暴走列車 34
「く、屈辱ですわ……!」
まねきねこのカウンターの裏にある和室で、レイは屈辱の涙を流した。8畳ほどの和室にはちゃぶ台や、アンテナ付きの赤いブラウン管テレビや、両手を上げる招き猫など、趣味の良いナナホシの私物が置かれている。
「匿ってくれてありがとね、ナナホシさん」
「お安い御用っスよ。他にもなんでも遠慮なく仰ってください」
「じゃあ……この前くれた船外活動用複合アンプル、在庫があるなら買わせてくれない?」
「緊急事態ですからお代は結構っスよ。どうぞ好きなだけ持って行ってください」
「いや、今回使うかどうか未定だから払うよ」
「そうっスか? じゃあ間をとって割引ということにしましょう」
ナナホシから船外活動用複合アンプルを買うキララの隣で、レイは咽び泣いた。
(うっ、うっ……私は、SOOで最高のテクノロジーの結晶、世界最小の超小型重力炉を搭載した最新世代の宇宙戦艦なのに……! いくらなんでもこれはあんまりですわ! 確かにこれなら安全な場所で効率よく炉心の冷却が出来ますけど!)
畳の上に横たわるレイの頭は、ナナホシのミニ冷蔵庫の中に突っ込まれていた。キララは上着を脱ぎながらレイを見つめる。
「なかなか冷えないんだね。部屋が暑くなってきた」
「ミニブラックホールが丸々一個蒸発してますのよ! 冬場のカップラーメンとは訳が違いますの!」
冷蔵庫の中から、レイのくぐもった叫び声が聞こえてくるのを見て、ナナホシは吹き出しそうになるのを堪えた。
「エ、エアコンつけた方が効率上がりそうっスね、ちょっと待ってください、エアコンフルパワーにするんで」
「エアコン……」
再び現れた庶民的な冷却手段に、レイはショックを受けたようだった。
ナナホシはフリードの防衛に貢献出来ることが嬉しかった。雑貨商人であるナナホシは、戦闘で直接の貢献をするのは難しいし、武器などの供給については武器商人であるノワールが居るのでその役割も持てない。
フリードに店を構えるものとして、一人の上級プレイヤーとして、キララやアリスといったほんの初心者に『守ってもらう』状況は、歯痒いものがあったのだ。
(冷蔵庫、買っといて良かった〜)
エアコンの運転音に混じって、フリードの外で行われている激しい戦闘の音が微かに聞こえる。無限捕食機関は確実にフリードに迫って来ているのだ。キララがおもむろに口を開く。
「アレが『無限捕食機関』って名前である以上、何かを食べようとしてるんだと思うんだけど……フリードにはそんなに美味しいものがあるの?」
「これは推測に過ぎないんスけど……フリードって『古代文明時代の砦を開拓者達が勝手に拠点にしてる』って設定の都市なんで、その遺物が町中に存在するんスよ。都市防衛障壁のジェネレーターとか、今は起動不可能なっている防衛兵器管制システムとか、高さ140mの鋼の城壁とか、プレイヤーの不法行為を咎める衛兵NPCも古代文明時代のバトルドロイドですし……そういう意味では、フリードは”ごちそう”かもしんないっス……あとそれから、別に責めてるわけじゃないっスけど……」
そう言ってナナホシは冷蔵庫に頭を突っ込んでいるレイを見つめた。キララはわざとらしく口を手で覆う。
「……しまった、この子、一番のごちそうかもしれない」
レイの右眼に埋め込まれているのは、無限のエネルギーリソースであるハート・オブ・スター。間違いなくメインディッシュ級のごちそうだと言えるだろう。レイは冷蔵庫の中で叫んだ。
「悪かったですわね!!!」
◆◇◆
(クソ! コイツら勘づきやがった!)
無限捕食機関と機動衛兵の足元では、討伐隊と帝国兵達の激しい戦いが起こっていた。討伐隊の中にも、帝国兵の中にも、観察力に優れた上級プレイヤーは居る。無限捕食機関にキルされると、無限捕食機関のHPが回復する……という仕様にプレイヤー達が気づくのは時間の問題であった。
「帝国兵を無限捕食機関に近づけるな!」
「ふざけんなクソトロール共が!」
「撃ち殺せ─────っ!」
「何としても無限捕食機関の足元に辿り着くんだ!」
「回復アイテムを温存するな! 使い切れ!」
「光学迷彩を使え!」
射線を通しやすい戦車の上から、クロウはとにかく帝国兵達を撃った。攻撃系にステータスをガン振りしているクロウの攻撃は、その全てがヘッドショットであることも相まって凄まじい攻撃力を持つ。クロウの攻撃が届く場所では、帝国兵達は為す術なく倒されるしか無かった。クロウ自身、もう何百人撃ち殺したのか分からない程だった。
しかし、クロウの攻撃が届かない場所はそうもいかない、具体的には───
「クソ! また突っ込んできた!」
討伐隊の攻撃機からの攻撃を受け、黒煙を吹き上げながら無限捕食機関に突っ込んでいく帝国の大型宇宙船。無限捕食機関の巨体にぶつかって宇宙船が爆発すると、無限捕食機関のHPが1割程、ごっそりと回復する。
(とてもじゃないがアレは撃ち落とせん! クソ、指をくわえて見てるしかねぇってのか!)
「また来たぞ!」
「させるかよ! 撃ち落とせ─────ッ!」
討伐隊のプレイヤー達が上空を飛んでいく帝国の船を攻撃する。しかし、無限捕食機関の元にたどり着くことさえ出来ればそれで良い帝国の船は、本来攻撃に回す分のエネルギーを全てバリアに回しており、普段よりずっと防御力が高い。ダメージは与えられても、撃墜にまでは至らなかった。
(クソが! また回復される!)
帝国の宇宙船が無限捕食機関の巨体に激突する、その直前だった。