暴走列車 36
砲火が飛び交う夜空の下で、砂の大地を全力疾走する機動衛兵。しかし貧弱な砂地は機動衛兵の超重量を支えきれず、巨大な足が踏み込まれる度に砕け、沈み、泥沼のようにまとわりついて、機動衛兵の足を引っ張った。
コックピットの大きな揺れに合わせて乱れる黄金の髪、アリスはどんどん遠ざかっていく無限捕食機関のロケットエンジンの光を睨んだ。
「ノワールまずいよ! この子の足じゃアイツに追いつけない! 何とか足止めできない!?」
「”……申し訳ありませんアリス様、今、それどころではありません”」
ワンテンポ置いて返ってきたノワールのボイスチャットには、激しい戦闘の音が乗っていた。
「戦闘音!? ノワール! 船で何が起こってるの!?」
ノワールからの返答は無い。機動衛兵のはるか上空、カティサーク号のブリッジの窓からは点滅する光が漏れていた。
(くっ……自分で何とかするしかない……! そうだ、この子を元の姿に戻せば────!)
機動衛兵を大剣の姿に戻せば、身軽になったアリスが宇宙船をヒッチハイクして無限捕食機関の行く手に先回りすることができるだろう。しかしアリスは躊躇った。
(でも、そもそも戻し方わかんないし……仮になんとか戻せたとして、もう一度機動衛兵を起動するのにクールタイムが無いとは思えない)
これだけ強力な機動衛兵をクールタイム無しで何度も出し入れできるわけがない、というゲーマーとしての直感。それ相応のクールタイムがあるはずである。もし仮にクールタイムが1時間だったとして、一度でも機動衛兵をもとの姿に戻してしまえばその時点で詰みである。そんなリスクを取れないアリスは、とにかく機動衛兵を走らせるしかなかった。
「だけどこれじゃ……!」
◆◇◆
フリードの城壁付近には、SNSなどで事態を聞きつけた数千人のプレイヤーが無限捕食機関の迎撃のために集まっていた。
「来た! 来たぞ────ッ!」
プレイヤーの一人が指さす夜空に浮かぶ、巨大な光の塊。
ロケットの眩い輝きを背負い、飛翔する無限捕食機関の周りでは、フリード側の宇宙船と帝国側の宇宙船が激しく入り乱れていた。無限捕食機関と並行して飛ぶ大型宇宙船のパイロットは無線で叫ぶ。
「翼を狙え! 部位破壊すればワンチャン落とせる! 右翼から狙うぞ! 右翼だ! 伝達しろ! 回せ回せ!」
名前も知らないプレイヤー達との行き当たりばったりの連携。数十機の宇宙船が機銃を一斉に撃ち、放たれた光線が無限捕食機関の右翼に降り注ぐ。しかしそんなプレイヤー達の努力は虚しく、微かに削れたHPは帝国の船の自爆特攻一発で即座に回復されてしまう。
「クソ帝国共が! これじゃ翼の部位破壊なんて無理だ!」
「”大口径の機銃を積んでる攻撃機は翼を狙え! 俺たち戦闘機組は帝国の船を狙う!”」
「"おい皆聞いてくれ、足止めさえできれば機動衛兵がアイツを倒してくれるはずだよな? HPは削れなくても、ワイヤーかなんかでアイツを拘束して逆方向に引っ張れば引き戻せるんじゃないか?"」
「”そんなことできるわけないだろ! いいから攻撃しろ!”」
「いやそれワンチャンある! 引き戻すのはともかく、進路をずらして遠回りさせることはできるかもしれん!」
「”エンジン推力に自信のある奴らは左舷側に集まれ! 奴を左に牽引するぞ!”」
「”クソ、やるなら全員でだ!”」
一縷の望みに賭けプレイヤー達の船が次々と無限捕食機関の左舷側に移動し始めた、その時だった。
「"いい考えだな。だが、それは無理だ"」
突然、赤く輝く巨大な光線が夜空を切り裂いて、プレイヤー達の船目掛けて降り注いで来た。
「うわあああああっ!?」
「"ぎゃあああああっ!?"」
「"クソ! 新手だ! 落ちる! 落ちる────ッ!"」
