暴走列車 42
「帝国の奴ら! 軍服脱いで一般プレイヤーのフリしてるぞ! 気をつけろ!」
「自爆させるな! 無限捕食機関が回復するぞ!」
帝国のプレイヤーと一般のプレイヤーが入り乱れる戦場の中心で、無限捕食機関は城壁への体当たりを続けた。
城壁の上で、カガミは床にしがみついて城壁の耐久値を見守る。
(あと2回も耐えられないぞ! 機動衛兵はまだなのか!?)
足元の無限捕食機関が発する光が明るすぎることもあって、夜闇に閉ざされた遠くの荒野の様子は全く見えなかった。
再びの体当たり。城壁の耐久値がごっそりと削りとられる。
(あと1回……! ここも危険だ、離れなければ!)
カガミは城壁の上を走り出した。城壁が壊されれば、どこまで崩れるか分からないからだ。
(キララ、一体何を考えているんだ! もう時間が無い! 機動衛兵は間に合わない! やるなら今じゃないのか!?)
キララがアルセーニャと共に何をしようとしているのかわからないカガミではない。しかし、それは城壁がなければ成り立たない作戦なのだ。だというのに、無限捕食機関は今まさに壁を破ろうとしている。
(あのキララが作戦の弱点をケアしていないわけがない! だが、弱点をケアする方法が分からない……! ……間違いない、キララは読み違えをしている! 無限捕食機関が壁を削るペース、或いは機動衛兵の移動速度について決定的な計算間違いをしている! 伝えなければ、やるなら今だと!)
カガミはキララに連絡を取ろうとして────言葉を失った。
フレンドリストに並ぶキララの名前、本来であれば、他のプレイヤーのように緑色に光っていなければならない名前が、暗くグレーアウトしてしまっている。
「オフライン……だと……?」
カガミの足が止まる。それとほとんど同時に、無限捕食機関が咆哮を上げて体当たりを繰り出した。
◆◇◆
「うわあああああっ!?」
「ぐああああああっ!?」
「崩れる! 崩れるぞ────ッ!」
同刻、無限捕食機関の足元で。銀華は呆然として、刀を握りしめたまま佇んだ。
「間に合わなかった……!」
ついにフリードの城壁は破られた。高さ140mの城壁が突き破られ、瓦礫と砂埃の雨がプレイヤー達の頭上に降り注ぐ。既に街区に被害が出ており、いくつかの建物が瓦礫の下敷きになっている。サーチライトが再び点灯し、夜空を切り裂く。サイレンが鳴り響き、衛兵達が無限捕食機関の足元へと集まってくる。
その上空、カティサークのブリッジではノワールをはじめとした船員達がその様子を固唾を飲んでモニター越しに見守っていた。
メイド達が悲痛な声を零す。
「そんな……城壁が……」
「間に合いませんでしたか……」
「いえ……大丈夫ですよ」
ノワールの方へ振り向くメイド達。
「ギリギリ、滑り込みセーフです」
◆◇◆
「"どいて────ッ!!"」
無限捕食機関の咆哮に負けず劣らずの音量。夜闇を突き破り、砂嵐を纏って戦場に躍り出た機動衛兵はプレイヤーを踏み潰すことも厭わずに無限捕食機関に突進する。
乱れた黄金の髪の隙間から、無限捕食機関を見据えるアリス。
今この場で無限捕食機関を倒せるのは、機動衛兵を操ることが出来るアリスだけ。もうここから先は一手のミスも許されない。アリスの心臓が跳ねる。
無限捕食機関を羽交い締めにした機動衛兵のモーターが轟音を立て、無限捕食機関の巨体が砂をまといながら持ち上がる。────ジャーマンスープレックスだ。
「"らあああっ!"」
宙を舞う無限捕食機関の身体。直後に轟音と共に砂煙を上がり、戦場を包み込む。機動衛兵の胸の白いライトが砂煙を引き裂いて夜闇を照らす。城壁から無限捕食機関を引き剝がしたアリスは、身動きが取れなくなっている無限捕食機関が起き上がる前に攻撃を仕掛ける。
「機動衛兵! 撃滅大剣!」
「"イデアシステム起動、撃滅大剣を展開"」
掲げられた両手の中に、巨大な剣が生成される。そのまま重力を利用して、無限捕食機関身体へと刃を突き立てる。衝撃波。同時に、無限捕食機関の8本目のHPバーが空になり、ゲージ技が発動する。先刻、大勢のプレイヤーを殺して、HPを大量回復したあの『融解熱線』だ。地面に倒れた無限捕食機関が、嚙み合わせの悪そうな『口』を開き、頭上の機動衛兵へと向けて熱線を放つ。ほとんどノーモションで放たれたその熱線を難なく躱し、大剣を溜め始めるアリス。熱線はそのまま空の彼方を焼き、夜空を赤く照らす。
