暴走列車 33
「アリスさん……上手いっスね」
「ロスサガ最強のプレイヤー、聖剣のアリスの名は伊達ではありませんよ」
「聖剣のアリス……」
ナナホシとノワールは、大型モニターの中でアリスが無限捕食機関を一方的に攻撃する光景を眺めていた。
(キララさんの言ってた『猫じゃ済まないかも』ってこういうことっスか……)
ロボットの操作も無限捕食機関と戦うのも初見だと言うのに、アリスは無限捕食機関を圧倒していた。無限捕食機関の攻撃は空振りばかりであるのに対し、アリスの溜め攻撃は百発百中で無限捕食機関の頭部を捉える。恐るべきゲームセンスの高さだと言えるだろう。
「そろそろ見切り始める頃ですかね、ここからがアリス様の本領発揮ですよ」
「まだ上手くなるんスか」
アリスは突然、意味のわからない場所で、何も無い場所を狙って大剣を溜め始める。アリスに近づき、翼を大きく振りかぶる無限捕食機関。すると、その振りかぶり動作で大きく横にぶれた頭部が、アリスの剣が狙う場所に吸い込まれるようにして転がり込んで来て─────
(うわ……大昔の狩りゲーのタイムアタックで見たことある奴)
ロスサガやSOOに限らず、身体を自由に動かせるという利点のあるVRゲームはアクション性が強いことが多く、MMORPGなどのジャンルであったとしても、昔のアクションゲームでよく見られた光景を頻繁に目にすることがあるのだ。
モニター越しではなく、ブリッジの外から直接聞こえるほどの轟音。大ダメージを受けた無限捕食機関が転倒する。
「真に優れた大剣使いは未来予知が出来る……大剣の機動衛兵のパイロットとして彼女程の適任はいないでしょうね」
機動衛兵の動きは、プレイヤーの軽快な動きに比べると鈍重だ。先読みができる人間が操縦しなければ、攻撃を当てることはおろか、敵の攻撃をかわすことだって難しいだろう。
「ノワールさん、ちょっと気になったんスけど。こんなに強力な武器があったんなら、どうして最初から使わなかったんスか?」
ノワールは、一歩後ろに立っているナナホシの方へ振り向いた。ナナホシはおろおろと眼を逸らす。
「あ、いや、別に責めてるわけじゃないんスよ? ただ、ノワールさんってこういう時に手札を温存するイメージがなかったんで……」
「そうですね。必殺技を抱え落ちするくらいなら、無駄撃ちになったとしても撃った方がいい……私はそういうプレイヤーですから、不思議に思われるかもしれません。ですがまぁ」
ノワールは目線を大型モニターへ戻した。
「単純に、あのモンスタートレイン相手に機動衛兵を出しても仕方がなかったというのが一つ。機動衛兵は一体多数戦が苦手ですからモンスターの大群を相手するのは論外。空も飛べませんからバルムンクの相手もできません。バルムンクの上空で機動衛兵を起動して甲板の上に載せる……というのも考えましたが、振り落されるのが関の山でしょう」
「それはまぁ、確かに」
「そしてもう一つ……これが機動衛兵を運用する上で一番深刻な問題だったのですが……そもそも機動衛兵を起動できなかったんですよ」
「え?」
ノワールは大型モニターを見つめたまま話を続けた。
「地下の起動武器の存在を知っていたのは、私とカガミ様、ターミナルオーダー創設メンバーであるルミナ様とステラ様、そして、鉄靴の魔女の副クランリーダーであるメイド長だけ。ですが、誰一人としてあの剣を抜けなかったのです」
「っ、それじゃあ、なんでアリスさんは────」
「だから『英雄になるつもりはないか?』と、そう申し上げましたでしょう?」
ナナホシは言葉を失い、ノワールの後ろ姿を見つめるしかなかった。
「ロストサーガファンタジアで誰も抜けなかった聖剣を抜いた少女は、こちらの世界でもあっさりと聖剣を抜いてみせた……やはり、英雄と呼ばれる人間は何か凡人では持ちえない運命を持っているのでしょうね」
そんなことを言うノワールの後ろ姿にはどこか陰りがあった。
(ノワールさん……貴女まさか、本当は……)
いや、そんな推測は失礼だとナナホシは首を振った。そんなナナホシの葛藤と裏腹に、ノワールは邪悪な笑みを浮かべてナナホシの方へ振り返る。
「なーんて。"ロスサガ仕草"が出てしまいましたね。運命だなんてくだらない。所詮はゲーム、あの子は極めて運が良いだけです」
そう言ってノワールは恍惚とした表情でモニターを見つめた。
「むしろ何という好都合。これであの子は私に一生分の借りができたも同然です。くく……」
ナナホシにはその仕草こそが"ロスサガ仕草"であるような気がしてならなかった。そんなナナホシの視界の端に、チャットが届いた通知が流れる。ホログラムウィンドウを操作しチャットを開くナナホシ。
「失礼、チャットが……キララさんからだ……!」
「おや」
チャットを閉じたナナホシはマップを起動した。
「すみません、呼ばれたので行ってきます」