの窓の外が眩い光に包まれる。艦が跳躍を終えると、あの三連星は消えていた。
追撃を撒くために、さらに数回の跳躍を繰り返した後、傷だらけのリベリオンにアークとカティサークが横付けし、一同はブリッジに集まった。その頃には、クリームヒルトを含めた帝国兵達の死体はすっかり消えていた。
「銀華さん、艦に戻ってこれたんだね」
「あぁ、とある御仁に助けて貰ったのだ。しかし、キララ殿」
銀華は、インナーの上にジャケットだけを羽織ったキララを見て顔を赤くし、目を背けた。
「……服を着る訳にはいかないのか?」
「めんどくさいからね。あ、話が始まりそう」
そう言ってキララは、銀華と共にブリッジの中央に立つ二人の男を見つめた。
ブリッジの中央で、ノアとジークが向き合う。ノアはハート・オブ・スターを実体化させると、それをジークに手渡した。
「ありがとう、ノア。ハート・オブ・スターは確かに受け取った」
「……ふん、礼ならアルセーニャに言うんだな」
「それはもちろん。だが、君だって無数の敵機を墜としてくれた。そうだろう、『英雄』ノア」
ノアは顔を赤らめて、そっぽを向こうとしたが、どっちを向いても人がいるので、諦めて天井を見つめた。ノアはあの短時間で、帝国の大艦隊凡そ400機のうち97機を撃墜したのだ。まさに英雄的な活躍ぶりである。
「はぁ……やめてくれ」
「なぁ、ノア。やっぱり、反乱軍に帰ってきてくれないか?」
「っ……またその話か」
ジークは穏やかに微笑んだ。
「君が居なくなってからの反乱軍は、目に見えて弱体化した。君がそれに負い目を感じているのは分かっている。君は真面目だからな、『勝手に出て行って、勝手に戻ってくるなんて自分勝手は許されない』と、そう思っているんだろう。でも、周りを見てくれ。皆、君が帰ってくるのを心待ちにしている者ばかりだ」
反乱軍のプレイヤー達がノアに向ける視線は、憧憬と尊敬に満ちあふれていた。反乱軍結成当初から、今日のこの戦いまで、エースとして反乱軍に勝利をもたらしてきたノアは、まさに反乱軍にとっての英雄、ヒーローだからだ。
ノアは黙って髪を掻いた。
(アルセーニャめ……こうなることが分かってて俺にハート・オブ・スターを……)
カガミが悪そうな笑みを浮かべて、口を挟む。
「おいおいジーク、ツンデレのノアにそんなド直球な勧誘しても無駄だぞ〜」
ブリッジに笑いが起こる。ノアは顔を真っ赤にして腕を組んだ。
「……猫又、カガミにデスチリを」
「かしこまりましタ」
「おいふざけんな─────」
煮えたぎったデスチリソースがカップのフチギリギリまで入れられたマグカップが、カガミに手渡される。
ジークはやれやれと笑って、肩を竦めた。
「確かに、カガミの言う通りだな。じゃあ、ほら」
そう言って、ジークはホログラムウィンドウを起動して、クランへの招待を目の前のノアに送った。
ノアは招待の通知をしばらく見つめていたが、大きなため息をついて、『承認』のボタンを押した。
ブリッジが割れんばかりの大歓声に包まれる。終始真面目な顔を貫いていたヴェロニカも穏やかに微笑んだ。
ジークは満面の笑みで頷くと、皆の方へ向き直った。
「諸君の英雄的な活躍により作戦は無事終了した。本日我々が手に入れたハート・オブ・スターは、帝国への反撃の大きな力になるだろう。本当はこのまま諸君の活躍を称えたいところだが、あいにくもう深夜の2時、しかも明日は平日だ。名残惜しいが、今日はこれで一旦解散とするとしよう。皆、遅くまで本当にありがとう」
ブリッジは拍手に包まれる。
こうして、後に『奇跡の撤退戦』としてSOOの歴史に刻まれる戦いが幕を閉じた。なお、この解散の直後、キララ達に対して、反乱軍からの熱烈な勧誘が行われたのは言うまでもない。
(トップクラン編はまだ続きます)