無限捕食機関が熱線を撃ち終えた直後に、アリスの最大溜め攻撃が弱点部位である無限捕食機関の口に叩き込まれる。
「ここ!」
痛烈なクリティカルヒット。9本目のHPバーの8割を吹き飛ばしたその攻撃に、無限捕食機関は悲鳴を上げる。アリスは再び大剣を溜め始めるが、無限捕食機関が身体を起こそうとした途端に溜めを中断し、攻撃を叩き込む。
「立たせない!」
HPの更に1割が削り取られ、再び地面に倒れる無限捕食機関。アリスは再び攻撃を溜め始める。
その様子をモニター越しに見ていたノワールはひっそりと口角を上げた。
(無限捕食機関をハメ殺しにするつもりですか。本当に恐ろしいお方)
あっという間に9本目のHPバーも空になり、ゲージ技が発動する。
技のモーションのほんの初動、わずか数フレームの動きを見切ってそれが初見の技だと察知したアリスは、大きく3歩飛びのいて、大剣を引きずりながら走り出す。戦闘に巻き込まれ、踏み潰されたプレイヤーのキルログが、アリスの視界の端に羅列される。無限捕食機関の口の中から赤熱した無数の触手が飛び出し、空を切り裂く。ゲージ技、『広範囲触手薙ぎ払い』だ。このゲージ技以降、触手攻撃という新たな攻撃パターンが無限捕食機関の動きに組み込まれる厄介な攻撃だ。しかし、アリスにはむしろ好都合であった。
「はあああッ!」
助走を付けた渾身の大剣叩き付け攻撃によりHPバーの5割が削り取られる。その攻撃により触手の一本が破壊され、部位破壊による小ダウンが発生。動かなくなった無限捕食機関の上でアリスは溜め攻撃を溜め始める。
「うおおおおお機動衛兵強えええええ!」
「いけえええええ! やっちまえ────ッ!」
「帝国の連中に妨害をさせるな! 近づく奴は皆殺しだ!」
機動衛兵に踏み潰されたプレイヤーまでもが歓声を上げていた。そうこうしているうちに10本目のHPバーが空になり、再びゲージ技が発動するが、同じことだった。
「急げ! 何としても無限捕食機関を回復す────」
「させるかよ馬鹿が!」
「違う! 俺は帝国兵じゃない! 違───ぎゃああああッ!」
「近づこうとする奴は皆殺しだって言ってんだろ! 絶対に無限捕食機関を回復させるな!」
地上だけではない。上空でも徹底的な帝国兵狩りが行なわれていた。数万人のプレイヤーという数の暴力の城壁を、ほんの千人程度の帝国兵が突破できるわけもなく。無限捕食機関のHPは減るばかりで、もう回復することはなかった。
「はあああああッ!」
アリスの溜め攻撃が無限捕食機関を再び地面に縫い留める。ついに11本目のHPバーが空になり、12本目のHPバー、最後のHP区間に突入する。
アリスに一切の油断は無い。大抵の場合、残りHP5%とか3%のタイミングには、極めて強力な、そのボスにとっての最大の大技が用意されているからだ。この、もっとも危険ともいえる区間を安全に攻略する方法、それは────
(多少攻撃を貰っても構わない! 最大出力の溜め攻撃で、残りHPをまとめて吹き飛ばして、危険区間をスキップする!)
そう。最大威力の攻撃で危険な区間を一気に走り抜けて、そもそも大技を発動させないのが、もっとも安全な攻略法なのだ。ベテランゲーマーのアリスは当然それを理解している。11本目のゲージ技を回避するために再び3歩飛びのいたアリスの脳裏で、この危険区間を最速で走り抜けるためのシミュレートが繰り返される。
(見えた! 走り込み叩き付け1回、通常攻撃1回、キック2回、1歩引いて最大溜め────)
「え────?」
アリスの目の前。砂煙の中で横たわったままの無限捕食機関が、かつてないほどの、眩い輝きを纏い────
(まさか、自ば────)
周囲のプレイヤー達をかばおうと、慌てて無限捕食機関に覆いかぶさろうとするアリス。しかし、無駄であった。
11本目のゲージ技。『強制再起動:全周焼却プロトコル』。無限捕食機関の『無限』の二文字は決して誇張ではない。解き放たれた猛烈な熱波は、周辺一帯の砂の大地を溶岩の海に変え、数万人ものプレイヤーをまとめて焼き殺した。
上空にいたノワールも、機動衛兵の中にいたアリスも、例外ではない。




