暴走列車 26
あっという間に無限捕食機関の足元までやってきた銀華。図体が大きいせいで遠目では分かりにくかったが、無限捕食機関はかなりの速度で移動しているようで、間合いを保つには銀華は走り続けなければならなかった。
「ぐ……熱い……! すりっぷだめーじとかいうものか!」
無限捕食機関が発する凄まじい熱は、スリップダメージとなって銀華のHPをじわじわと削る。
(手早く終わらせなければ)
銀華は、降り注ぐ光線を避けながら無限捕食機関の目の前に飛び上がり、空中で腰の刃に手をかけた。銀華が刃を抜き放つと、一拍置いて、無数のダメージエフェクトが無限捕食機関の身体に刻まれる。
耳を劈く悲鳴をあげて無限捕食機関が仰け反り、HPが微かに削られる。
(やはり! このような化け物には刀が効く!)
銀華のこの考察は間違っていた。
そもそも大前提として、銀華がその昔戦ったことのある終末因子『冒涜の使徒』と、この『無限捕食機関』は全くの別物である。銀華にしてみれば、どちらも『ごちゃごちゃしてよく分からない機械』だが、ステータスも行動パターンも全く違うのだ。
ただ一つ共通する点は、どちらも極めて防御力が高いという点。元々防御力が高い冒涜の使徒と、無数の光線を浴びてもかすり傷にしかならない無限捕食機関。どちらも強敵だが、防御無視のスタースキル『真空切断』を持つ銀華なら、問答無用でダメージを与えることが出来る。
「すぅ……」
目を閉じた銀華の呼吸は静かだ。無限捕食機関の目の前を滑るようにして後退する銀華が、神楽を舞うようにゆっくりと刃で軌跡を描くと、数え切れないダメージエフェクトが無限捕食機関の身体に刻み込まれる。少しずつ、だが確実に無限捕食機関のHPが減っていく。悲鳴のような咆哮を上げ、さらに激しく発熱する無限捕食機関。それに呼応するように銀華の舞も激しさを増し、刻まれるダメージエフェクトも、青白く、眩しくなっていく。
猛烈なスリップダメージは、銀華を10秒に1回は殺せる程のものだ。剣舞の合間で回復を挟まざるを得ない銀華は、あまりの戦いづらさに眉をひそめる。
(溶けてしまいそうだ)
そんな銀華にさらに追い打ちをかけるように、それまで直進するばかりだった無限捕食機関が翼を広げ、振り回し始める。全長100mはくだらない巨大な鋼の翼が高速で振り抜かれる。翼の先端部は音速を超えているのだろう、雲を引いている。銀華が翼を避け様に切りつけると、青白いダメージエフェクトが風花のように舞い散る。
身を翻しながら、銀華は無限捕食機関の進行方向を睨む。無限捕食機関がこれほどのスピードで迫っているとは討伐隊のプレイヤー達も考えなかったのだろう。もうあと少しで討伐隊に追いつきそうだ。あかりとクロウが居る場所からは離れているからその点は一安心だが、ここにい居るプレイヤー達はこのままでは無限捕食機関に轢かれかねない。
装甲車の上で巨大なガトリング砲を構えるプレイヤーが銀華に向けて叫ぶ。
「おいあんた! 巻き込まれるぞ!」
「こなたに構うな! やれ!」
戸惑いながらもガトリング砲の引き金を引くプレイヤー。討伐隊からの銃撃と、航空爆撃からの空爆が一層激しさを増す。飛び交う光線と爆風、そして巨大な翼を躱しながら、銀華はひたすらに無限捕食機関を切り続ける。
「あの女、何者だよ!」
「あの和装……例の銀華とかいうPKじゃねぇか?」
「じゃあ誤射しても気にしなくていいな! 皆! 撃ちまくれ!」
(うぅ……聞こえているのだがな……まぁ仕方ないか……)
動揺しても剣の冴えに淀みは無く。それどころか、舞いはさらに苛烈になる。スリップダメージを回復しようと回復アンプルを取り出す銀華、すると銀華がアンプルを使う前にHPが全快した。空中で身体をひねり、討伐隊の方へ目をやると、そこには銀華に向けてフォトンロッドを構える見知らぬ少女が居た。
(ふふ、こなたの人望もまだ捨てた物ではないな)
銀華が少女に微笑んだ。その時だった。
銀華の背後で、地鳴りのような叫び声を上げて、無限捕食機関が赤熱する。静かな表情で無限捕食機関の方へ振り向く銀華。しかし銀華の身体は『逃げろ、逃げろ』と、悲鳴を上げていた。気づけば、無限捕食機関の4本目のHPバーが空になるところだった。HPバーが削られた際に発動する『ゲージ技』が発動したのだ。
気づいた時には、銀華の身体は遥か上空に飛び上がっていた。反射的に、いや、自動的に、予想される攻撃を避けたのだ。しかし、討伐隊のプレイヤー達はそうはいかない。
(まずい────あの子が──────)
遥か下の地上へ手を伸ばす銀華。無限捕食機関のその巨大な口から、熱線が吐き出される。目の前が真っ白になる程の閃光と、轟音。銀華の軽い身体は爆風にあおられ、さらに上空に吹き飛ばされる。ゲージ技『融解熱線』によって、プレイヤー達数百名が一瞬にして灰になり、そして────
「は?」
なんとか無事に着地した銀華は、絶望の表情で顔を上げた。ゲーム全般に疎い銀華でもこれはわかる。このモンスターを倒すのは無理だ、と。
赤熱し、沸騰する砂の上で雄叫びを上げる無限捕食機関。さっき確かに削りきったはずの4本目のHPゲージが全て回復しており、それどころか、3本目のHPゲージも半分ほど回復していた。1回のゲージ技の発動により、HPバー1本半分ものHPを回復したのだ。