トップクラン 29
瓦礫と破片が散乱するリベリオンの甲板上では、反乱軍のプレイヤーと帝国軍のプレイヤーとのハイレベルな白兵戦が行なわれていた。どちらも同じトップクラン同士、プレイヤーの平均レベルは互角にみえた、しかし……
「ほらほら! 避けろ避けろ!」
「避けたらリベリオンに当たるけどなァ! オラァ! 『パワーセイバー』!」
「ぐっ!」
「『ファストヒール』!」
リベリオンを破壊しようとする帝国軍と、リベリオンを守ろうとする反乱軍。本来ならば避ければ済む攻撃も、リベリオンを守るためには防御して受け止めなければならなかった。
「プレイヤーに守ってもらわなきゃいけないなんて! 情けねぇ戦艦だなぁ!」
「時代遅れのボロ船がよ! 『ラッシュエッジ』!」
「くそ! 味方巻き込んでいいから広範囲攻撃デバフ撒いてくれ!」
「っ……ああ! 『フォースダウン』」
反乱軍のプレイヤー達は必死に抵抗していたが、リベリオンを傷つける恐れのある大技を使うのに躊躇してしまい、決定打を打てず、敵の数を減らせないまま徐々に後退を強いられていた。
「くそ! 数が多すぎる!」
「ぐああッ! すまん、ヒールくれ!」
「クールタイム! 2秒待って!」
「誰か大ヒルアンプル持ってないか!」
「うわあああっ!?」
数に押され、回復が回りきらず、一人、また一人と反乱軍のプレイヤー達は倒れていく。甲板の下、艦内の廊下やメインキャビンでも同じことが起きていた。プレイヤーが死亡すると、5分間死体になった後任意のワープポータルで蘇生する。つまり、リベリオンの中の反乱軍のプレイヤー数は減っていく一方なのだ。
プレイヤーだけでなく、砲塔も潰されていく。レーダーやアンテナ、カメラも破壊される。そんな絶望的な状況に追い討ちをかけるように、また船が甲板に向かって突進してきた。
「くそ! もう一機来るぞ!」
「撃ち落とせ!」
「いや待て! アレは─────!」
甲板を掠めるように飛び去っていく漆黒の巡洋艦。その船底のハッチから、何か黒い影が甲板に飛び降りた。
「────鉄靴のカティサークだ! 味方だ!」
「────そこまでだッ!」
甲板に飛び降りたクロウは空に向けて弾丸を放つ。戦場に轟くM19の銃声。プレイヤー達がクロウに釘付けになる。
ペストマスクの暗い双眸。飛び交う砲弾の爆風に、コートの下の青いネクタイが靡く。
「お前達か! 悪逆非道の帝国兵ってのは! 癇に障るぜ! このクロウ様が全員まとめて始末してやるッ!」
それを聞いて、帝国兵達は一斉にゲラゲラと笑いだした。
「ギャハハハハハ! なんだコイツ!」
「クソ面白れぇ! ひゅー! かっけぇかっけぇ!」
「いくらなんでも痛す────」
轟くM19の銃声。額のど真ん中に弾痕を付けられた帝国兵が、音を立てて倒れる。
「言いたいことはそれだけかッ!」
「っ! うわあああああっ!? 俺のレベルが! レベルが! 77になってやがる!」
帝国兵達の間にどよめきが走る。
「くそ! 殺れ!」
「ぶっ殺せぇぇえっ!」
「やれるものならやって見やがれええっ!」
◆◇◆
瀕死の重症を負い、回復のために後退していた反乱軍のプレイヤーは、物陰からその様子を見ていた。
「ブリッジ、ブリッジ! アレは何だ!? アレは、プレイヤーなのか!?」
「ぐああああっ!」
「ぎゃああああああッ!」
リベリオンの廊下で、クロウは帝国兵の波を恐ろしいスピードで蹴散らしていく。
「ぐああっ! 下手くそが! 味方に当てんなよ!」
「くそ! コイツ同士討ちを狙ってるぞ!」
「同士討ちなんか狙ってねぇよ! てめぇらが下手くそなだけだ!」
眩いマズルフラッシュで廊下は激しく明滅する。轟く銃声が帝国兵達の意思疎通能力を奪い取る。
敵の攻撃は一切当たらない。殴る、蹴るは当たり前。敵兵を盾に、コートを囮に。頭を盾で守りながら突進してくる帝国兵の膝を撃ち抜き、倒れかかった隙に脳天を貫く。敵の顔に帽子をかぶせて視界を奪い、帽子ごと眉間に風穴を開ける。眼球に、口の中に、耳の穴に、股間に、手のひらに、弾丸を撃ち込み、恐怖を煽る。銃口を見せないようにコートの影から弾を撃ち、コートの布ごと敵に風穴を開ける。
「くそ! コイツ! 動きが読めない!」
クロウがペストマスクをしている理由は、単純な見た目の好みだけでは無い。ペストマスクの嘴をフェイントに使う為だ。当然ながら、ペストマスクの嘴は今クロウが向いている方向に向く。しかし、嘴が向いている方向とクロウの目線が向いている方向が一致するとは限らない。帝国に所属しているような上級プレイヤーにもなると、相手の視線を読んで次の手を予測することが出来るが、クロウ相手にそういった駆け引きを仕掛けると罠に嵌められることになるのだ。
ペストマスクの上からではクロウの視線は読めない、しかし、嘴の向きから顔の向きは分かるので、次の攻撃の標的を予測することが出来る。だが、クロウは狙うつもりのないプレイヤーや攻撃場所に、あえて嘴を向けることでフェイントを誘っているのだ。ペストマスクの下のクロウの目線は全くの別方向を向いている。そのトリックに気づいたプレイヤーが現れると、クロウは今度は逆のパターンを攻撃に織り交ぜて敵をさらに混乱させる。
「どうしたァ! 帝国ってのはこんなもんか! 三下ばっかりのチンピラ集団じゃねぇか!」
「くそ! コイツ……!」
「うわあああっ! 俺のっ、俺のレベルがあああっ!」
リロードのタイミングだって、クロウかかればフェイントの材料になる。リロードをするフリをして攻撃なんて単純なフェイントはもちろん。攻撃を避け様にコートの影で一発だけ弾をリロードして、残弾数のカウントを狂わせたり、まだ残弾が3発も残っているのに全て排莢してスピードローダーで弾を6発フル装填したり。
それだけではなく、台詞や歩き方、呼吸すらもフェイントまみれなのだ。
博覧会のように多彩な戦術と、蜘蛛の巣のように張り巡らされたフェイント、恐ろしい精度で撃ちだされる死の弾丸、腹の立つ挑発、意思疎通を困難にするやかましい銃声、しかもおまけに同士討ちを誘ってくる。鉄靴の魔女謹製の高威力リボルバーを手に入れたクロウは、まさに『死神』そのものだった。