暴走列車 40
夜闇を切り裂く、鋭い刃の煌めき。眩いダメージエフェクトと共に無限捕食機関のHPがバーの半分程吹き飛び、右翼が根元から一刀両断される。
悲鳴を上げた無限捕食機関はバランスを崩し、フリードの城壁に激突する。千切れた翼が地面に落ち、轟音と砂煙を上げる。揺れる城壁の上で、アルセーニャとカガミは無限捕食機関の上に立つ人影を見た。
「銀華ちゃん────!」
赤熱する無限捕食機関の巨躯が、銀華の銀髪を赤く照らす。目を閉じた銀華の手に握られているのは、鉄靴の魔女お手製、攻撃力、会心率、会心ダメージ倍率、その全てを理論値厳選された、現環境で理論上最強の片手剣────『無銘 刹那』。
「ここは、こなたに任されよ」
銀華は無限捕食機関の身体を蹴って舞い上がり、もう片方の翼に狙いを定めた。
◆◇◆
────少し前。
無限捕食機関から逃げる戦車の上で。
「作戦?」
「あぁ」
クロウは頷くと、無限捕食機関の翼を銃口で指した。
「アレの攻撃パターンをよく見ろ。翼の振り回し攻撃ばっかりだ。そして、このSOOってゲームには大ボスの『部位破壊』という概念がある。俺の見立てじゃ、あの翼は破壊することができるはずだ」
「な、なるほど? つまりどういうことだ?」
ゲーム全般に疎い銀華は首をかしげた。
「翼を破壊すりゃ、奴は攻撃能力の大半を失う……はずだ。そうすれば、奴がHPを回復する頻度が減るだろう? だからまずは翼を狙う」
「なるほど! さすがですクロウさん!」
あかりは目を輝かせた。クロウはバツが悪そうに肩を落とす。
「こんな初歩的なことでいちいち褒めるんじゃねぇ。ともかく銀華、お前の仕事は奴の翼を叩き切ることだ。難しく考えるな」
「わ、わかった。こなたに任されよ」
そう言って無限捕食機関に飛び掛かって行こうとする銀華に、クロウは待ったをかけた。
「待て銀華、これを持ってけ」
クロウは銀華に重い金属製のブレスレットを投げて渡す。
「熱によるスリップダメージを大幅に軽減するアイテムだ。装備していけ」
「おお、かたじけない。熱くて困っていたのだ」
そう言ってブレスレットを腕にはめて、無限捕食機関に突撃しようとする銀華を、クロウは慌てて止めた。
「おい待て、腕に嵌めるだけじゃダメだ。ちゃんと装備編成画面から装備しねぇと反映されねぇぞ」
「そうびへんせいがめん?」
そう言って首を傾げる銀華。クロウとあかりの動きが固まる。
「待てお前! お前まさか、装備編成のやり方を知らねえのか!? ちょっとステータス画面見せて見ろ」
おろおろと、慣れない手つきでホログラムウィンドウを起動する銀華。銀華のステータス画面を覗き込んだクロウとあかりは────絶句した。
「お前っ……! 武器以外、装備を何一つ装備してねぇじゃねぇか!!!」
「そ、それどころかステータスポイントを一切振っていません! これでなんであの攻撃力を出せるんですか!?」
SOOでは、武器は手に持つだけでステータスが反映されるが、防具や装飾品の類は装備編成画面を開いて『装備する』ボタンを押さないと、ステータスが反映されないのだ。身につけるだけでステータスが反映されてしまうと、防具を着れば着るほど有利になってしまうためである。なお、ステータスを反映させたい防具を必ずしも身につけている必要はなく、きちんとアイテムボックスに入れて持ち歩いてさえいれば良い。大抵の上級者はステータス用の防具はアイテムボックスに入れて、実際に身につけるのは見た目が気に入ったもの……という風に使い分けをしている。
「こ、こなたはまた何かやってしまったのか?」
「はぁ……おいあかり、銀華のステータスを一通り整えてやれ、こいつの腕前だ、攻撃系ガン振りで大丈夫だろう。俺は周囲を警戒しておく」
「は、はい! 銀華さん、こちらへ……」
あかりと銀華は砲塔の陰に隠れると、ステータスの整備を始めた。
そして必然的に、あかりは気づく。
「あれ? なにこのスキル……」
◆◇◆
────そして現在。
今の銀華は、数時間前の銀華とはまるで別人だ。有り余るステータスポイントを攻撃系に振り切り、取れる限りの攻撃系スキルを取得し、さらに、カティサーク号にピックアップされた時に、ノワールから一流の武具一式を貸し与えられている。ついでに、ノワールの入れ知恵で攻撃系のバフやアイテムを一通り重ね掛けしてあるのだ。もはや、誰も銀華を止められない。
舞い上がった銀華が、無限捕食機関の翼目掛けて白刃を突く。最上位層クラスの攻撃ステータスから放たれる、デタラメなダメージ倍率の通常攻撃は、防御貫通のスタースキル『真空切断』により全て余すことなく翼へと叩き込まれる。
「落ちろ」
白く鋭いダメージエフェクトが翼の付け根を貫き、左翼が切り落とされる。再び悲鳴が轟き、全ての翼と飛翔能力を失った無限捕食機関は城壁の目の前の砂地に落とされた。