トップクラン 22
「報告! 2番艦スレイプニルが爆発炎上! 撤退していきます!」
ブリッジが歓声と拍手に沸く。
「さすが俺たちのライデンさんだ!」
「操縦士誰だ! オーバードライブの判断神憑ってたな!」
「銀華のことも見直したぜ! ただの無差別PKじゃないんだな!」
「何がスレイプニルだ! うちのライデンの方が強ええぞ!」
「ありがとう……マジでありがとうライデンさん……」
「艦長! 士気向上のために、戦果を艦内放送で共有します!」
「あぁ、頼む」
喜びの声に溢れるブリッジの中で、ヴェロニカは一人、制帽を被りなおした。
宇宙戦艦であるリベリオンの"心臓"は当然ハート・オブ・スターでできており、既に艦としての形を持っている点ではハート・オブ・スター単体よりも価値が高いと言えるだろう。また、リベリオンは、強力な兵器としての価値が大きいのも事実だが、それ以上に反乱軍の象徴としての重要性が大きく、リベリオンが撃破、或いは鹵獲されてしまう事態は、反乱軍の存続に影響を及ぼす。リベリオンは何を犠牲にしても守らなければならない。
しかしライデンは、あのハンマーをかれこれ1年以上使い続けていたのだ。使い慣れた『相棒』とも言える武器を犠牲にする判断は、並の覚悟でできることではない。
(すまない、ありがとう……ライデン……)
◆◇◆
「いきますよ、キララ様。えい!」
ステラがキララに杖を向けると、『えい!』の一言では済まされない、尋常ではない量のバフが一斉にキララに付与された。キララの視界の端、HPバーの上に、バフが30個程ずらりと並ぶ。キララはステータス画面を確認する。平常時のキララの攻撃力は、ヤトノカミの攻撃力約134025とキララの基礎ステータス、微弱なパッシブバフなどを合計して、およそ134500だ。それがなんと、50万程に跳ね上がっていた。
「すごいね……」
「バフ・デバフによる弾道への影響がないことは、様々な先行研究によって証明されてるので安心してください」
「ありがとう、その情報、助かるよ」
キララはスコープを覗き込む。ステラは内心、キララの狙撃をかなり楽しみにしていた。
宇宙戦艦のバリアの減衰能は極めて高く、同じ宇宙戦艦同士の撃ち合いにも耐えられる程だ。ちなみに、大抵の場合、宇宙戦艦の主砲は攻撃力換算で100万を軽く上回る攻撃能力を持っているが、ヤトノカミの攻撃力は、ノワールが所有する最強のヤトノカミ、『ヤトノカミ・マガツ』でさえ22万程度だ。これでは、ヤトノカミの弾丸などバリアに容易く阻まれそうだが、実際にはヤトノカミの弾丸は宇宙戦艦のバリアを貫いて本体に傷をつけることができる。これは、ヤトノカミの弾丸が”小さい”ことが理由だ。
宇宙戦艦の主砲レーザーの直径が30センチ近くあるのに対し、ヤトノカミの弾丸の口径は.66口径、つまり約1.7センチだ。面積当たりの攻撃力は、ヤトノカミの方が圧倒的に強いのだ。バリアの減衰効果は弾丸や光線の断面積に比例して大きくなるため、ヤトノカミの小さな弾丸の方がバリアの影響を受けにくく、貫通能力が高い。対戦艦狙撃銃ヤトノカミは、その名に恥じぬ攻撃能力があるのだ。
しかし、この戦場でヤトノカミを担いでいるのはキララだけだ。他の誰もヤトノカミを使おうとはしない。理由は単純、使いこなせないからだ。全長がウン100mもある巨大な鋼の塊に、1.7センチの弾丸を撃ち込んだところで何のダメージにもならないからだ。
しかしステラはキララに期待していた。あのノワールが認める程の狙撃手なら、ヤトノカミを対戦艦狙撃銃として真に使いこなすことができるのではないか……と。
「……ねぇ、ステラさん、あの8角形の板って、レーダー? それともレーダー風の装飾?」
キララのスコープに映るのは、1番艦クラレントの機体外壁に取り付けられた、8枚の8角形の板だ。その質問に、ステラの心臓が跳ねる。
「大丈夫ですよ、あれは正真正銘、フェイズドアレイレーダーです」
「それはよかった。……ちなみに幾らくらいするの?」
「高価ですよ、1つあたり2億クレジットくらいでしょうか」
「くすくす、それは最高だね」
4キロ先の標的を狙うことなど、現実に即して考えれば絶対に不可能だが、幸いにもここは宇宙空間だ。空気抵抗もない、風もない、弾丸の回転から生まれる編流も、コリオリ力も計算する必要はない。気にしなければならないのは、リベリオンとクラレントの動きと相対速度、リベリオンの仮想重力発生装置が生む重力、そして、三連星の巨大な重力だけ。
零点規正は最早意味を成さない距離。頼れるのは、ナナホシから貰った射撃レポートと、ステラから聞いて得た知識、己の経験と才能、そして10発の試射のデータだけ。
キララが呼吸を止める。カラスのぬいぐるみを握りこむ。
ステラはキララの様子を固唾を飲んで見つめる。
キララが引き金を引き絞ると、ヤトノカミの砲声が轟き、弾丸が撃ち出された。空気抵抗のない宇宙空間では、弾丸は銃口初速である秒速900mを保ったまま飛翔する。
三連星の巨大な重力に引きずられ、大きく弧を描く弾丸。赤と青の光線が飛び交う中、弾丸は闇に紛れて静かに飛翔する。
そして、およそ5秒後。キララの放った弾丸は、クラレントのレーダーのド真ん中に風穴を開けた!
HPを全損し、ただちにその機能を失うレーダー。
着弾を確認したキララは、黙ってリロードを済ませる。
千里眼の能力を持つスタースキル『星を見るもの』でその一部始終を見ていたステラの全身に電流が流れる。頬が紅潮し、思わず口角が上がる。
(凄い……この人は本物だ……!)