トップクラン 25
────十分ほど前。
猫又をクロエに預けたノアは、宇宙船アーク号に飛び乗り、逃げるアルセーニャを追跡した。アルセーニャはスタースキル『不確定性原理』の力により、エネルギーの壁を越えて自在にトンネル効果を誘発することができ、その能力を転用することによる異常な速さのハイパーブリッジの起動を得意としていた。
アークのすぐ目の前で、アルセーニャの宇宙船を反乱軍の宇宙船が追いかけている、しかし、アルセーニャはハイパーブリッジを起動し、あっという間に姿を消してしまった。
その様子を見ていたノアの目が見開かれる。
「この針路……まさか……」
ハイパーブリッジはあくまで直線方向への超高速移動手段だ、つまり、ハイパーブリッジを起動した瞬間の方向にしか跳躍できないため、その針路を見極めればある程度跳躍先を予測することができる。無論、それは誰にでもできることでは無いが。
ノアは、ある可能性にかけてハイパーブリッジを起動した。
◆◇◆
ノアは、自由都市フリードのある惑星から3光年ほどの場所にある水の惑星付近へ跳躍を行った。ノワールが運営する高級武器専門店、『鉄靴の魔女』があるあの惑星だ。
惑星に近づき、鉄靴の魔女の館へ向かってノアはゆっくりと船を飛ばす。水に浮かぶ館の桟橋には、アルセーニャの船が泊まっていた。
「……逃げるつもりはないんだな」
ノアもアークを着水させ、桟橋に船を寄せる。そして、鉄靴の魔女の館へと歩いて行った。
◆◇◆
「鉄靴の魔女へようこそ、ノア様」
「いらっしゃいませ、ノア様」
屋敷の扉の前に立つと、扉が独りでに開いていき、ノアはメイド達に出迎えられる。
「あぁ」
「申し訳ありません、ノア様。ノワール様はただいま商談中で……」
「問題ない。……中庭へ行ってもいいか?」
「はい、もちろんでございます」
◆◇◆
造花のバラが咲き乱れる美しい中庭に出ると、ノアの目的の人物がそこで庭を散歩していた。
この庭には似合わないポップなシルエット。お騒がせな宇宙怪盗、アルセーニャだ。アルセーニャは、ノアに気づくと『にっ』と笑って振り返る。
「さすがはノア君だにゃん、早かったね」
「……あの針路なら、まずここだろうと思ったからな」
『鉄靴の魔女』の館では、ノワールの許可なしに戦闘を行うことは禁じられている。もしルールを破れば、鉄靴の魔女お手製のチート装備で完全武装したメイド集団に、滅多打ちにされる決まりになっている。ここに引きこもれば、誰もアルセーニャからハート・オブ・スターを強奪できないのだ。
「探してるのはこれかにゃあ?」
そう言って、アルセーニャは白く輝く宝石をアイテムボックスから取り出した。ハート・オブ・スターだ。
「……そうだ、何に使うつもりなんだ?」
「ううん、別に何にも? 後で返すつもりだし」
それを聞くと、ノアは踵を返して歩き去ろうとした。
「にゃにゃ! どこに行くにゃ?」
「……後で返すつもりなんだろ。なら、俺は用はない」
「じ、じゃあ返さないにゃ!」
ノアは立ち止まり、アルセーニャの方へ振り返る。アルセーニャは、顔を若干赤らめてムッとしていた。ハート・オブ・スターもアイテムボックスに隠してしまう。
「……どういうことだ、意味がわからん」
アルセーニャは『むすー』と膨れてそっぽを向く。ノアはため息をついて、アルセーニャの方へ歩いていく。
「じゃあ、ほら……返せ」
そう言って、ノアは手を差し出した。アルセーニャは、顔はそっぽを向いたまま、目線だけノアの方へ戻す。
「……返して欲しい?」
「あぁ」
アルセーニャはノアの方に向き直って、じっと目を見つめた。
「ねぇ、ノア、本当は反乱軍に戻りたいんじゃないの?」
ノアは眼を逸らした。
「……なんだ急に」
「ノアは『飽きた』って言って反乱軍を辞めたけど、本当は、過剰な英雄扱いをされるのが恥ずかしくて辞めたんでしょ?」
「っ……」
「行き過ぎた照れ隠しだったんでしょ?」
ノアは顔を赤らめて髪を搔いた。それを見てアルセーニャは楽しげに笑った。
「あははっ……ほら、図星の時はすぐそうやって髪を掻く」
「っ……何がしたいんだ、ハート・オブ・スターを返すのか、返さないのか、どっちなんだ」
「返さないよ。私はね────」
ノアは思わずアルセーニャの方を見る。しかしアルセーニャは、ハート・オブ・スターを再びアイテムボックスから取り出し、両手でノアに差し出した。
「これは、君がジークに渡して」
そう言って、アルセーニャはノアの手にそっとハート・オブ・スターを握らせて、穏やかに微笑んだ。
「アルセーニャ……お前、まさか────」
「にゃにゃん! アルセーニャは、こわーいゴスロリ女が来る前に逃げるにゃん! ばいばーい♡」
そう言って、アルセーニャは走り去って行った。取り残されたノアは、手のひらの中のハート・オブ・スターを見つめた。