トップクラン 23
1番艦クラレントのブリッジでは警報が鳴り響いていた。
「左舷レーダー2番、機能喪失!」
「ひ、左舷レーダー4番、機能喪失! あ、5番も!」
「3番レーダー! 機能喪失! 不味いです艦長! このままでは視界を失います!」
クラレント艦長にして第1師団団長のモルドレッドは大声を上げた。
「うるせぇ! なんのために左舷だけでレーダーを8個もつけてると思ってるんだ! 機能を失ったんなら、他のレーダーで補えばいいだろ!」
「で、ですが……あっ!? 8番レーダー、信号途絶!」
「7番! 6番もダウンしました! あと残っているのは1─────」
ブリッジに沈黙が流れる。中央の大モニターに移されるレーダーからの映像の左半分に表示される『ERROR』の文字。
「左舷全レーダー……機能喪失」
モルドレッドは口をあんぐりと開けて呆然とする。
「ま、不味いです! このままでは、レーダーによる主砲のロックオンが出来ません!」
「落ち着け! おい! 誰かに左舷側の外壁を確認させろ! 誰か取りついてるかもしれねぇ!」
レーダーは、言わば戦艦の目だ。当然、重要度は極めて高く、だからこそ左舷だけで8個なんて馬鹿げた数が搭載してあり、しかも各レーダーに一つずつ、艦全体を守るものとは別のバリアが張ってある。バリアの外側からのからの攻撃では傷一つ付けられないのだ。……ヤトノカミの弾丸ような例外はあるが。
「それに、まだ右舷側のレーダーは生きてるだろ! ロール角180度! 船を上下反転させろ!」
宇宙空間での戦いである以上、上、下、なんて概念は主観的なものだ。船を回転させて上下を逆さまにすれば、進行方向を同じに保ったまま艦の左舷と右舷を入れ替えることができる。右舷側の生きてるレーダーを使えば主砲のロックオンができるので、砲撃を命中させることができる。
「艦長!」
「今度はなんだ!」
「つ、通信用アンテナ1番が機能停止……」
モルドレッドは青ざめる。
「通信用アンテナ2番! 機能停止!」
「左舷4番砲塔! 砲身が損傷! 発砲不能です!」
「左舷15番ハッチ! 損傷! 15番、16番通路の隔壁を閉鎖します!」
(何だ、何が起こっていやがる!)
モルドレッドは艦長の椅子から立ち上がった。額にじわりと汗が滲む。
「何かがおかしい! 一時後退だ! 減速しろ!」
「は、はい!」
その時だった。突然、ブリッジの正面に取り付けてある窓ガラスが粉々に砕け散り、外の空間に向けて突風が吹き荒れる。
「うわああああああっ!?」
「ぐああああっ!?」
モルドレッドは椅子にしがみつく。
(馬鹿な! あの窓ガラスは特殊防弾ガラスで、厚さは20cmもあるんだぞ!? なんで突然割れたりする! 砲弾も何も見えなかったぞ!?)
「い、一体何が……ターミナルオーダーのステラでしょうか?」
「いいや、防御・支援特化型の、あの魔女にはこんな芸当は出来ない。その気になればウチの主砲クラスの攻撃も撃てるだろうが、攻撃が見えないなんてことはありえない!」
ブリッジがざわめき、憶測が飛び交う。
「反乱軍の新兵器か?」
「ま、まさか、ステラだけじゃなく、他のターミナルオーダーの連中まであの船に乗ってたりして……!」
「この宙域に生息してる未確認のモンスターとか?」
その時だった。
「か、艦長、第2整備隊10名に左舷側外壁を確認させたのですが……何者の存在も、確認できなかったそうです」
「……最近噂の光学迷彩を使っている可能性は?」
「さ、索敵スキルを使っても反応がなかったそうです」
ブリッジに沈黙が流れる。そしてついに、恐怖に耐えかねた帝国軍の兵士の1人が、青ざめて喚き出す。
「ぼ、亡霊の仕業だ! きっとそうだ! 亡霊がいるに違いない!」
ブリッジにどよめきが走る。モルドレッドは焦って、怒鳴り散らした。
「何が亡霊だ! SOOはゲームだぞ! 馬鹿なこと言って士気を下げるんじゃねぇ!」
「だ、だって艦長……! じゃなきゃ説明が……!」
モルドレッドは怒りの形相で剣を抜くと、そのプレイヤーを斬り殺した。
「ひいいい!」
「っ!」
「落ち着けお前ら! まずはとにかく撤退だ! 一旦引いてレーダーの修理を試みるぞ!」
「っはい!」
「了解!」
◆◇◆
同刻、リベリオンのブリッジでも混乱が生じていた。
「1番艦クラレントからのレーダー照射、停止しました!」
「攻撃も止んでいます!」
ヴェロニカは静かに口を開く。
「戦果報告は?」
「あ、ありません」
その時、レーダーを監視していたプレイヤーが喜びの声を上げる。
「1番艦クラレント! 後退していきます!」
「うおおおお!」
「やったあああああ!」
ブリッジが歓声に沸く。ヴェロニカは思わず目を見開いた。警戒せずにはいられなかったのだ。
(あの猪突猛進バカのモルドレッドが撤退だと!? ……一体何のマネだ……何を企んでいる……!)
その時、ヴェロニカの疑問に応えるように、ステラから映像が届いた。
ステラは、『しー』と、口に指を当ててウインクをすると、カメラの画角の外に出ていった。カメラの中央にピントが合う、そこには、対戦艦狙撃銃ヤトノカミのスコープを覗くキララの後ろ姿が映っていた。