暴走列車 47
「"キララ、ハートオブスターを返せ。そうすれば、痛み分けということでフリードは見逃してやる"」
レグルスの声が響く。
「嘘です」
「嘘だな」
「嘘っスよ」
「……だろうね」
キララは手のひらの中にハート・オブ・スターを実体化させた。白い7色の輝きがキララを照らす。
「アリスさんは? あのレグルスってプレイヤーもロスサガ勢なんでしょ? ロスサガ最強のアリスさんの説得なら……」
その言葉にノワールは首を横に振った。
「もちろん、アリス様は対話を試みました。つい先ほど、そこで」
ノワールの視線の先には城壁の上出来たクレーターがあった。キララは静かに目を伏せた。
「……手が無いことはない」
キララのその言葉に、カガミ達はどよめいた。
「キララちゃん、ボクの話ちゃんと聞いてたにゃ?」
「嘘だろお前、レグルス相手に何か出来ることがあると、本気で言ってるのか?」
「まさか先程の戦いでスタースキルを?」
「スタースキルなんかじゃねぇ、正真正銘、キララのプレイヤースキルだ」
カガミ達が振り向くと、そこにはクロウが立っていた。クロウは皆の前を横切りながらレグルスに向かってゆっくりと歩いて行く。
「VRゲームでなら、大抵のタイトルで使える、キララの、まぁ、必殺技ってヤツだ。……世の中にはそういう技術があんだよ。俺は一度だけ喰らったことがあるからわかる。アレならあのレグルスとかいうチート野郎にも通じる。だが……アレを使ってもせいぜい10分の時間稼ぎが限界だろうな」
キララはクロウの背中に頷いた。
「うん。10分でこの状況を打開できる何かを用意できるなら、私はやるけど……」
カガミ達は目を伏せた。レイも首を横に振る。
(最悪の気分ですわ……今日のシフトが私じゃなければ……)
ナナホシはアルセーニャをチラと見ると、キララに微笑んだ。
「キララさん、ハート・オブ・スターを渡してはいけないっス」
「ナナホシさん……」
「私の意見がフリードに住むプレイヤーの総意だなんて言うつもりは無いっス。でも、ハート・オブ・スターを渡そうが渡すまいがフリードが無くなるなら、ハート・オブ・スターは渡すべきではない。被害を最小化するための単純な理屈っス」
ナナホシは夜空の下に広がるフリードの明かりを見渡した。
「納得できないプレイヤーも居るでしょうし、帝国の連中はまず間違いなくキララさんのことを『私欲に目が眩んだ』と晒しあげるでしょう。ですが、どうか、渡さないことを選んで欲しい。それは後々、帝国への反撃の切り札となるアイテムっスから」
ナナホシの口ぶりは淡々としていたが、フリードの街並みを見つめたまま、表情は見せなかった。キララはアイリの方へ振り向いた。アイリは肩をすくめる。
「はぁ……ナナホシほどの古参住人がそう言うなら、ボクだって見栄をはらなきゃならないにゃ」
「くすくす、アルセーニャ様、ついに正体を隠さなくなりましたね」
「さぁて、なんのことやらさっぱりにゃ」
ノワールとアルセーニャは笑いあった。キララはカガミを見つめる。
「……以下同文だ。そもそも俺は、フリードの住人じゃないしな」
キララは静かに頷いた。
「そっか。わかった。……じゃあ、やるべきことは一つだね」
次の瞬間、キララは最速の動作でハート・オブ・スターを格納すると、代わりにヤトノカミを実体化させて、レグルスに向けて引き金を引いた。重い銃声が轟く。闇に紛れて放たれた弾丸はレグルスに命中する直前で軌道を曲げられ、明後日の方向へ飛んでいく。キララは目を見開いた。
(レグルスの周りには複雑な重力渦がある、遠距離攻撃は全て軌道を曲げられてしまう!)
カガミは歯ぎしりをした。
「"交渉決裂だな"」
「待っていたぜこの時をォ!」
クロウもリボルバーを抜き放ち、城壁の上を駆け出す。レグルスの身体が浮かび上がり、それを待っていたかのように突然現れ、城壁を駆け上がってきた銀華が、城壁を蹴って空高く舞い上がる。
「相手にとって、不足無し……!」
「素人が」
レグルスは目線すらよこさずに、重力の巨大な腕を抜き放ち、空中で身動きが取れない銀華を殴り飛ばす。夜空に投げ出される銀華。
「わあっ!?」
「てめえッ!」
クロウは走りながらレグルスに向けてリボルバーを乱射するが、重力渦に弾道を捻じ曲げられ、弾丸は全て夜空へ消えていく。
「"無駄だ"」
空へと浮き上がったレグルスは眼下に広がるフリードを見渡して、空へ手を伸ばす。ノワールが叫ぶ。
「『真空崩壊』が来ます! 退避を!」
キララはレグルスからわざと照準を外すと、ヤトノカミの引き金を引いた。
「──ありがとう、クロウ君」
放たれた弾丸は重力渦に巻き込まれ、軌道を変え、そして、レグルスの頭を吹き飛ばした! キララの視界の端にキルログが流れる。
その場に居た、クロウとキララ以外の全員が目を見開いた。
(クロウが乱射した弾丸の軌道から重力渦の構造を逆算したのか!? あの一瞬で!?)
レグルスの笑い声が響く。
「"やるな、殺し屋。だが無駄だ。死では俺を止められない!"」
のけぞり、体勢を崩していたレグルスが再び空に手を伸ばす。
「これで終わりだ。──真空崩壊」




