暴走列車 20
「例外?」
「アルセーニャさん。バルムンクは今、真っ直ぐ進んでいるんだ。フリードへの最短ルートを、等速度で、真っ直ぐ進んでいる」
「は、はぁ。それはそうだにゃ。別に寄り道する必要も無いし、速すぎてもモンスタートレインが置いてけぼりになっちゃうし、遅すぎるのは論外だし、まさに等速直線運動って感じだにゃ……それが……一体……」
アルセーニャの顔をだらだらと冷や汗が伝う。
「ま、まさか君!」
「このゲーム。前回ログアウトした場所……正確には、最寄りのワープポイントからの相対座標になるんだけど、に、ログインすることができるんだ。つまり、空中にログインすることができる。もっと言えば─────」
「バルムンクの行く先で事前にログアウトしておいて、タイミングを見計らってログインすれば確かにバルムンクの中に入れるだろうけどそんなの絶対無理だよ!! ていうかそれほぼグリッチだし!」
キララがめちゃくちゃなことを言い出すので、アルセーニャはかつて無いほどの大声で叫んでしまった。
「『にゃ』忘れてるよ」
「にゃ!!!」
キララは、ノワールから貰ったジュラルミンケースを甲板の上に置いて開けて見せた。中身を見て、アルセーニャは固唾を飲む。
「陽電子爆弾……!」
SOOで最強クラスの爆薬として、電子励起爆薬と双璧を成すのがこの陽電子爆弾だ。爆弾内部で反物質である陽電子を電子と反応させて、莫大な量のエネルギーを解き放つことができる。
キララは、バスケットボール大の爆弾を抱き上げる。
「バルムンクの心臓である重力炉の中にログインして、これを起爆、重力炉を破壊する」
「そんなの成功するわけないにゃ!!! 大体! 重力炉の場所なんてどうやって特定するつもりにゃ!! そんな超機密情報、ボクどころかカガミだって知らないにゃ!」
「バルムンクの装甲が、前回の撤退戦の時と比べて明らかに増えている。ただ、装甲をデタラメに増やしても重量が嵩むばかりだから、より効果の高い場所に装甲を沢山増やすはず。効果の高い場所っていうのはつまり、敵艦との撃ち合いの際に攻撃を受けやすい場所と、攻撃を受けたらマズい場所。そして、攻撃を受けたらマズい場所とはつまり──────」
「重力炉のある区画付近に装甲が沢山あるはずって理屈は分かったにゃ。けど、改修前後のバルムンクの詳細な寸法データが無いと装甲の増加量なんて─────」
「必要ない。私の目測と記憶に狂いは無い。それに、ノワールさんには最強クラスの威力の爆弾を注文しておいたから、万が一重力炉の中に入れなくても、付近で起爆できれば十分に重力炉を破壊できる」
「だとしてもにゃ! 仮に、全部上手くいったとして、重力炉の中に飛び込んだりしたら、超高熱で一瞬で灰になるにゃ! どうやって爆弾を起動するつもりにゃ!」
「SOOでは、ログインした直後、10秒間だけ無敵時間がある」
「けどその10秒間は一切の攻撃行動が行えない! 爆弾の起爆スイッチだって押せないはずにゃ!」
キララは、それに対する返答の代わりに、以前ナナホシから貰った船外活動用複合アンプルの余りを取り出した。アイリは目を見開く。
「アンプルの使用は攻撃行動じゃないから実行できる。そしてこれは船外活動用『複合』アンプル。宇宙空間で受けるスリップダメージの内訳の大半は窒息ダメージだけど、超高温や超低温、有害宇宙線等を原因とする環境ダメージもその内訳に含まれている。もちろん、このアンプルはそれらも無効化してくれるから、これを使えば重力炉の中の超高温にも耐えられる」
「う、うぅ。確かにそれなら……できるかも……でも君! 一番大事なことに答えてないにゃ! 君がやろうとしてる事は仕様の悪用、グリッチだと咎められても文句言えないにゃ!」
ゲームで言うグリッチとは、ゲームにおける悪質行為のひとつで、バグなどの意図されていない仕様を悪用し、不当にアドバンテージを得る行為を指す。
キララがやろうとしていることは、バグの悪用ではないが、ログインシステムの完全なる悪用。一種のグリッチだと言われても仕方の無い行為だ。
しかしキララは何食わぬ顔でこう言った。
「別にいいよ」
「え?」
「私がやろうとしていることはゲームシステムの悪用だ。けど、それはモンスタートレインをやっている帝国にも言えること。相手が手段を選ばないなら、こっちだって手段を選ばないよ」
「それは……! けどそんなことしたら、君はグリッチ使いの誹りを受けることになるんだよ!? 君はそれでいいの!?」
「いいよ」
キララがあまりに穏やかなので、アルセーニャはたじろいだ。
「っ! じゃあもし、帝国が『キララはグリッチ使いだ』って言いふらして回ったらどうするつもりなの!? プロゲーマーkillerlaの名声に傷が付きでもしたら……!」
「どうでもいいよ」
「ゲーマーとしてのプライドは!?」
「バルムンクを仕留め損なうくらいなら、プライドなんて要らないよ」
そう言ってキララは陽電子爆弾をジュラルミンケースにしまうと、アイテムボックスの中に格納した。
「私はね、ゲームシステムの範疇でやれることならなんでもやる主義なんだ。相手が手段を選ばないなら尚更、ね。でもまぁ……君がどうしてもそれを受け入れられないって言うなら……」
キララの指先が銀色のツインテールの毛先に触れる。キララは柄にもなく、申し訳なさそうにこう続けた。
「私は君を脅さなくちゃいけない。正体を言いふらすぞってね」
キララが言っていることが飲み込めず、動きが固まってしまうアルセーニャ。
「……ん、え!? そこは、やり方を変えるとかじゃないの!?」
「くすくす、それは無理だよ。と、いうことで、私の言うこと、聞いてね?」
キララはそう言って可愛らしく笑った。アルセーニャは、キララの言うことに従う他なかった。