暴走列車 38
「クリームヒルト様より伝達、至急、鉄靴のカティサークを撃墜せよと!」
「あのメンヘラ女……意気揚々と単身で乗り込んでおいて、まさかしくじったのか? 全く、世話が焼ける。180度回頭、目標、『鉄靴の魔女』カティサーク号。速やかに撃墜しろ」
「はっ! 180度回頭! 急げ急げ!」
夜空の中を旋回する高速戦艦スレイプニル。その下、ロケットの炎を背負って飛ぶ無限捕食機関目掛けて一直線に突っ込んでくる黒い船。鉄靴の魔女のカティサークだ。
カティサーク号の中、激しい戦闘でボロボロになったブリッジに警報が鳴り響く。
「ス、スレイプニルにロックオンされています! 攻撃、来ます!」
「艦首にエネルギーバリアを集中、強行突破します。総員、衝撃に備えよ」
スレイプニルの針山のような砲塔が赤く輝き、無数の光線が束になってカティサークに降り注ぐ。ブリッジの外、窓が真っ赤に染まるほどの閃光と轟音、何重ものエネルギーバリアが瞬く間に砕け散り、カティサークの船体が悲鳴をあげる。
「エネルギーバリア全壊! 復旧まで90秒!」
「復旧の必要はありません、炉心の全エネルギーをエンジンに集中。全エンジン、一杯」
「は、はい!」
カティサークの船体後方、ロケットエンジンが咆哮する。再びブリッジに鳴り響く警報音。
「攻撃がまた来ます! ノワール様!」
ノワールはホログラムウィンドウを操作し、時間を確認する。
「問題ありません。────時間です」
◆◇◆
同刻、自由都市フリードの城壁。夜の冷たい強風が男のフードを脱がす。戦場を照らす無限捕食機関のロケットエンジンは、悪趣味なシャンデリアのようで。その輝きが男の黒髪のシルエットを浮き上がらせる。男の隣に立つ護衛の少女────アルセーニャは男を睨んだ。
「自由都市フリードには古代文明時代の防衛兵器が無数に設置されているけど、そのどれもが故障していて、動作しない……ね。SOOのサービス開始から僅か14時間で、防衛兵器の起動方法を突き止めて、他の人間が防衛兵器への興味を失うようにデマまで流すなんて。さすがだにゃ。”情報屋”のカガミ君」
「情報アドを取ることが情報屋の戦い方だからな」
「君がSNSでこの騒ぎを聞きつけていなかったらどうなっていたことか。もしもの時のために、ボクやノワールにくらい、防衛兵器のことを教えておいてくれてもよかったんじゃないのかにゃ?」
「そういうわけにはいかない。なぜなら情報は有料だからだ。知りたいことがあるのなら金を払え」
そう言ってカガミが指を振ると、黄金のホログラムウィンドウが起動する。本来であれば一部の上位NPCにしか起動できない、全都市情報管理用ターミナルウィンドウだ。カガミは、ホログラムウィンドウを操作し、防衛兵器の管理画面を開くと、起動コードを入力していく。
(シークレットモードだからキーボードの文字見えないけど、指の動きなら……)
横目でカガミの手元を覗くアルセーニャを、カガミは鼻で笑った。
「一文字押すたびにキーボードの配列が変わるタイプのキーボードだ、指の動きを覚えようとしても無駄だぞ。コードを知りたければ金を払え」
「ふん!」
そう言って、アルセーニャが腕を組んでそっぽを向くと同時に、フリード中にサイレンと電子音声が鳴り響く。
「”都市防衛火器群管制システム、起動”」
直後に、地鳴りと共にフリードの城壁の上から無数の砲塔が姿を現す。天へと伸びるサーチライトに照らされる数千機の砲塔、その全ての制御権が、カガミの手元、黄金のホログラムウィンドウに集約されている。カガミの指先の動きに合わせてキリキリと動く砲塔、アルセーニャは目を輝かせた。
アルセーニャはカガミに抱きついて、上目遣いをしながら甘い声でおねだりした。
「カガミくん、アルセーニャにも、操作させて欲しいにゃ~」
「離れろ! 俺はコイツを起動するにふさわしいタイミングをずっと待ってたんだ! 貸すわけないだろ! これは俺のだ!」
「あーんずるい! ちょっとくらい触らせてくれたってバチはあたらないにゃ! お願いカガミくん♡」
「あっちに行け! しっしっ!」
「うう~こうなったら……オラ! 貸せ! 私にも操作させろ! このデータキャラ気取り!」
「本性表したなクソ猫が! お前に貸すくらいならフリードを見捨てるぞ俺は!」
カガミとアルセーニャが城壁の上で馬鹿をやり始めたその時だった。夜空を震わす轟音が響き、赤い閃光が戦場を照らす。スレイプニルの砲撃がカティサークを襲ったのだ。顔を見合わせるカガミとアルセーニャ。
「早く早く早く! 急いで急いで急いで!」
「えーっと、あーっと……どれがセーフティ解除ボタンだ?」
「下手くそ! 貸して!」
「あ、ちょ! おい!」
ホログラムの操縦桿をカガミから奪ったアルセーニャは、あろうことか直感で無数のボタンを操作し、セーフティを瞬く間に解除すると、上空のスレイプニルに狙いを定め、引き金を引いた。