暴走列車 35
帝国の宇宙船が無限捕食機関に衝突するその直前。上空から降り注いできたミサイルの雨が帝国の船をまとめて撃ち落とした。爆炎が夜空を照らし、機動衛兵の巨大なシルエットが映し出される。
「誘導弾、全弾命中!」
カティサーク号のブリッジにメイドの声が響く。
「オーバーキルになっても構いません。誘導弾の使用を惜しまず、無限捕食機関に近づく船は確実に撃ち落としてください」
そう言って椅子で優雅に脚を組み、紅茶のカップに口をつけるノワール。操縦席の一つに座る新人メイドは、隣の席に座る先輩メイドにひそひそと話しかけた。
「あ、あの……誘導弾って物凄く高価なんじゃ……」
「そうですね、さっきの攻撃分でざっとまとめて4億5000万クレジットといったところでしょうか……」
「よ、4億……そんなものバンバン撃って大丈夫なんですか?」
「ノワール様もそれだけ本気なのでしょうね」
モニターに映し出される、迫りくるフリードの城壁。後退を続けながら無限捕食機関を攻撃するアリスの機動衛兵。もう一刻の猶予もない。何か一つでも選択をミスすれば、無限捕食機関はその巨体であっという間にフリードの城壁を破壊するだろう。
ノワールの脳裏では細やかな計算が行なわれていた。歴戦のMMOプレイヤーであるノワールは敵のHPの減少ペース、スキルの効果時間、クールタイム、フォトンの自動回復速度などを息をするように計算し、管理できるのだ。
(このペースであれば奴がフリードに到着する直前にHPを削り切れます。しかし、この状況をあのクリームヒルトが看過するとは思えない。もうとっくにリスポーンしているはずなのに、戦場に姿を現さないのは何故でしょうか?)
ノワールが顎に手を当てた、その時だった。
◆◇◆
「よい……しょ!」
アリスの大剣が無限捕食機関の頭を捉える。コックピットにまではっきり伝わる振動と轟音、HPバーが大きく目減りし、12本あるHPバーの内の6本目が空になる。
(残りHPは50%、セオリー通りならここで大技が飛んでくるけど……!)
『残りHP50%』というのは特別なタイミングだ。多くのゲームに出てくる多くのボスが、このタイミングで強力な大技を使用したり、形態変化したりするのだ。歴戦のゲーマーであれば、例え初見の敵であっても残りHP50%のタイミングには特別な警戒をするだろう。もちろんアリスもその例に漏れない。大技を警戒し身構えるアリス。悲鳴を上げる無限捕食機関が赤熱する翼を大きく広げる。
(来る─────!)
しかしアリスのその警戒は無駄であった。
無限捕食機関が大きく咆哮すると、翼に格納されていたロケットエンジンが姿を現し、眩いジェットが噴き出される。アリスは目を見開く。
「嘘でしょ!? そのデザインで飛べるの!?」
無限捕食機関の翼はその巨大な図体に対してはあまりに小さすぎる。とてもでは無いが飛べるようには見えない。しかし無限捕食機関の身体が、ジェットの激しい輝きを纏いながら、轟音と共に浮き上がる
アリスのメタ読みを裏切る飛翔。アリスは慌てて無限捕食機関に斬り掛かるが、鈍重な機動衛兵では攻撃が間に合わなかった。
機動衛兵の唯一にして最大の弱点。機動衛兵は空を飛べない。
「まずい! これじゃ攻撃できない! 進行を止められない!」
◆◇◆
カティサークのブリッジでは、ノワールを含めたプレイヤー達が唖然としてその様子をモニター越しに見ていた。メイドの一人がポツリと言葉を零す。
「ありえない……機械兵の王は空を飛べないはずなのに」
だがそれは機械兵の王の話だ。このボスはその強化個体とも呼べる無限捕食機関、機械兵の王に出来ないことが出来たってなんら不思議はないのだ。
地上を這いずっていた時の何倍ものスピードで飛翔を始める無限捕食機関。ノワールのような上級プレイヤーでなくてもわかる、この速度であれば無限捕食機関は一瞬でフリードにたどり着き、城壁を飛び越えて街区を破壊しつくすだろう。
ノワールが椅子から立ち上がって叫ぶ。
「翼を部位破壊すれば飛翔能力を失うかも知れません! まずは右翼を狙います! 総員、攻撃用意!」
「は、はい!」
ノワールの指示は最速かつ最適だったが、声には隠し切れない焦りの色が見えた。メイド達はこんなに焦ったノワールの声を聞いたことが無かった。ブリッジに動揺が走る。そんなノワール達に追い打ちを掛けるように────
「させないわよ、そんなの」
突然声が降ってきたかと思うと、天井が破壊され、何者かがカティサークのブリッジへ侵入してきた。砂煙を突き破って放たれる拳を、間一髪で躱すノワール。
「……やれやれ、いつから盗み聞きをしていたのやら」
「いい気味だわ。いつも余裕かましてるお前に、そんな顔をさせてやりたかったの」
メイド達が次々に武器を向けるその先、クリームヒルトは掛かって来いと言わんばかりにガントレットを高く掲げた。