暴走列車 23
焼けた大地に降り立ったレイは一人、バルムンクへ向かって歩いて行く。味方を巻き込まないようにするためだ。
「"制限装置解除。炉心昇圧、炉心昇温、開始"」
戦場に静かに響く電子音声。レイの右眼が燦々と輝く。レイのことを知る一部のプレイヤーが恐れ慄き、悲鳴をあげる。
「あ……まずい……! 皆逃げろ! 巻き込まれるぞ────ッ!」
「逃げろ! 逃げろ────ッ!」
「"星"だ! "星"が来るぞ────ッ!」
白い炎を噴く右眼の輝きは鋭く。ただ、目の前の標的を見据える。レイは歩みを止めて仁王立ちになると腕を組んだ。
「"重力アンカー起動。星系番号091、照準補正開始"」
碇が降ろされ、レイの身体は地面に縫い留められる。
────そんなレイを、遠くで見つめる白い影があった。
◆◇◆
バルムンクのブリッジは大騒ぎだった。
「急げ! 早く!」
「この艦はもうダメだ! 持てるだけの物資を持ってワープするんだ!」
そんなブリッジの騒ぎを聞きながら、スピカは倒れたバルムンクの外に出て、焼け焦げた装甲板の上に立った。彼方で眩く輝く白い光。
「レイ。貴女が"星"を使うことはわかっていましたよ。バルムンクを仕留める絶好のチャンスを、貴女が見逃すはずがありませんもの」
重力炉が破壊されたとはいえ、バルムンクの設備の大半はまだ無事だ。言い換えれば、重力炉さえなんとか直すことができれば、バルムンクは再び飛ぶことができるのだ。しかし、バルムンクを塵も残さず焼き尽くせば、その建造費用である数十兆クレジット分という、途轍もない経済的損失を、そっくりそのまま帝国に与えることができる。帝国を大きく弱体化させることができるだろう。こんな、またとない絶好の機会を、SOOで指折りのプレイヤーであるレイは当然見逃さない。
刻一刻と死が迫っているというのに、スピカは穏やかに微笑んでいた。
「『戦艦』のレイを、ターミナルオーダーの最高戦力と言わしめる象徴……SOO世界で最高の攻撃能力を持つ、文字通りの必殺技……そんなもの、そう簡単に撃たせるとでも?」
スピカの背後から、一人の男が現れる。
「スピカ様、狙撃手隊が配置につきました」
「殺れ」
「承知しました」
◆◇◆
「"仮想重力レンズ群、展開"」
レイの付近の大気が帯電し、青白い稲妻が飛び交う。
「"炉心圧力、炉心温度、臨界。最終認証を要請します"」
「撃鉄を起こせ!」
「"認証完了。撃てます"」
「撃て!! 『輝きの星』!!」
レイのその声をトリガーに、右眼がいっそう強く輝いた、その時だった。どこからともなく放たれた一発の凶弾が、レイの側頭部を─────
その時、スピカははっきりと目視した。レイの顔の左側で、大きな火花が飛び散ったのを。
その凶弾はレイの側頭部を貫き、レイを死に至らしめるはずだった。スピカが事前に準備しておいた3つ目の仕掛け。しかしそれが今、レイの頭に届くその直前に突然爆ぜた、いや、より正確には─────
「そんな馬鹿な」
唖然とするスピカを光が包み込んだ。
◆◇◆
クエーサー。それは宇宙で最も明るい天体である。そのクエーサーの名を冠するレイの必殺技『輝きの星』は、SOOに存在するあらゆる攻撃の中で最高の攻撃能力を持つ。もちろん、本物のクエーサーには遠く及ばないが。
右眼の炉心の中で、ハート・オブ・スターの力によって形成されたマイクロブラックホールは、注入された質量をエネルギーへと変換する。質量のエネルギー変換は、それこそ陽電子爆弾の中でも行われている事だが、SOO世界の陽電子爆弾は、陽電子の純度の関係で、爆薬の重量に対してコンマ数%程度の変換効率でしか質量のエネルギー変換を行えない。しかし、レイのそれは50%に迫る超高効率。
事象の地平面で生成された10の29乗Wの光は、仮想重力レンズによって収束され、標的へ向けて放たれる。
大気に当たって拡散し、漏れてしまったわずかな明かりですら、夕空を青空に塗り替える程の明るさを持つ。SOOで最も明るい光線。最大射程距離は、脅威の18パーセク。
──────静寂の中で、一筋の光がバルムンクを真っ直ぐ貫く。
1秒とコンマ2秒を置いて、バルムンクは轟音と共に巨大な火柱に変わった。
◆◇◆
一瞬にしてデタラメな量の熱を、エネルギーを与えられたバルムンクは、内側から解けるようにして融解、そして蒸発した。現れた火柱の高さは2kmにもなり、熱と衝撃波が、無防備な地上部隊に襲い掛かる。
「うおおおおおっ!?」
「きゃああああっ!?」
「ぐ……これは……!」
灼熱の砂嵐によって発生した凄まじいスリップダメージにより、みるみるうちに減っていくあかり達のHP。あかりとクロウは、範囲回復アイテムを連打して何とか耐え凌いだ。
(あンのヤバ女アアアア! こンなの使えるなら最初っから使えよオオオオオッ!)
衝撃波は上空のカティサークにも容赦なく襲い掛かり、激しい揺れにアリスは悲鳴を上げる。
「もおおおお! 今日何回目────ッ!?」
◆◇◆
(やれやれ。大気中で撃つとホント酷い目に遭いますわね、コレ……)
冷却のために青白い炎を噴き続ける右眼。熱暴走により機能停止に陥ったレイが膝をつく。炉心の排熱により、溶岩地帯などと同じ高温環境に塗り替えられたフィールド。陽炎が揺らめき立つ地面の温度は推定で千数百度。宇宙戦艦であるレイはこの環境でもダメージを受けないが、何の対策もしていないプレイヤーはただでは済まない。
レイは、視界の端で猛スピードで流れていくキル通知を眺めた。その時だった。
「え────?」
レイの口から声が漏れる。レイの視線の先、地面の上に横たわる奇妙な物体。
それは、交差した2つの弾丸だった。その大きさからしてどちらも恐らく対戦艦狙撃銃ヤトノカミの専用弾だろう。片一方の弾丸の側面を貫く、もう一つの弾丸。所謂『かち合い弾』とか『行合い弾』とか呼ばれるものの一種だ。かち合い弾とは、弾丸と弾丸が空中で衝突し一体となったもので、『弾丸同士が空中でぶつかる程に激しい戦闘が行われたのだ』という風に、戦闘の激しさを伝える遺物として博物館などに収蔵されていたりする。が、その多くは偽物で本物は少ないのだとか。しかし、今レイの視線の先にあるかち合い弾は間違いなく本物である。
(確かに、発射シークエンス中に、私の近くで原因不明の小爆発が起きていました……アークの一種だと勝手に思い込んでいましたが……まさか……!)
レイは思わず周辺を見渡す。北側、フリードの城壁……はまだ遠すぎる。上空からならともかく、地上からではフリードで一番高い建物の先端がギリギリ見える程度だ。弾丸が届くかすら怪しい。可能性があるとすれば、レイの北西3km先の森林エリアと、その反対側、北東4km先の廃墟エリア。レイはゾッとして固唾を飲む。
(あり得ない……! 3km先から実弾で私を狙撃するだけでも人間業じゃありませんのに、その弾丸を狙って撃ち落とすなんて! そんなこと、人間にできるわけが────)
その時だった。