暴走列車 24
「"終末因子、『無限捕食機関』が覚醒しました。観測宇宙の存在確率、99.4%まで低下。対象を直ちに討伐してください。討伐に失敗すると、終末任務が発生します"」
突然、戦場一帯にアナウンスが響く。
レイはハッとしてバルムンクがあった場所を睨んだ。
ドロドロに溶けたバルムンクの残骸の中、溶岩の海に浮かぶ異形の影。レイの目が見開かれる。
「なんで……」
討伐隊のプレイヤー達も、唖然としてそれを見つめていた。
◆◇◆
カティーサークのブリッジの大型モニターに映し出される、全高50mはあるだろう、巨大な異形の機械。ガラクタを無理やりツギハギして作ったようなその黒い化け物は、翼を持ったカタツムリが上体を起こしているような形をしていた。カタツムリで言うところの、接地して這いずる部分が全て口のようになっており、かみ合わせの悪そうな何千本もの牙が生えている。
その正体を知るナナホシとノワールは、目を見開いてモニターを見つめた。
「ノワールさん……アレって、まさか」
「にわかには信じ難いですが、アレは間違いなくレギオンボスの『機械兵の王』。それに、今のアナウンスは……」
「なになに? 何が起こったの?」
ブリッジの窓に張り付いて上空からそれを眺めていたアリスは、ノワールの方へ振り向いた。そしてハッとした。
いつになく険しい顔をし、顎に手を当てて黙り込んでいるノワール。アリスは、そんなノワールを一度だって見たことが無かった。
(普段、全部知ったような顔をして余裕かましてるノワールが……)
ノワールの代わりに、ナナホシが口を開く。
「アリスさん、アレは『機械兵の王』と呼ばれるレギオンボスっス。レギオンボスって言うのは、SOO最高難易度コンテンツであるレギオンレイドでのみ戦うことが出来るボスっスね。40人で戦うことが前提の、強力なボスっス」
「SOOにもレイドがあるんだね、けど……そういうボスって、特殊なフィールドで戦うもので、普通のフィールドには出てこられないんじゃ……」
ナナホシはアリスに頷いた。
「おっしゃる通りっス。機械兵の王は、あるダンジョンの最奥に居るボスで、そこから絶対に出て来れないはずなんスよ。これは、設定の話じゃなくてシステムの話っス」
ノワールは目を細める。
「仮に機械兵の王を一般フィールドに連れ出すことが出来たとして、レギオンボスであるアレを拘束して、ここまで連れてこれるはずが……まぁいいでしょう。とにかく、大変なことになりました」
「やっぱりマズいの? 素人考えだけどさ、40人で倒せる程度のボスなら、討伐隊の皆で戦えばなんてことないような気がするんだけど」
アリスはそう言って首を傾げた。騒動を聞きつけて新たに加勢してくれたプレイヤーを含めると、討伐隊の人数は今や2万人に迫る勢いだ。単純計算で、本来機械兵の王を倒すのに必要な戦力の500倍もの戦力が集まっていることになる。普通に考えれば、負けるはずがない。しかしノワールもナナホシも首を横に振った。
「実際の機械兵の王との戦いでは、フィールドに、機械兵の王以外の4体の機械兵が出現します。4体の機械兵にはそれぞれ役割があり、機械兵の王に対する回復・攻撃バフ・防御バフ、そしてプレイヤーに対するデバフを行ってきます」
「あー嫌な予感がする! 聞きたくない!」
勘の鋭いアリスは目をぎゅっとつぶって耳を塞いだ。
「機械兵の王の固有能力として、周囲の機械系モンスターが倒される度に、永続・消去不可のバフが付与されるというものがあります。目安としては、機械兵を2体倒してしまうと、勝つのがほとんど不可能な無理ゲーと化します」
「クソボスじゃん!!!!!! ……ん、ちょっと待って、『周囲の機械系モンスター』ってことは────」
青ざめるアリス。額に汗を滲ませるナナホシとノワール。
「もし万が一、機械兵の王の永続バフの発動回数に制限が無ければ、……『周囲』の厳密な判定がわからないので何とも言えませんが、最悪の場合、機械系モンスター1000万体分のバフという、途方もない量のバフが付与されていることになります」
沈黙に包まれるブリッジ。初心者のアリスですら理解出来る。これは詰んでいる。
しかしノワールは顔を上げた。
「……アナウンスによれば、これは終末任務に関わる突発イベント。アレのお披露目には相応しい舞台でしょう」
「アレ?」
ノワールは首を傾げているアリスを見つめると、ため息をついた。
「こんな提案をするのは非常に不本意なのですが。アリス様、この世界でも英雄になるおつもりはありませんか?」