暴走列車 32
少し前。鉄靴の魔女の館、地下。
扉を開けたアリス達の前に姿を現したのは、岩室の床の岩に刺さる1本の剣だった。アリスの使う大剣ほどの大きさのその剣は、柱状節理を思わせる、筋の通った黒い岩を無理やり剣の形に砕いたような形をしていた。剣の柄の部分から刃先の方まで、刃の中央に亀裂が走っておりその亀裂から白い光が漏れている。剣が突き刺さっている部分の岩は、剣の材質と同じような黒い岩に変質していた。
「大剣?」
アリスは首を傾げる。ナナホシはその隣で剣を見つめたまま固唾を飲んでいた。
「アイテムとしての分類は武器、大剣になりますが、それの本質は剣とは異なります。まぁ、とにかく抜いてみてください」
アリスは促されるままに剣を岩から抜く。ノワールはその様子を見て微かに目を見開いた。
「攻撃力12万、基礎会心率120%!? スキルもめちゃくちゃ付いてるし! 何この武器、強すぎるんだけど!」
「……そんなものはおまけに過ぎませんよ」
「本質がどうのって話だね。どういうこと?」
アリスは身の丈ほどもあるその剣の剣先を下ろし、ノワールの方へ振り向いた。
「起動キーなんですよ。それは」
「起動キー? 何の?」
ノワールは微笑む。
「ロボットですよ。それも、人が乗れるくらいとびきり大きな、ね」
◆◇◆
「来て! 機動衛兵─────ッ!」
アリスが掲げる剣が眩い白い光を放つ。
「"イデアシステム起動。機動衛兵、緊急生成"」
戦場に響く電子音声。アリスの身体を包み込むように、ポリゴンの破片が空間から滲み出てきたかと思うと、それはあっという間に鋼の巨人になった。咆哮と共に振り下ろされた無限捕食機関の翼を、鋼の巨人が腕で受け止める。金属と金属がぶつかり合う轟音。熱を纏った衝撃波が地上のプレイヤー達に襲いかかり、火花が滝のように流れ落ちる。
その様を下で見ていたクロウは思わず感嘆の声を漏らす。
「おぉ……! おおおお……!」
無限捕食機関に負けず劣らずの50mの巨体。要塞を思わせる、飾り気のない無骨な黒い鋼のシルエット。胸の中央で鋭い光を放つ白いコア。無機質な単発式のカメラアイ。先史時代に対終末因子戦を想定して造られた最終兵器、SOO世界で最高の陸上戦闘能力を持つ鋼の巨人、『機動衛兵』だ。
冷たい鋼の奥底に設けられた操縦席で、操縦レバーを握るアリス。アリスを取り囲む9枚の大型モニターに写し出されるのは、色とりどりの光線が飛び交う夜空の下の戦場と、背後に迫るフリードの城壁、そして目の前には、汚い口をさらけ出す無限捕食機関。アリスは叫ぶ。
「機動衛兵ッ!」
機動衛兵の身体が軋み、ギアがキリキリと快音を立てる。大きく揺れる操縦席、アリスの黄金の髪が乱れる。翼を押しのけた機動衛兵が足を踏み出す。重い足音。砂地の下の岩盤が砕け散り、地面が隆起する。引き絞られた250トンの拳がソニックブームを纏って振り抜かれ────
「超音速パンチだッ!」
無限捕食機関の赤く輝く口の中に拳が叩き込まれる。鈍い音の中に金属が砕け散る甲高い音が混ざり、赤熱した部品が無数に飛び散る。4本目のHPバーの内1割程がごっそりと削り取られ、大きくのけぞる無限捕食機関が耳を劈く悲鳴を上げる。
「機動衛兵だ! 機動衛兵だ────ッ!」
「ウソだろ!? 実装されてたのかよっ!?」
「機動衛兵キタアアアアッ!」
討伐隊のプレイヤー達が割れんばかりの歓声を上げる。その歓声は上空のカティサークにも届く程だった。
「空挺降下は成功した模様! 機動衛兵の起動を確認!」
「エネルギーバリア、斥力防御フィールド、次元屈折障壁、正常展開中!」
ブリッジにメイド達の報告の声が響く、ノワールは、大型モニターに映る機動衛兵を見ながら顎に手を当てた。
「ふむ……あのパンチの推定ダメージは1億8000万なのですが……恐ろしいダメージ減衰ですね」
「い、1億8000万……SOOはいつからバカゲーになったんスか?」
「くすくす、ナナホシ様。SOOはリリース当初からバカゲーですよ」
ブリッジに機動衛兵の中から通信が入る。アリスだ。
「"ノワール! これ、なんか武器ないの!"」
「その機動衛兵の起動武器は大剣ですから。大剣が使えるはずですよ」
「"なるほど! どのボタン?"」
「すみません、わかりません」
「"もーっ!"」
通信を切ったアリスは操作盤を見渡したが、それらしいボタンもレバーも見当たらない。アリスは、天井を見ながら叫んだ。
「機動衛兵! 武器!」
「"イデアシステム起動。撃滅大剣を展開"」
アリスの声に応えた機動衛兵はその身の丈程もある巨大な剣を展開する。起動武器であるあの大剣と似ているが、起動武器の方は剣先が細くなっているのに対し、こちらは逆に剣先の方が幅広になっている。
剣を握りしめたアリスは2歩下がって剣を高く掲げると、背中の後ろ側で構える。溜め攻撃の構えだ。2歩、と言っても1歩の大きさが途轍もないので、その距離は相当なものだ。
「"フライホイール回転、エネルギーチャージ開始"」
(クセで溜め構えちゃったけど、機動衛兵も溜め攻撃できるんだ……!)
咆哮を上げ、機動衛兵目掛けて突進してくる無限捕食機関。その突進に巻き込まれる形で数名のプレイヤーが轢きつぶされ、無限捕食機関のHPが微かに回復する。目を見開いたアリスはレバーを思い切り倒す。
(ここ!)
解き放たれた撃滅大剣が、機動衛兵の背中から頭の上を通って振り抜かれる。大気摩擦で発火し、火花と炎を纏った撃滅大剣が無限捕食機関の頭部に叩き付けられる。凄まじい衝撃により地震が起こり、無限捕食機関が悲鳴を上げる。その一撃は、4本目のHPバーの内3割程を消し飛ばした。