エリカ
辺境の惑星で、偽銀華、もといエリカはプレイヤー達に追われていた。
「待て─────ッ!」
「逃がすな─────ッ!」
「はぁ! はぁ! くそ、くそ!」
3000円のキャラクターリメイクカードを買う余裕もなく。カードが無くても変更できる、髪の色と服装だけをエリカ本来のものに戻して、エリカは八つ当たりするようにPKを繰り返していた。
しかし、経験値ロストによる戦闘力の低下は著しく。以前なら勝てていたレベル90フルパーティーに返り討ちに合いそうになって、エリカは必死に逃げていた。
ピンクの髪を振り乱しながら夜の森を走るエリカを、5人のプレイヤーが追いかける。
「おい逃げんなよ雑魚!」
「ビビってんのか!」
(クソクソ! 経験値ロストさえなければ! こんな雑魚共にッ……!)
エリカは泣きながら、歯が割れんばかりに歯ぎしりをした。
「掲示板に書いてやる!」
「負けそうになって慌てて逃げ出したってな!」
「だっせえなあ!」
「ざまぁみろ!」
暴言を吐いていいのは暴言を吐かれる覚悟がある奴だけ、煽っていいのは煽られる覚悟がある奴だけ。オンラインゲームでは当たり前のルールだ。暴言厨であり、煽り厨でもある無差別PKerのエリカには誰も容赦などしない。当然の末路だ。
(全部、全部アイツらのせいだ! アイツらさえいなければっ……!)
エリカの脳裏に先日の光景が過ぎる。手のひらに爪が食い込む。
(許さない、絶対、絶対! 一番惨めな死に方をさせてやる、それを動画にとって、世界中にばらまいてやるんだ!)
「待てよ雑魚!」
「逃げんな!」
SOOでは戦闘中にはログアウトが出来ない。ログアウトして逃げるには、追撃を振り切り、自分のキャラクターを非戦闘状態にするしかない。
エリカに向けて光線銃が乱射される。
「当たるかよ! 下手く─────ッ!?」
光線をモロに受けてしまうエリカ。ダメージエフェクトが飛び散り、HPが削られる。
(50m先の走ってる標的相手になんて命中率……射撃スキル特化構成か……!)
木々で射線を切りながら走るが、エリカのHPはじわじわと削られて行く。
(不味い……このままじゃ……!)
その時突然、エリカの行先から謎の集団が姿を現した。20人ほどのその集団は、全員が同じ黒い軍服を着て、同じ黒い銃を装備している。
「チッ! 新手か!」
腰の双剣を抜き放ち、立ち止まるエリカ。しかし、黒い集団はエリカを無視して、エリカを追っていたプレイヤー達を攻撃し始めた。
「な、なんだお前ら!」
「うわあああッ!?」
「がああっ!?」
SOOの集団対人戦の重要な要素に『フォーカス』というものがある。SOOでは、余程のステータス・技量の差がない限り、1人のプレイヤーを素早く倒すのは困難を極める。FPSなどと違い、MMORPGであるSOOはプレイヤーのHP量が多く、また、回復手段も豊富だからだ。集団戦を制するには、1人のプレイヤーに焦点を合わせ集中攻撃し、素早くプレイヤーの頭数を減らしていく必要がある。しかし、それにはパーティーの連携が重要である。
黒い集団の連携はまさに完璧だった。1人ずつ、的確にフォーカスを行って光線銃の集中攻撃を浴びせ、ほんの数秒のうちに5人のプレイヤーを倒してしまった。20人対5人という人数差があったとしても、少し異常な殲滅速度だ。倒されたプレイヤー達も、あまりの素早さに何が起こったのか理解出来ていなかった。
「ば、馬鹿な!?」
「ぜ、全滅だと!?」
「一体何が……!」
「殲滅完了、全周警戒しつつ部外者を排除せよ」
集団の一人の男がそう指示をすると、索敵スキルを持ったプレイヤー達が周辺の警戒を始めた。索敵中のプレイヤー、エリカに銃を向けるプレイヤー、倒したプレイヤー達を遠くへ引きずっていくプレイヤー、そしてそれぞれを守るプレイヤー。男の指示で、まるで軍隊の精鋭部隊のように完璧な警戒態勢が組み上げられる。
「うわっ!?」
「何をするっ! どこへ連れていく気だ!」
さっきまでエリカを追い回していたプレイヤー達は、ずるずると遠くへ引きずられていき、ついに喚き声も聞こえなくなった。
取り囲まれたエリカは、プレイヤー達を睨みながら双剣を構えた。
(なんて連携、まるで軍の特殊部隊みたい……こいつら一体……)
その時、集団の奥から一人の女性が現れた。長いブロンドの髪、誘惑的な体つき、整った顔立ちに優しげな表情。集団と同じ黒い軍服を着たその女性は、穏やかにエリカに話しかけた。
「こんばんは、エリカさん。私は帝国軍第0師団団長のスピカです。貴女を勧誘しに来ました」
エリカの目が見開かれる。
「……馬鹿にしないで、『失われし帝国』に第0師団なんて部隊があるなんて聞いたことがない」
『失われし帝国』、通称『帝国』。それはSOOのプレイヤーなら誰もが知っているSOO最大最強のクランだ。総在籍プレイヤー数6000人の超巨大クランで、全宇宙を支配するために日々その支配領域を広げている。SOO世界に12隻しか存在しない宇宙戦艦のうち5隻を保有している化け物クランだ。
そして、少し帝国に詳しいプレイヤーなら、帝国が、第1から第4までの師団と生産部によって構成されていることを知っている。第0師団なんて部隊の存在を、エリカは聞いたことがなかった。
「それはだって、極秘の部隊ですから」
そう言って、スピカは自分のプロフィール画面を見せた。スピカのプロフィール画面に表示される『所属クラン:失われし帝国 クラン役職:第0師団団長』の文字。エリカは怪訝な顔をした。
(クランはプレイヤーが持ってるようなIDを持ってないから、クラン名その物がIDの代わりになる、つまり、同じ名前のクランが複数存在するなんてことはありえない……このスピカとかいう女が所属しているの間違いなくあの『失われし帝国』。まさか本当に第0師団なんて部隊が存在するの?)
