トップクラン 27
スレイプニルの残骸に1人取り残された銀華は、じわじわと減っていくHPを見ながらため息をついた。
「……寂しい」
遠くでは、まだリベリオンの撤退戦が続いていた。疲れもあり、うつらうつらし始めた銀華の元に、キララから着信が届く。
「おお! キララ殿だ! えーっと、通話に出るには……」
銀華はたどたどしい手つきでホログラムウィンドウを操作し、通話に出る。
「もしもしキララ殿、こなただ」
返答の代わりに、キララの電話口からは爆発音が轟く。
「キ、キララ殿!?」
「"あーごめん、銀華さん、今どこにいる?"」
「こなたは、船の残骸に取り残されているぞ。ナナホシ殿から貰った『青いの』も尽きてしまったから、もう、そう永くない」
再びキララの電話口から爆発音や銃声が轟く。
「"あぁ、それは……大変だね。そういえば、大活躍だったらしいね、お疲れ様"」
「こなたのことはいい! 今、何が起きてるんだ!?」
「"ちょっとまずいかもしれない。銀華さんが居たら助かったんだけど……まぁ移動できないんじゃ仕方ないね。とにかくお疲れ様。もし銀華さんの元気があったら、後でフリードで落ち合おう"」
◆◇◆
まるで、蜂に群がられた子供であった。
リベリオンの周りを無数の敵機が飛び回り、攻撃を浴びせる。リベリオンの対空砲と主砲が火を噴く度に敵機が撃墜されるが、それでも一向に数は減らなかった。
4番艦バルムンクもついにリベリオンに追いつき、左舷側を"並走"しながら主砲攻撃をリベリオンに浴びせてくる。リベリオンも主砲を撃ち返してはいるが、若干リベリオンの方が押し負けていた。左舷側のバリアは破られ、傷だらけになっている。速度度外視で装甲と大砲を大量に積んだ重装戦艦のバルムンクは、正面から撃ち合うには荷が重い相手だ。
リベリオンの甲板には、特攻してきた船が幾つも突き刺さっており、その近くでは反乱軍の兵士と帝国軍の兵士との白兵戦が行われていた。艦の内部でも激しい戦いが起こっており、キララとカガミも戦闘に参加していた。
警報が鳴り響くブリッジで赤い警告灯が激しく点滅する。ヴェロニカは、表情こそ冷静さを保っていたが、握られた拳には深く爪が食い込んでいた。
(あと……あと2%だったのに……!)
ハイパーブリッジが起動可能になる規定速度まであと2%というところで、ステラの限界が来てしまったのだ。
ステラの『10分間だけ船を守る』という発言は、『強い私が10分間だけ力を貸してやろう』という意味ではない。高次元空間から無制限にフォトンを汲み出せる『無制限光子増幅回路』は、なんの代償もなしに行使できる力では無いのだ。
フォトンロッドの使用者達は、フォトンを操る『操作式』というものをプログラミングの要領で作成し、作成した『操作式』を起動することでフォトンを自在に操ることが出来る。言わば、自作のスキルだ。
スキルの起動方法に音声起動と思考起動が存在するように、操作式の起動方法にも同様の2種類が存在する。無制限光子増幅回路は、ステラが数百種類もの操作式を連続で、高速思考起動し続けることでようやく発動出来る、言うなれば『複合操作式』と呼べるものであった。
当然、無制限光子増幅回路を使用中のステラの脳には、莫大な負担がかかる。暗算で例えると、9ケタ掛ける9ケタの暗算を1秒に10回、それを10分間やり続けるような負荷が掛かっているのだ。限界が来たステラを、誰も責めることは出来ない。
特別客室で、疲労困憊のステラは怯える猫又を抱いて静かに座っていた。そのすぐ外では、キララとカガミが銃で帝国兵達を食い止めている。ナナホシはキララが投げ捨てるラストトリガーの空のマガジンに、慣れない手つきで必死に弾を詰め込んでいた。
カガミが麻痺の銃で帝国兵達の動きを止め、その隙にキララがラストトリガーのヘッドショットを叩き込む。しかし、帝国兵達はヘッドショット1発で倒れてくれない。キララはやむを得ず、帝国兵1人あたりに2から3発ずつ弾を使っていた。
「ぐああっ!」
「ぎゃあああっ!」
「レベルが! レベルがああ!」
「怯むな! ハート・オブ・スターを探すんだ!」
「くそ、相変わらず硬すぎだろ! 帝国兵! ぐっ!?」
被弾したカガミのHPが大きく削られる。光線弾1発でこの削れ方をするのだから、その攻撃力は尋常ではない。
『失われし帝国』の真に恐ろしい点は、所属プレイヤー達の平均的な戦闘力の高さであった。物資が潤沢な帝国は、兵士一人一人の装備の質が大変よく、ステータスが極めて高いのだ。
カガミは反乱軍のリーダーのジークと共に、多方面に救援を要請したが、その到着はかなり遅れていた。……これが普通なのだ。SOOはゲームであり、多くのプレイヤー達を素早く動かすのは簡単なことでは無い。
しかし、帝国はそれをやってのけた。スパイからの連絡を受けて、すぐさま大勢のプレイヤーを集めて艦隊を組み、今、リベリオンという鋼の城を攻め落とそうとしている。帝国がSOO最強のクランであることは揺るがない事実であった。
キララ達が抑えている廊下とは別の廊下で、ジークは一人で大軍を押し止めていた。ジークの付近には、戦いに敗れて倒れて行った反乱軍兵士たちの死体が無数に転がっていた。中には、クロエのものも。
「ぐああああっ!?」
「なんだコイツ! クソ強ええ!」
「反乱軍のリーダーは、置物じゃ無かったのかよ!」
「リーダーさえ倒せば、士気は大きく下がるはずだ! 怯むな!」
「ふん、私のようなちゃらんぽらんが死んだって、士気は下がらないさ! ヴェロニカがやられたらマズいかもしれないがな」
ジークは不敵に笑ったが、内心かなり焦っていた。
(ブリッジに敵が雪崩込めば、ヴェロニカは間違いなく"アレ"を使うだろう……確かにアレを使えばこの状況をひっくり返せるが、アレは反乱軍の最後の切り札……こんなところで使う訳にはいかない……!)
その時だった。
ジークの前に、異様なプレイヤーが現れる。勲章の着いた軍服を着て、制帽を被った黒いツインテールの美しい少女だ。真っ黒な瞳でじっとジークを見つめるその少女の両手には、黒光りする無骨なガントレットが嵌められていた。
ジークは目を見開き、剣を握り直して後ずさる。
「クリームヒルト……!」
「あぁ……愛しのジーク……本当に、本当に……」
帝国軍第4師団団長にして、4番艦バルムンクの艦長、クリームヒルトは顔を赤らめながらガントレットを掲げた。
「本当に、許せない……」