トップクラン 24
3番艦ジャバウォックでも、1番艦クラレントと同様のことが起きていた。
「だ、ダメです! 右舷全レーダー機能停止! ロックオンができません!」
「"こちらHH親衛隊4番機! 突然エンジンが爆発した! 制御不能! メーデー! メーデー! うわあああああッ!"」
「2番艦スレイプニルに続いて、1番艦クラレントも撤退していきます! マズいです!」
艦長のハートハートは、すっかり怯え切った様子で、艦長の椅子に座っていた。
「ハートハート様、ご、ご指示を……!」
「う、うぅ」
「おい新入り! ハートハート様を焦らせんなよ!」
「そうだよ馬鹿が! こういう時こそ俺たちが頑張んだよ!」
「お任せくださいハートハート様! 俺たちが何とかしてみせます!」
「う、うん……」
帝国軍第3師団は、ハートハートへの団員の忠誠心が異様に高く、劣勢になればなるほど『俺たちがハートハート様を助けるんだ!』と、何故か士気が爆上がりして能力が向上する特殊な団であった。
(くぅ~、しおらしくなってるハートハート様クソ可愛い~! いいとこ見せるぞ~!)
(任せろハートハート……俺が何とかしてやっからよ……)
(ハートハート……結婚しよう……)
ハートの意匠があちこちに施された赤いドレスを着たハートハートは、大きな宝石のついた赤い杖をぎゅっと握りしめていた。その顔立ちは人形のように整っており、緩やかなウェーブを描く黄金の髪はまるで陽の光を集めて束ねてきたようだ。こうして椅子に大人しく座っていれば大変可愛らしいのだが、ひとたび喋り始めれば傍若無人でワガママなお姫様と化す。第3師団の団員に曰く、そのギャップがたまらないらしいのだが、他の師団の団員からは冷ややかな目線を向けられることもしばしばだ。
「2番艦スレイプニルは、例のライデンとかいうプレイヤーが撃破したらしい」
「つまり、今のリベリオンの艦内にはライデンのような化け物が居ない! 船を近づけてあわよくば乗り込もう!」
「そうしよう、船を近づければ、ロックオンなどなくても手動で大砲を当てられるしな!」
第3師団の団員の一人が、ジャバウォックの後方を飛んでいる4番艦バルムンクを見つめる。
「それに、あと少し時間を稼げば、あの のろま なバルムンクだってリベリオンに追いつけるはずだ!」
「ああ、4番艦は動きはトロいが撃ち合いは強いからな、今度こそリベリオンを沈めるぞ!」
「ハートハート様! 大丈夫です! 何とかなります!」
「う、うん、そうよね!」
ハートハートの瞳に微かに光が戻る。その様を見てブリッジのプレイヤー達が安堵した、その時だった。
ブリッジの右舷側の窓ガラスが突然粉々になるのと同時に、ハートハートのその可愛らしい顔が、頭が、ポリゴンの破片となって木っ端微塵に砕け散る。
「え────」
直後に、ブリッジを暴風が吹き荒れ、ガラスの破片とハートハートの首なし死体が窓の外に飛んでいく。団員の1人が、なんとかハートハートの腕を掴んでブリッジの中に引きずり戻す。
「う、うわああああああ!?」
「ハートハート様ああああああ!」
「い、一体何がっ!?」
「いやああああああッ!?」
ハートハートが悲鳴をあげる。
「なんで!? はーたんの、はーたんのレベルが、レベルが、78になって────」
何が起こったのか分からず、プレイヤー達は青ざめる。
「くっ! 撤退、撤退─────ッ!」
「撤退だ────ッ!」
◆◇◆
「3番艦ジャバウォック! て、撤退していきます!」
リベリオンのブリッジが、再び歓声に沸く。
モニター越しにキララの狙撃を見ていたプレイヤー達が、立ち上がってひたすらに拍手をする。
「何者だよあの子!」
「銃1丁で戦艦を2隻も撃退しやがった!」
「うぅ〜、なんか私泣きそう……」
「俺知ってるぞ! こんなことが出来るのはアイツしかいない! killerlaだ! HELLZONEのkillerlaだ! 最近SOOやってるって噂になってたんだよ!」
「いくらなんでも強すぎだろ!」
ヴェロニカが手を前にかざす。
「この機を逃すな! 重力炉もいい加減温度が下がってきただろう! 前進! 全エンジン第5戦速! ハイパーブリッジを起動し、当宙域を離脱する!」
「そんな! 艦長! 相手はもう4番艦だけですよ! いけますって! 進路を変えて反撃しましょう!」
同様の声がブリッジから幾つも上がるが、ヴェロニカはそれを黙らせた。
「ダメだ! クラレントもジャバウォックも、まだ主砲は生きている! それに、400機の宇宙船団は未だ健在だ! 戦艦を3隻退けた程度で、戦力差は覆らない! ライデン達の犠牲を無駄にするな!」
リベリオンのレーダーには、まだ無数の赤い点が映っている。今はステラが集中防御をしてくれているのでなんの問題もないが、それが途切れればたちまちに囲まれて滅多打ちにされてしまうだろう。
「"くすくす、そうだよ、艦長さんの言う通りだよ"」
モニターを見ると、キララの顔がアップで映されていた。
「"もー、ステラさん、隠し撮りするなら言ってよ、もっとカッコつけて狙撃したのに"」
「"うふふ、ごめんなさい。邪魔しちゃいけないと思って"」
◆◇◆
甲板の上に三脚で建てられた小さなカメラデバイスを、キララはのぞき込んでいた。カメラデバイスには小さなモニターがついており、ブリッジの様子がよくわかった。
ヴェロニカがカメラに向かって敬礼をする。
「"ステラさん、キララさん、ご協力に感謝します。作っていただいたチャンスを無駄にはしません。そして────"」
ヴェロニカは制帽を脱いで、頭を下げた。
「"キララさん、先刻の無礼な態度、扱い、大変申し訳ありませんでした。発言を、撤回させてください"」
キララは首を横に振った。
「いいんだよ。君が知り得る情報の中で、君は艦長として最も正しい判断をしただけなんだから。私だって、君の立場なら同じことをした」
そう言ってキララは立ち上がり、ヤトノカミを収納した。キララとステラが見つめる先、宙域には、まだ無数の敵機がリベリオンを狙って飛び交っている。
「でもまぁそれは置いといて、私の援護射撃はここまで。弾、無くなっちゃったから」