スピカは微笑んだ。
「我々第0師団は、他の師団と違って少数精鋭。実力と熱意のあるプレイヤーしか在籍することが出来ないのです。その点、エリカさんは申し分ありません」
そう言ってスピカはエリカに歩み寄った。その仕草を見て、エリカは額に汗を滲ませた。
(コイツ、私のことを全く警戒していない! 私なんか警戒するに値しないってこと!? 許せない……!)
「うふふ、そう怖い顔をしないでください。私はあなたの事を買っているんですよ」
スピカはそう言って軍服の内ポケットから、1枚の輝くカードを取り出した。エリカは目を見開く。
「キャラクターリメイクカード……!!」
「こちら、エリカさんに差し上げます」
そう言って差し出されたカードを、エリカは払い除けた。カードが地面に落ちる。
「っ! なんの真似だ!」
「うふふ、だから先程から言っているでしょう? 私は貴女のことを買っているんです。これはお近づきの印に」
そしてスピカはカードを拾い上げた。エリカはスピカを睨む。
(今の私にそれを差し出すってことは、私がなりすましをして、しかも元の姿に戻れなくなったって知ってるってこと……! なんでそんなことまで把握してるんだ!)
「そんなことして、お前になんの得があるんだ! 何一つ信用出来ない!」
そんなエリカを見てスピカはくすくすと笑った。
「おやおや……貴女のことですから、帝国軍最強の第0師団に招待されたとあれば、直ぐに飛びついてくると思ったのですが……意外と用心深いんですね。……ご安心ください、貴女を第0師団に迎え入れることで、きちんと帝国にとってメリットがあるのです」
帝国軍最強の第0師団、という言葉を聞いてエリカの瞼がピクつく。それは、エリカにとってとても、極めて魅力的な提案だった。しかし、その提案が魅力的であることを素直に認められるほど、エリカは大人では無かった。
「銀華……あのプレイヤーはいずれ必ず帝国の大きな障害になります。我々には、彼女に対して並々ならぬ敵意を持っている協力者が必要なのです」
エリカの目が見開かれて、毛が逆立つ。
「……なんでアレの名前が出てくんのよ」
そんな様子のエリカを見て、スピカはぱちぱちと手を叩いた。
「そう、それこそが今我々が必要としているもの……」
スピカは大袈裟に手を広げた。
「MMORPGにおいて最も重要なものとはなんでしょう? 知識? 才能? いいえ、そんなものまやかしに過ぎません!」
スピカはエリカを指さす。
「答えは執着、あるいは執念と呼ばれる熱意、つまり『やる気』です! 普通のプレイヤーが1日2時間しかログインしないところを1日12時間ログインする! 普通のプレイヤーが雑談にうつつを抜かしている間も高難易度ボスを周回する! そんな働き者こそが報われるゲーム、それがMMORPGなのです! くだらない小手先のテクニックなど、周回に裏打ちされた圧倒的なステータス差・物量差の前には無力も同然!」
スピカはそう言ってエリカの目の前まで歩み寄ると、エリカの服の胸ポケットにキャラクターリメイクカードをそっと入れた。
「その点、貴女の『やる気』は申し分ない。来たるべき終末任務の際に、銀華を完封するためには、熱意を持って対策に取り組んでくれるプレイヤーが必要不可欠なのです……いかがですか? 協力してくれるのであれば、そのカードだけではなく、貴女に特殊プレイヤー特別対策室室長のポストを差し上げましょう」
「……私に、あんたの下で働けって言うの」
「はい」
スピカはエリカの耳元で囁いた。
「考えても見てください、帝国の潤沢なリソースをふんだんに使って、あのプレイヤーに完璧な敗北を味わわせることが出来るのです。そして、帝国が全宇宙を支配した暁には、貴女は帝国軍最強の第0師団の一員としてSOOの伝説に名を残すのです」
エリカの口角が少し上がる。
(……悪くない提案だ。けど、この女の私を馬鹿にした態度が許せない……! 私は銀華の付属品じゃないんだ! 銀華を特別扱いするような仕事をさせられるなんて冗談じゃない……! でも……)
エリカは考えた。今まで自分を馬鹿にしてきたプレイヤー達を、莫大なリソースで押し潰して完勝する時のことを。
(銀華だけじゃない、あのキララとかいうブスも、ペストマスクの中二病男も、みんなまとめて……! そして────)
エリカは双剣をしまい、歪んだ笑みを浮かべた。
「いいよ、あんたに騙されてあげる。あんたの下で働いてやんよ」
それを聞いて、スピカは嬉しそうに笑った。
「さすがはエリカさん、それの言葉が聞けて嬉しいです。では、早速手続きを致しましょう」
そう言ってスピカはホログラムウィンドウを操作し、エリカをクランへ招待した。その招待を受け取りながら、エリカはひっそりとスピカを睨んだ。
(そしてこの女にも吠え面をかかせてやる……! 第0師団団長のポストを、私のものにしてやる……っ!)