その光線に次々と撃ち落とされていくプレイヤー達の船。炎に包まれた操縦室の中で大型宇宙船のパイロットは上空を見上げ、そして唖然とした。
星空を覆い隠す巨大な影、8枚の翼を持つ宇宙戦艦。
「あれは帝国軍の……! 2番艦……高速戦艦スレイプニル……!?」
◆◇◆
クリームヒルトとの激しい戦闘が行われているカティーサークのブリッジ。操縦席の陰に隠れて操縦桿を握っていた新人メイドが叫ぶ。
「ほ、報告! 空域内に惑星級炉心の反応が出現! こ、これは……ま、まずいです! 帝国軍のスレイプニルです! 敵です!」
ざわめくメイド達。それを見てクリームヒルトは高笑いした。
「あはは! どうやら本当に詰んだようね!」
ノワールが放った蹴りをクリームヒルトはガントレットで受け止める。赤熱した脚鎧から飛び散る火花がブリッジを照らす。クリームヒルトはすぐさま反撃の蹴りを放ち、それをまともに受けてしまったノワールの身体が吹き飛ばされ、ブリッジの壁に激突する。
「がっは!?」
「ノワール様!」
「ヒール回して! 急いで!」
何重にも重ね掛けした防御バフの上から、ノワールのHPを9割削る程のデタラメな通常攻撃。キララを警戒し、対実弾銃防御に特化した装備構成にしていた先程までのクリームヒルトとは訳が違うのだ。これが本来の対人戦装備を身につけたクリームヒルトのステータスである。
(バルムンク以外の戦艦は反乱軍のリベリオン号を攻撃していると聞いていましたが……こちらの状況を聞いて艦を動かしましたか。ロキめ、小賢しい真似を……)
「この! っきゃああっ!?」
「がっ!?」
次々と攻撃を仕掛けるメイド達を片手で薙ぎ払ったクリームヒルトは、ブリッジの大型モニターに映るレーダーを眺めた。巨大な赤い点が、恐るべき速さでみるみるうちにフリードへと迫っていく。
「……のこり3kmといったところかしら、時間にして数分もかからずに無限捕食機関はフリードへ到達する。鈍重な機動衛兵では無限捕食機関に追いつけない。近づく宇宙船は全てスレイプニルが撃ち落とす。さて、どうやってこの状況をひっくり返すつもりかしら。鉄靴の魔女サマ?」
ノワールは壁に手を突きながらよろよろと立ち上がると、静かにクリームヒルトを見つめた。
「……そうですね。確かに詰んでいます。レイ様は"星"を使った反動でまだ動けないはずですし、リベリオン号は貴女のお仲間に絡まれているせいで救援には来れないはずです。アルセーニャ様も恐らく宇宙船に致命的なダメージを負っているはず、もう一度隕石を落とすことはできないでしょう。無論、我々にも打つ手がありません。そもそも貴女を排除できませんから」
「潔いじゃない。気に食わないわ、その態度」
ノワールは床に倒れていた椅子とミニテーブルを立たせると、椅子に優雅に腰かけて脚を組んだ。
「私にできることと言えば、キララ様がこの状況を覆す手立てを持っていることを祈ることくらいですね」
クリームヒルトはそれを鼻で笑った。
「ふん、結局あの女頼みとは……けどね、今回ばかりはアレにも打つ手が無いわよ。アレの貧弱なステータスではそもそも無限捕食機関に一切干渉できないもの」
しかしノワールは微笑んだ。
「くす、そうですね。私もそう思います。理屈で考えれば、キララ様は無限捕食機関に一切干渉できません。無限捕食機関には宇宙戦艦で言う重力炉のような弱点があるわけでもありませんから……」
クリームヒルトは眉をひそめた。
(あの爆発はやっぱりあの女の仕業だったか……)
「今回は相手が悪すぎます。流石のキララ様もお手上げでしょう。ですが……」
ノワールは破壊された天井から覗いている星空を見上げて微笑んだ。
「あの方なら何とかしてくれる。何故か、そんな予感がしてならないのです」