暴走列車 28
アリスは、暗い螺旋階段をノワールに続いて降りて行く。
「ところでナナホシ様。ナナホシ様はSOOの公式設定資料集をご覧になられたことはありますか?」
「一応家にあるっスよ。特典目当てで買ったんで、隅々まで読んだわけじゃないっスけど……」
「中々興味深い本ですよ。SOOは割と設定が凝っていますからね」
「割と、なんだ」
「はい。SOOはすぐに『古代文明』という設定に逃げますから。まぁそれでも投げやりなまま放置されているよりはずっと良心的です」
思い当たる節があるのか、ナナホシは苦笑いをした。
「そう言えばそうっスね。ワープポータルとかも、確か『古代文明の量子テレポーテーション技術』って設定っスもんね」
「はい。敵を倒せばプレイヤーのレベルが上がるのも、『プレイヤーの身体には古代文明時代に作られたナノマシンが埋め込まれており、そのナノマシンの性能が戦闘経験の蓄積によって向上する』という設定です。スキルの発動で身体が勝手に動くのも、死んでもワープポータルで蘇生できるのもこの古代文明産のナノマシンのおかげですね」
古代文明によるゴリ押しが目立つが、『ゲームのシステム上の都合だから』という暗黙の了解を押し付けられるよりは、こんな設定でも無いよりはマシというものだ。
「フリードの周辺で無限湧きする機械系モンスターは、全てこの古代文明の戦争の遺物で、砂に埋まっているものが這い出てくるという設定です。ハート・オブ・スターも、宇宙戦艦も、フリードを防衛する都市防衛バリアも、プレイヤーを取り締まる衛兵NPCも、全て古代文明の遺産、あるいはその技術の流用」
「古代文明祭りだね」
アリスは吞気にそう言った。そんな雑談をしていると、一行は螺旋階段の底、大きな鉄の扉の前にたどり着いた。鉄の扉は無数の鎖と南京錠で封鎖されており、ノワールは、重い鍵束を取り出して、錠前を一つ一つ開けていく。
「君お得意の嫌がらせセキュリティだね。こんなの泥棒からしてみたら扉を破壊した方が早いけど、中にどんな貴重品があるか分からないから、鎖を一本一本切っていくしかない」
「ここまで侵入された時点でほとんど詰みですから。ならいっそ、嫌がらせに徹した方が敵を不愉快にさせられて良いというものです」
「君のそういうトコ、ホントに嫌いだよ」
「くすくす、お褒めに与り光栄です」
そう言ってノワールは、最後の錠前を開けて、鎖を解いた。
「ところで皆様、SOOには何か決定的に足りないものがあると思いませんか?」
「何? 藪から棒に」
「SOOには光線銃も宇宙戦艦も超光速航行も存在しますが、それ以外に何か、この世界観であれば当然に存在すべきものが足りないと、そう思いませんか」
ノワールはそう言って二人の方へ振り向いた。アリスの隣で、口を押えたナナホシが後ずさる。
「……マジで言ってます?」
アリスは首を傾げる。
「SOO公式設定資料集の、初期設定案の隅の方に書き殴られており、実装を望む声が多かったものの、そのあまりの戦闘能力からまず実装されないだろうと予想されていた、古代文明世界の最終決戦兵器……実は、リリース最初期から実装されていたのですよ」
ノワールは錆びついた鉄の扉を開いた。岩盤をくりぬいて作られた部屋の中央に鎮座する、いや、刺さっているのは、静かな光を放つ一本の────
(何かおかしいと思っていたんスよ。合理主義者のノワールさんがこんな辺境の惑星のさらに辺境に店を建てるなんて……いくら景色が良くて静かだからって、こんな辺鄙な場所じゃ、来てくれるお客さんも来てくれない……!)
ナナホシの目が見開かれ、鼓動が高まる。
(これを守るためにここに店を建てたんスね……! ノワールさん……!)
◆◇◆
自由都市フリードから数百光年離れた場所に、氷の惑星があった。ひたすら寒い以外に特に特徴がないこの惑星は、年中吹き荒れている吹雪のせいで探索が難しく、しかもその旨味もなく、訪れるプレイヤーがほとんど居ないまさに辺境の地だ。そんな辺境の地で、吹きすさぶ吹雪の中、大の字になって雪に埋もれている青い髪の少女が居た……レイだ。
『輝きの星』を使った後は、オーバーヒートのせいでまともに身動きが取れず、無防備になってしまう。その間身を隠すため、そして一刻も早く炉心を冷却するためにこうしてここで雪に埋もれるのは、レイにとっては珍しくないことだ。
まだ微かに炎を上げている右眼の周りの雪が溶けて、涙のようにレイの頬を伝い、零れ落ちる。レイの脳裏につい先程の光景がフラッシュバックする。溶けた鉄の海に立つ無限捕食機関。戦場に響くアナウンス。
「私が……倒さなければ……」
「それは無理かもしれませんね」
「っ!?」
柔らかい声が降ってくるのと同時に、レイの右の鎖骨の下にレイピアが突き刺される。レイピアが高く掲げられて、もがくレイの脚が地面から浮く。レイピアを掴んだまま、レイはレイピアの持ち主を睨んだ。
「帝国軍第4師団副団長……スピカ……!」
「名前を覚えていただいているようで嬉しいです」
スピカはそう言って微笑んだ。
「右眼を、いただきに参りました」