暴走列車 22
「”ハイパーブリッジシステム、起動、跳躍を開始します”」
アルセーニャの宇宙船が輝きに包まれ、消える。それと同時に、隕石の爆発が地面に襲い掛かった。
地上に現れた眩い火球が地平線を飲み込んでいく。光と熱があらゆる物を焼き焦がす。隕石が爆発してからわずか0.6秒。フリードへ侵攻しようとしていた全てのモンスター800万体が、一瞬にしてポリゴンの破片になった。直後に、今度は衝撃波の津波が、あらゆるものを引き裂きながら吹き飛ばしていく。ポリゴンの破片はもちろん、荒野の砂も、雲も、全て纏めて。
上空に居たカティサークのエネルギーバリアがバリバリと音を立てて軋み、ブリッジ中の機器のモニターが、爆発によって生じた電磁波の影響でノイズまみれになる。ノワールのミニテーブルが転倒し、紅茶のカップが砕け散る。
「ひゃああっ!?」
「うお……まじスか……これっ……!」
激しく揺さぶられ、傾くブリッジの中で、アリスとナナホシは必死に床にしがみついた。
ノワールは声を張り上げる。
「吹き戻しが来ます!」
◆◇◆
同刻。自由都市フリード近郊。
光が収まり、凄まじい暴風が過ぎ去り、砂まみれになったクロウは恐る恐る頭を上げた。
「生きてる……。…………馬鹿な! アレを食らって無事で済むはずが!」
「う、うう〜」
クロウの下で目を回していたあかりと銀華も顔を起こす。クロウが見上げるその先には、空中に浮かんだまま、爆心地を見据えるレイの姿があった。
宇宙戦艦であるレイは当然、エネルギーバリアを生成することが出来る。モンスタートレイン討伐隊2万人を、隕石の爆発から守るくらいならどうということは無いのだ。
(な、なんだあの女……! まさかあの衝撃を防ぎ切ったのか……!? いくらなんでもヤバ────)
クロウはそこでハッとして立ち上がり、辺りを見渡した。そして叫んだ。
「おい皆見ろ! モンスター共がいなくなってるぞ!」
プレイヤー達がざわめき、恐る恐る立ち上がる。そして、割れんばかりの歓声が上がった。
レイのバリアが張られていた場所を境目に、さっきまでモンスター達が覆いつくしていた地上が、赤く焼けた砂に一面覆われていた。モンスターの姿は全く見えない。モンスタートレインはフリードに到着する前に全滅させられたのだ。
「うおおおおおおおおおっ!」
「やったああああああ!」
「勝った! 勝ったぞおおおおおおっ!」
喜びのあまり、砂まみれのまま飛び跳ね、近くの見知らぬプレイヤーと抱き合う討伐隊の面々。しかしレイはそれを一喝するように叫んだ。
「吹き戻しが来ますわよ! 伏せて!」
「え?」
「なんだって?」
直後に、今度は爆発の中心に向かって暴風が吹き荒れた。砂が巻き上げられ、プレイヤー達は地面にしがみつく。
「うわあああああっ!?」
「ぎゃああああっ!?」
その暴風の中、レイは微動だにせずに、焼けた地上に目を配っていた。
(本当に成功するとは……キララ……いいでしょう。貴女のその手腕、認めてあげなくも無いですわ)
レイの見据える先、爆心地には、まさに天を衝く高さの巨大な雲が立ち上っていた。青白く発光するその雲は、夕方で暗くなりかけた地上を怪しく照らし、凄まじい上昇気流によって作られた雷を無数に纏っていた。
レイの視界の端。赤くグツグツと煮えたぎる砂の海に、黒い鉄の塊が煙を上げながら横たわっている。墜落したバルムンクは、この隕石の爆発の直撃を受けてなお無事なようだ。
レイは、バルムンクを睨んだ。
◆◇◆
酷く混乱したバルムンクのブリッジは、艦が転倒したせいで床と天井が壁のように傾いており、プレイヤー達はブリッジの窓ガラスの上にすし詰めになっていた。ひしゃげた扉を破壊し、クリームヒルトがブリッジに駆け込んでくる。
「状況報告! 何がどうなっているのよ!」
怒りを露にしたクリームヒルトを宥めるように、スピカが口を開く。
「重力炉が突然爆発。直後に隕石が降ってきて、コレも爆発。モンスタートレインは全滅させられた模様です」
「全滅!? 全滅ですって!?」
スピカは頷く。
「ついさっきまで800万体も居た、モンスターの群れが! 全滅!? 冗談じゃないわ!」
「やれやれ……してやられましたね。しかし、どうやって重力炉を……」
その時だった。
「報告っ! ぜ、前方より、超巨大エネルギー反応! こ、これは……!」
スピカとクリームヒルトはハッとして顔を見合わせる。クリームヒルトは唖然として呟いた。
「星……」
◆◇◆
上空のカティーサークのブリッジでも警報が鳴り響いていた。
「ノワール様、レイ様が"星"を使われるようです」
「おや、バルムンクにトドメを刺しますか。流石はレイ様、絶対に油断をされないお方」
「う、うう、今度は何?」
アリスが頭を抱えながら立ち上がる。
別のメイドがトレーに乗せて持ってきた紅茶のカップを手に取りながら、ノワールは答える。
「ふむ、そうですね。SOOでプレイヤーが実行できる攻撃の中で最強の攻撃が使われる……と言えばお分かりでしょうか」
「え?」
きょとんとするアリスの肩をぽんと叩いたナナホシは、アリスに自分のものと同じ、安全第一ヘルメットを手渡すと、力なく笑った。
ヘルメットを手渡たされたアリスは、しばらく硬直していたが、事の重大さを理解すると思わず叫んだ。
「またさっきみたいな爆発が!?」




