暴走列車 44
────数時間前。
キララ、こと白谷真耶は暗い自室のベッドでVRヘッドセットを被ったまま静かに目を瞑っていた。
真耶の脳裏に映るのは、さっき自分がログアウトした座標に向けて、まっすぐに進んでくる戦艦バルムンクの姿。やることの本質は、普段やっている狙撃と同じだ。相手の動きとこちらの弾丸の動き、その両方を正確に計算して、同じ時間、同じ座標に到達するよう引き金を引く。今回計算しなければならないのは、戦艦バルムンクの動きと、真耶がゲームスタートのコールをしてからアバターがフィールドに出現するまでのタイムラグだ。
(エンティティが密集しているせいで多少ラグくなっているはず。普段の起動にかかる時間にラグ分を加えて────)
しくじれば作戦は失敗。モンスターの大群によってフリードは更地にされる。もしそうなってしまえば、フリードを拠点とするプレイヤー、特にナナホシとアイリに合わせる顔が無い。プレッシャーを感じない真耶ではなかった。真耶だって人間なのだ。
しかし、プレッシャーなんて真耶にとっては問題にすらならない。引き金を引く指先が震える事は無い、判断力が鈍ることもない、それどころか、呼吸や、心臓の鼓動にさえ一切影響を与えることは出来ない。
真耶は昔からそうであった。きっと、心と体を繋ぐ回線が凍り付いてしまっているのだろう。体操の全国大会に出た時も、大学受験の時も、真耶は完璧にプレッシャーを支配していたからだ。
機械仕掛けの心臓は、正確に1秒に1回拍動し、ひんやりとした血を真耶の身体に巡らせる。真耶は静かに口を開く。
「ゲームスタート」
途端に、真耶の意識は身体から抜け落ちる。瞑られているはずの瞼に灯る眩い光。SOOのタイトルコールをスキップすれば、後はいつもよりほんの少し長いローディングを待つだけ。
◆◇◆
戦艦バルムンクの重力炉の中。何もない空間からポリゴンの破片が滲み出たかと思うと、それはあっという間にキララの形になった。灼熱のプラズマで満たされた重力炉の中に降り立ったキララに与えられた猶予は10秒。
ひとまず、キララは重力炉の中を見渡すことにした。キララの命令によりシナプスに火花が迸り、時間が10倍、20倍に引き伸ばされる。ゾーンとかフローとか呼ばれる、極限の集中状態だ。いつからだろう、キララは自らの意思で、即座にゾーンに入ることができるようになっていた。
ふと、キララの瞳に映るものが。球状の重力炉の中央、台座の上に浮いたまま凄まじい光を放つ宝石。……ハート・オブ・スターだ。
(なんかこれ、そのまま素手で取り外せそう……)
「えい……あ」
キララは、ダメもとで台座からハート・オブ・スターを取り外そうとして、あまりにもすんなり取り外すことができたために、間の抜けた声を出してしまった。そのままハート・オブ・スターを強く握ると、これまたすんなりと、キララのアイテムボックスにハート・オブ・スターが追加された。
「取れちゃった……」
呆気に取られるキララ。しかしキララの心臓は冷静に、のこり時間が7秒しかないことをキララに告げてくる。なのでキララも、あくまで油断ではなく、冷静な判断として、重力炉を破壊するのに必要十分な一手を打つことにした。
船外活動用複合アンプルを使用し、ヤトノカミを実体化させる。適当な壁に銃口を突き付け、無敵時間が過ぎ去るのを待つ。無敵時間中は一切の攻撃行動が行えないためだ。
程なくして重力炉の中に響く銃声。ゼロ距離から放たれた弾丸は重力炉の内壁に深い傷を刻む。
(万が一壊れなくてもハートオブスターを取り除いた以上、炉心は停止するだろうから、バリアは無力化できるはず。……逃げよ)
キララはヤトノカミをしまうと、マップを起動して安全な場所へワープした。
直後に、重力炉で大爆発が起こった。キララがつけた小さな傷に、炉の超圧力が集中し、裂けたのだ。
◆◇◆
誰もが気にしていたこと、だが、何となく自分の中で答えを出していたことだ。
バルムンクの重力炉の中のハート・オブ・スターはどこへ行ったのだろうか、と。
ハート・オブ・スターの強度を知らないものはレイの"星"で塵になったと考えただろう。ハート・オブ・スターの価値を知るものは、帝国兵の誰かが回収したと考えただろう。吸収され、機械兵の王が無限捕食機関に進化する原因になったのだと考えたものも当然居ただろう。
だが、全員不正解だ。答えを知るただ一人を除いて、全員が間違えている。
「"炉心圧力、炉心温度、臨界。最終認証を要請します"」
「撃鉄を起こせ!」
「"認証完了、撃てます"」
「あ、来たにゃ!」
レイの隣、アルセーニャが指差す地上。雲と夜に閉ざされた暗い大地に灯る、小さな光。キララのハート・オブ・スターだ。レイはキララの誘導に従って"星"の照準を合わせる。
キララがハート・オブ・スターをアイテムボックスに格納すれば、つまり、地上で小さく輝いているあの光が消えれば誘導完了の合図だ。レイとアルセーニャは固唾を飲んで小さな光を見つめた。




