暴走列車 31
雪うさぎを作り終わったキララは、今度は雪だるまを作り始めた。
「……あの『無限捕食機関』とかいうでかいやつ、HPバー3本と半分のHPが削れてた。君の攻撃でHPが削れていたなら、君が発砲した時点で既にバルムンクの中にアレが居たことになるんだけど……アレは所謂ボスモンスターの類に見える、ボスをトレインすることなんてできるの?」
「普通は無理ですわ。だからこそ、切り札なのでしょうね」
レイは無限捕食機関が機械兵の王というレギオンボスに酷似しているということ、機械兵の王には周囲の機械系モンスターが倒される度にバフが掛かるという特性があることを話した。
「名前が変わったの?」
キララはマヌケ面の雪だるまの背後に雪うさぎを置くと、雪だるまの胸を腕で貫いた。
「アナウンスは聞かれました?」
「終末任務がどうのこうのってアナウンスなら、聞いたよ」
「なら話は早いですわね。終末任務を起こしうる存在のことを終末因子と言うのですが、これを言い換えると、終末因子とはつまり、SOO世界を滅ぼしうる存在を表す言葉になります。バフの重ね掛けにより、世界を滅ぼしうる程の戦闘能力を手に入れた機械兵の王に終末因子としての新しい名前、『無限捕食機関』が与えられたと考えるのが妥当ですわね」
キララはヤトノカミを収納すると、立ち上がってレイの方へ振り向いた。
「君なら勝てる?」
「当然……!」
レイの強いまなざしにキララは微笑む。
「いいね、ならもう暫く君を守ってあげる」
「あ、ちょ────!」
キララはレイをそっと抱き上げた。顔を赤らめてキララをムッと見つめるレイ。
「それは助かりますが……なんで毎回お姫様抱っこなんですの?」
「ご不満ですか? お嬢様」
「からかわないでくださいまし!」
そっぽを向いてしまうレイ。キララはけらけらと笑った。
「……誰かが近づいてきてる。急ごうか」
◆◇◆
自由都市フリード近郊。
帝国の戦闘機と討伐隊の攻撃機が入り乱れる夜空の下で、討伐隊の地上部隊は戦線を下げながら無限捕食機関を攻撃した。しかし、帝国兵達がその背後から討伐隊を攻撃するせいで討伐隊は無限捕食機関と帝国兵との間に挟み撃ちされる形になってしまった。
2万人を超える討伐隊に対して1000前後の帝国兵達では、一見すると戦いにならないようだが、討伐隊のプレイヤー達は長時間の戦闘と絶望的な劣勢で、肉体的・精神的に消耗しており、しかも、初心者が混じっている討伐隊に対して帝国兵はトップ層ばかりの精鋭部隊。さらに、帝国は戦車まで用意しており、プレイヤーの人数だけで戦力を単純比較することは出来なかった。
「クソ! 何だアイツ! いくら何でも硬すぎるぞ!」
「ヤバい……俺もうアイテム無くなるわ……」
「帝国の連中がダルすぎる! 誰か何とかしてくれよ!」
「変なアナウンス流れてたし、これ負けイベなんじゃね?」
少しずつHPが削れているものの、健在だと言わざるを得ない無限捕食機関。討伐隊のあちらこちらで諦めムードが出る一方で、帝国兵達の士気は高まるばかりだった。
「帝国最強! 帝国最強!」
「GGEZ! 風呂食ってくるわ!」
「流石はクリームヒルト様だ、まさかこんな隠し玉があったなんてな!」
そんな帝国兵達からの集中砲火を受ける戦車が一台。無限捕食機関の目の前を逃げるように走る、あかり達の戦車だ。
砲塔の陰に隠れて、ホログラムウィンドウを操作する銀華とあかり。クロウは砲塔の上でリボルバーを構えた。
プレイヤーが使う光線銃程度では戦車には傷一つ付かないが、時々投げ込まれるグレネード系アイテムや敵戦車の攻撃を受ければひとたまりもない。しかし、そんな攻撃はクロウが通さない。
降り注ぐ光線の雨を躱し、空中で身体を捩じりながら、飛んでくる戦車の砲撃をリボルバーで撃ち落とすクロウ。現実で考えれば、仮に戦車の砲弾にリボルバーの弾丸を当てられたところでそれを撃ち落とせはしないだろうが、幸いなことにSOOはゲームだ。当たり判定さえ発生すれば、その場で砲弾は爆発し、消滅する。
戦車の砲弾が爆発し、赤い輝く眩い爆炎にリボルバーの銀色の銃身が照らされる。
(戦車砲が爆発するタイプの光線で助かったぜ。貫通判定があるAPFSDS弾だったら撃ち落とせなかったからな)
「クソ! なんだあの男! まさか戦車砲を撃ち落としてやがるのか!?」
「アイツ知ってるぞ! この前の撤退戦の時に反乱軍側についてた雇われプレイヤーだ!」
「集中攻撃だ! 撃ち殺せ!」
「やれるモンならやって見やがれ! このド下手共がッ!」
クロウと帝国兵達との撃ち合いが一層苛烈になる。戦車の砲塔の上という限られたスペースで回避を強いられるクロウの身体に光線が掠め、コートやシャツに焦げ跡がつく。その一方で、戦車の攻撃ペースに慣れてきたクロウは余力で帝国兵達を撃ち殺した。身を翻しながらクロウは叫ぶ。
「ヤマモト! 当たんなくていいからとにかく撃ちまくれ!」
その声に応えるように、ヤマモトはデタラメに戦車砲を撃ちまくる。後ろから迫る無限捕食機関のプレッシャーのせいで余裕が無いのだろう。砲弾は遥か上空を飛んで行ったり、手前の地面に当たって爆発したりなど散々だが、その内一発が敵戦車の一台にクリティカルヒット、凄まじい爆発と共に敵戦車は四散した。
「おお! やるじゃねぇか!」
その時だった。
突然、悲鳴のような咆哮を上げる無限捕食機関。気づけば、無限捕食機関の3本目のHPバーが空になるところだった。────ゲージ技が発動したのだ。
(ウソだろ!? さっき4本目のHPバーのゲージ技が発動したよな!? ってことは3本目の分はもう発動済みのはずじゃねぇのか!?)
クロウはそこまで考えてハッとした。無限捕食機関はフィールドに姿を現した時点で既にHPバーが3本と半分削れていた。このHPの減少はレイの『輝きの星』によるものだと考えられるが、無限捕食機関にこれほどのダメージを与える一撃にプレイヤーが耐えられるとは到底考えられず、無限捕食機関がフィールドに現れた直後には、周辺に誰一人プレイヤーが居なかったと考えられる。つまり────
(こいつまさか、ゲージ技を温存してやがったのか!? いくらなんでもAIが賢すぎるだろ!! まずい!)
ただでさえ巨大な翼は実は小さく格納されていたようで、火花を散らしながら3段階の変形を経て、夜空を覆いつくさんばかりに広げられる。白熱し、赤く輝くその翼が、クロウ達はおろか、帝国兵や討伐隊のプレイヤー達をも巻き込んで叩き潰そうと振り上げられたその刹那────
クロウははっきりと目視した。掲げられた翼の隙間を縫うようにして、金色の髪をなびかせる少女が空から降ってきたのを。
少女が”彼”の名を叫ぶ。
「来て! 機動衛兵────ッ!」




