暴走列車 45
地上。
迫りくる無限捕食機関を見据えたままハート・オブ・スターを掲げるキララ。
「あぁ……もう……ちゃんと準備してるなら教えてよ」
「くすくす、ごめんごめん」
アリスは静かに目を閉じる。
「よかった……これで勝てるね」
「……いや、あと一つ足りない」
キララがそう言った途端に、けたたましい警報音が鳴り響いた。アリスは目を見開く。キララの顔の前に、真っ赤なホログラムウィンドウが出現している。現実のキララに何か異変が起こったことを示す、警告用のホログラムウィンドウだ。
「キララちゃん……!?」
「……このゲームでは、戦闘中にワープで、逃げることができない。ログアウトしても、『離席中』扱いに、なって、無防備なアバターが、ワールドに残ってしまう。そのまま、殺されてしまう……!」
「一体何を言って……!」
そこでアリスはハッとした。警告用ホログラムウィンドウに映る『危険:心拍数187』の文字。
「でも、VRヘッドギアのセーフティ機能による強制ログアウトなら! 例え戦闘中でも、ログアウトできる!」
アリスは言葉を失った。
VRヘッドギアには、装着者の身に異変が起こった際に自動的に接続が解除されるセーフティ機能を備えることが法律で義務付けられている。キララはそれを利用して、戦闘中にログアウトをしようとしているのだ。セーフティの発動には様々な条件があるが、キララが今回選んだ発動条件は『心拍数』。
(心拍数上げてるんだ……! どうやってるのか全然わかんないけど……!)
「杞憂かもしれない、けど、万が一、ハート・オブ・スターが無限捕食機関に取り込まれてしまったら、取り返しのつかないことになるかもしれない! 増幅輝きの星は文字通り最後の切り札! これ以上は、本当に打つ手が無い! だから、可能性はすべて摘み取る! ここで、確実に、終わらせる!」
キララは警告用ホログラムウィンドウを睨む。189、192、193、194……みるみるうちに上がっていくキララの心拍数。
レイの『輝きの星』にキララが殺されるのは良い。だが、星が地上に届く前に、キララが無限捕食機関に殺されてしまえば、その時は何が起こるかわからない。たとえハート・オブ・スターをアイテムボックスに格納済みであったとしても、アイテムの特異性を考えれば何が起きても不思議ではないのだ。
しかし、キララのステータスは貧弱そのもの。しかも誘導をしなければならない関係上、走り回って攻撃を避けることも難しい。キララが合図を送ってレイの星が地上に届くまで仮に1秒のタイムラグがあったとして、デタラメな攻撃範囲と攻撃力を持つ無限捕食機関の攻撃に1秒も耐えるのは困難を極める。誘導が完了した瞬間に、ログアウトして逃げるのが最も安全だ。
(上がれ……!)
個人により設定をある程度変更出来るが、キララの場合は心拍数が200を超えるとセーフティが起動し、強制ログアウトが実行されるようになっている。
「ぐっ……!」
心拍計は198と199の間を行き来している。速度違反ギリギリのところでブレーキを踏んだ心臓と、身体中の血管が悲鳴を上げる。
額に汗を滲ませ、ホログラムウィンドウを睨むキララ。巻き上げた燃える砂を火花に変えながら、轟音と共に迫る無限捕食機関。吹き荒ぶ猛烈な熱風がキララの銀の髪を靡かせる。
そしてついにキララに肉迫した無限捕食機関は、咆哮と共に空へ飛び上がった。キララを押し潰し、捕食しようと、焼けた鉄の塊が大波となってキララの上へ覆い被さる。キララは不敵な笑みを浮かべながらアリスへ目配せした。
「じゃ、また後で」
ハート・オブ・スターがアイテムボックスへと格納され、光が消えると同時に、心拍計は201を示し、強制ログアウトが実行される。無限捕食機関が大地へと食らいつき、溶けた砂が大波となって舞い上がる。
その直後。
10の29乗Wに不確定性原理による増幅効果の100倍を掛け合わせて、10の31乗W。推定6兆ダメージの光線が、空の彼方から降ってきて、無限捕食機関と夜を纏めて貫いた。
夜空は一瞬にして昼空へと塗り替えられ、鬱陶しい雷雲は全て蒸発させられる。
無限捕食機関の膨大なHPはわずか2fで空になり、勢い余った光線が大地を貫く。光線による大地の侵食は120kmにも及び、溶けた砂と地殻の下の溶岩が吹き出て、火柱になる。凄まじい情報処理にサーバーが悲鳴を上げ、世界の時が飛び飛びになる。
最後の一筋の光が消え、夜闇が再び空を覆い尽くすと、木霊する轟音に紛れて戦場にアナウンスが鳴り響いた。
「"終末因子の消滅を確認、観測宇宙の存在確率、正常値まで回復、終末任務の発令を中止します。繰り返します─────"」
無限捕食機関はついに討伐された。モンスタートレインは止められたのだ。




