暴走列車 39
城壁の上の砲塔、数千機が一斉に火を噴き、青い光線が一斉にスレイプニルに降り注がれる。スレイプニルの第2射がカティサークに向けて放たれる、まさに直前の出来事であった。
激しく揺れるスレイプニルのブリッジ。警報が鳴り響き、赤い回転灯がブリッジを真っ赤に染める。ロキは叫ぶ。
「何が起こった! 報告しろ!」
「攻撃です! 攻撃を受けています!」
「そんなことは分かっている! 一体誰が────」
ロキの目に飛び込んでくるフリードの夜景。城壁の上で、サーチライトに照らされながら、第2射の準備をしている無数の砲塔。
「そんな馬鹿な……!!! ハイパーブリッジを起動! 緊急退避しろ!!」
「は、はい! ぐあああっ!?」
再びスレイプニルを襲う衝撃。青い爆炎が船の外を包み込む。エネルギーバリアはとっくの昔に叩き割られている。むき出しの装甲を貫く光線が艦の内側を滅茶苦茶に破壊し、瓦礫と山と火の海に変える。
「艦の損壊率68%! このままハイパーブリッジを起動すれば船体が空中分解します! どうしますか艦長!」
「ロケットエンジン、4番から39……いえ、全機機能停止! 飛翔できません! 墜落します!」
「艦長! 艦長!」
ロキは慌てて立ち上がると、バタバタと転げるように走った。
(間に合え……!)
ブリッジを飛び出し、混乱した廊下を、船員を突き飛ばしながら全速力で走る。
「どけ! どけ!」
向かう先は船の重力炉。
(この艦はもうだめだ! せめてハート・オブ・スターだけでも回収しなければ!)
船外活動用アンプルをガラスごと嚙み砕いて飲み込み、ありったけの防御バフを付与する。再三の砲撃によりさっきまで走っていた廊下が吹き飛び、電灯が消える。非常灯と、炎の明かりを頼りに重力炉の前にたどり着いたロキは重力炉の整備用ハッチに手をかける。
「艦長! おやめください! 今炉心内部は超高温超高圧の状態です、今ハッチを開ければ────」
「黙れ役立たず! ぬうああああっ!」
ハッチが開かれ、圧力の均衡が破られる。重力炉内部の高温高圧はプラズマの刃となって溢れ出す。環境ダメージとは異なる、爆発のダメージ判定が発生してしまい、ロキのHPがごっそりと削られる。船外活動船員達はおろか、廊下やハッチまでもが、溶け、断ち切られ、吹き飛ばされる。ロキはHP回復ポーションを使用しながら重力炉の中央部に鎮座するハート・オブ・スターに手を伸ばした。
(掴んだ!)
ハート・オブ・スターを握りしめ、アイテムボックスに格納する。ロキはできうる最速でホログラムウィンドウを操作し、帝国軍の支配下にある惑星へとワープした。
ロキがワープの光に包まれて消えた直後。都市防衛火器群管制システムの第4射がスクラップ同然のスレイプニルに降り注いだ。スレイプニルは墜落することなく、青い爆炎に包まれて空中で塵になった。第1射がスレイプニルに命中してから、わずか2分足らずの出来事であった。
◆◇◆
スレイプニルを塵にしたアルセーニャは、迫りくる無限捕食機関へと狙いを変える。カガミが叫ぶ。
「キララは翼を狙えと!」
「わかってる!」
再び火を噴く都市防衛火器群管制システム。爆風に靡くアルセーニャの銀の髪に、青い砲火が照りつく。
無限捕食機関の巨大な体躯は、降り注ぐ青い光線を余すことなく受け止める。悲鳴を上げる無限捕食機関が大きく怯み、侵攻がほんの一瞬停止する。
(戦艦を2分で解体できる砲撃だ! これならいくらなんでもひとたまりもな────)
「え────」
削れてはいる、目に見えて削れてはいるのだ。長い長いHPバーの僅か1割にも満たないが。
(噓でしょ? これを食らっても1割も削れないの!?)
アルセーニャとカガミの額に汗が滲む。無限捕食機関はフリードの目の前だ。あと500mもない場所まで迫ってきている。だというのに、アリスが50%まで削った無限捕食機関のHPは度重なる帝国兵の自爆特攻により60%のところまで回復している。都市防衛火器群管制システムだけではない、城壁の周りに集まった数千人のプレイヤーだって無限捕食機関を攻撃しているのにだ。あまりにも攻撃力が足りない、このペースでは、無限捕食機関を倒しきるどころか、翼の部位破壊だって間に合わない。
(奴の防御力が高すぎるんだ……! 都市防衛火器群管制システムはトータルの火力で見れば凄まじいが、砲撃一発一発の攻撃力はそれ相応。防御力が高い相手と戦うのは苦手……ということか)
カガミは歯ぎしりをした。仮に、都市防衛火器群管制システムの砲塔1機の攻撃力が10000、数が1000機だとしよう。これを、防御力100のスレイプニルに対して使えば1回の一斉砲撃で与えられるダメージは(10000-100)×1000で約1000万。しかし、防御力9999の無限捕食機関が相手では、(10000-9999)×1000で1000ダメージにしかならないのだ。極めて相性が悪いと言わざるを得ない。これがもし、一発で1000万ダメージを与える大砲であれば、話は大きく変わっただろう。
「操縦代わって! 私の不確定性原理で、砲撃の威力を増幅できるかやってみる!」
「あ、ああ!」
そう言ってアルセーニャが近くの砲塔に触れようとした瞬間だった。サーチライトが消灯し、次々と砲塔が格納されていく。
「そんな!」
「もう時間切れか……!」
都市防衛火器群管制システムの起動時間は最大3分。強力な兵器である都市防衛火器群管制システムをずっと使えるわけがないのだ。
地上から無限捕食機関に向けて放たれる無数の光線は、無限捕食機関を微かに、だが確かに削っている。しかし圧倒的に足りない。放たれる猛烈な熱波が、アルセーニャとカガミの肌を焼くほどの距離にまで無限捕食機関は迫っている。距離にして────40m。
「熱っ!」
「クソ! 城壁を飛び越えられる!!」
アルセーニャとカガミの頭上を照らす無限捕食機関の巨体。無限捕食機関の頭部が城壁をほんのかすかに越えた。その時だった。