トップクラン 26
アルセーニャと入れ替わるようにして、今度はノワールが中庭にやってきた。ガチャリ、ガチャリと、脚鎧が音を鳴らす。
「お久しぶりです、ノア様。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
そう言って、ノワールはドレスの裾を少し持ち上げてお辞儀をした。
「……あぁ」
ノワールは中庭を見渡す。
「おや……アルセーニャ様がいらっしゃっていたとお聞きしていたのですが……」
「……アイツなら、もう行ったぞ」
「まぁ」
その時だった。空の上から、無数のエンジンの轟音が聞こえてきたかと思うと、編隊を組んだ11機の黒い宇宙船が、二人の頭上を通り過ぎていく。
「っ! アレは────!」
「帝国軍第2師団のグングニル隊でございますね……」
次の瞬間、今度はアルセーニャの宇宙船が頭上を通り過ぎていく。直後に、それを追うグングニル隊も。
グングニル隊は、帝国軍第2師団が誇る恐ろしい飛行隊だ。パイロット達の練度は尋常ではない。
「アルセーニャ!」
「では、参りましょうか、ノア様」
そう言って、ノワールが指を鳴らすと、どこからともなく地響きと水音が聞こえてきた。
館の正面の水面が開いていく。そして、水の下から黒い軍艦が姿を現した。鉄靴の魔女が保有する高速巡洋艦『カティサーク』だ。グングニル隊の一部が方向を転換し、カティサークに向けて攻撃を放つが、強固なエネルギーバリアに阻まれる。
「カガミ様からお話は伺っております。さぁ、お早く」
「……! 待て、どういうことだ。なんで帝国の宇宙船がこんなところに……!」
ノワールは首を傾げた。
「おや、ノア様はまだご存知ないのですか? 現在、リベリオン号が宇宙戦艦4隻を含む帝国の大艦隊の襲撃にあっております。アルセーニャ様がハート・オブ・スターを逃がすことには成功したようですが……それも見つかってしまったご様子」
「なっ!? 宇宙戦艦4隻!?」
再び、頭上をアルセーニャの船とグングニル隊が飛んでいく。ノアは手のひらの中のハート・オブ・スターを見つめた。
(アルセーニャ……! お前! 最初から全部分かっていたのか……!)
「なるほど、ハート・オブ・スターは既にノア様にお預けになられていたのですね。それはよかった。では、リベリオンの元へ参りましょう」
「待ってくれ、アルセーニャはどうなるんだ!」
ノワールは上空を見つめる。アルセーニャの船を取り囲むグングニル隊。飛び交う光線をアルセーニャは器用に躱しているが、余裕が無いのは誰の目に見ても明らかであった。
「あの方のことですから、最初から囮になるつもりだったのでしょう。どうなさいますか、ノア様。我々鉄靴の魔女は反乱軍からの正式な救援依頼を受けておりますので、『代行』の方と共にリベリオンの元へ急行しなければなりませんが」
ノワールは俯くノアを見つめた。ノアは、ハート・オブ・スターをアイテムボックスに収納する。
「……2分だけ、時間をくれ」
◆◇◆
アルセーニャはギリギリのところでグングニル隊の攻撃を躱し続けていた。アルセーニャは、水面に浮かぶカティサークを見つめる。
「その気になればハイパーブリッジで逃げれるけど……もうちょっとだけ時間を……!」
降り注ぐ赤い光線が機体を掠めて、焦げ跡を付ける。アルセーニャの操縦の腕前はSOOでも指折りだが、それでもグングニル隊の攻撃を躱し続けるのはかなり厳しいものがあった。
せめて鉄靴の魔女の館からグングニル隊を引き離したいところだったが、包囲網はまるで壁のように分厚く、突破は困難であった。
その時、カティサークが音を立てて宙に浮き上がり始めた。対空砲が上を向き、グングニル隊どころかアルセーニャまでまとめて攻撃を始める。
「ノワールっ! いくらなんでも扱いが雑すぎるにゃ─────ッ!」
散り散りになって攻撃を躱すグングニル隊。アルセーニャはその隙に包囲網を突破した。グングニル隊は、アルセーニャを追う部隊と、艦を狙う部隊に速やかに分かれて再び攻撃を始める。
その瞬間だった、突然、アルセーニャを追っていたグングニル隊の宇宙船のうち、2機が爆発炎上する。
「─────え?」
その爆炎を突っ切るようにして空へ舞い上がる、ノアのアーク号。
「ノア……!」
グングニル隊の攻撃対象がアークに切り替わる。ノワールは、再びアークもアルセーニャもグングニル隊も巻き込んでデタラメに対空攻撃を行う。
「無茶苦茶すぎるにゃ────ッ!」
しかし、アークはまるでノワールの対空砲火なんて存在しないかのように飛び回る。アークは輸送船だ。胴体は大きく、機動力は低く、装甲も機銃も、自衛用程度のものしか搭載されていない。だと言うのに、ノワールの対空砲火は全くアークに当たらなかった。
「こちら9番機、対空砲に狙われている」
「4番機もだ! クソ! 弾幕が濃すぎる!」
対空砲火を回避し続けているグングニル隊の宇宙船を、ノアは1機、また1機と撃ち落としていく。
「こちら2番機! 被弾した! 墜落する! うわあああああ────ッ」
「ぐあああっ! クソ! なんなんだあの輸送船は! なんでこの弾幕の中で動けるんだ!」
軍艦と館に降り注ぐ宇宙船の残骸を、ノワールは主砲で木っ端微塵に吹き飛ばす。
「うわあああああッ! こちら8番機! 輸送船に狙われてる! 援護求む! 援───ぐあああああっ!?」
「助けてくれ! 助けてくれえええっ!」
アークは、グングニル隊の宇宙船に比べれば圧倒的に遅い。しかし、ノアはそんな性能差などものともせずに、迅速にグングニル隊を殲滅していく。まるで流れ作業だ。
(いつ見てもやっぱり凄い……これが反乱軍の英雄……ノア……!)
数が減れば、1機あたりに集中する対空砲火の密度も大きくなる。ノワールの対空攻撃によって、1機が爆発炎上し、墜落する。
残り3機ほどになったタイミングで、グングニル隊は撤退を始めた。速度で劣るアークは、やむを得ず追撃を諦める。しかし、ノワールはそれを許さなかった。
カティサークの装甲が開き、白い煙を大量に噴きながら、10発ほどのミサイルが打ち上げられる。グングニル隊の宇宙船は、チャフとフレアを撒きながら必死に回避行動を取るが、それは気休めにしかならなかった。
ミサイルはグングニル隊の宇宙船にあっという間に追いつき、爆発する。燃え上がる残骸となったグングニル隊の宇宙船は、真っ逆さまに水面に落ちていった。
アルセーニャはそれを見届けると、穏やかに微笑み、ハイパーブリッジを起動してどこかへ飛び去って行った。