暴走列車 18
クリームヒルトは甲板上に単身で姿を現すと、カティサークの甲板の上に立つアリス達の前まで歩いてきた。
「話を聞く気になったかしら。まぁ無理もないわね。モンスタートレインがフリードに辿り着くまであと1時間を切っているというのに、モンスタートレインは未だ健在。多少数が減っているようだけど……見たところ、まだ800万体は居るでしょうね」
クリームヒルトのその言葉はただの威嚇ではない、バルムンクの下、大地を埋め尽くすモンスターの群れがそれが事実であることを雄弁に物語っている。
「くすくす。頼んでも居ないのにペラペラと、何をそんなに焦っているのですか?」
「魔女め、口を閉じろ」
クリームヒルトに睨まれると、ノワールは小さく舌を出して、わざとらしく肩をすくめた。
バルムンクとカティサークのエンジンの轟音。耳元で唸る風の音。斜陽を背負いながら、アリスは声を張った。
「くりぃむちゃん。正直に言うと。私がここに来たのは、君の隙を作るためなんだ。私が姿を見せれば、君は私に対応せざるを得ないから」
「でしょうね。どうせその女の入れ知恵でしょう」
クリームヒルトはそう言ってノワールを睨んだ。
「当然。まぁ、我々がこんなことをしなくてもどうせその船は沈むのですが」
「お前との無駄話に興味は無い。口を。閉じてろ。それで? まさか話はこれで終わりじゃないでしょうね? アリス」
アリスは頷いた。
「まず大前提として、私はモンスタートレインなんて害悪行為は許さない。その上で、それとこれとは別として……実を言えば、君の提案に乗ってもいいと思ってる」
クリームヒルトの目が微かに見開かれる。それどころか、ナナホシやノワールまでもが思わずアリスの方へ振り向いてしまった。二人の反応を見たクリームヒルトの目が大きく見開かれる。
(今の二人の反応……演技だとすればあまりに自然すぎる……アリスが、ノワールも想定していない独断専行を? うん、アリスなら確かにそういうことをやりかねない! まさか、本当に──────)
アリスはクリームヒルトへ手を差し伸べた。
「……君たちがまだロスサガを遊び足りないっていうなら、皆で一緒にSOOをやめよう。そして、ロスサガに帰ろう。私は、いくらでも付き合うよ」
アリスの金色の髪が一際強い風に流れる。小さな手に斜陽が透ける。アリスの強い眼差しに噓は無い。クリームヒルトは思わず固唾を飲んだ。
ナナホシはアリスを見つめる。
「アリスさん……」
「いいんだ。まだクリアしてないゲームとサヨナラするのは惜しいけど、私の一番はロスサガだから」
そんなアリスの隣で、ノワールは穏やかに俯いた。
(あぁ……そうでしたね。貴女はそういう方でした。そんな貴女だから、ロストサーガは貴女を主人公に……)
「ホントは、君たちの言い分もわかるんだ。私だって、ロスサガが昔みたいに賑わうなら何だってやるかもしれない。けどね、例えSOOがサービス終了したって、ロスサガが昔の姿に戻ることは無いよ。なぜなら、ロスサガはもう終わったゲームだから」
「っ……!」
クリームヒルトは激しく動揺した。ロストサーガファンタジアを一番愛しているであろうプレイヤーから、そんなセリフを聞くことになると思わなかったからだ。
「ロスサガが、終わっているですって……!?」
「うん、ロスサガは終わっている。終わることができたんだ。少なくない数のオンラインゲームが消耗品になってしまっているこの時代に、競争に負けて早死にすることもなく、くだらない延命治療で尊厳を踏みにじられることもなく、迎えるべき結末を迎えることができたんだ。だから私は、あのゲームをクリアすることができたんだ」
ノワールは、アリスの一歩後ろで、その言葉に静かに耳を傾けていた。
「もちろん、私に言わせてみれば大半のプレイヤーはやりこみ要素の5%も遊んでいない。でも皆、ロスサガに満足してやめていった。それでいいんだ。ロストサーガは皆の美しい思い出になったんだ。だから、それを穢すようなことをしちゃいけない……!」
クリームヒルトは顔をこわばらせて後ずさる。
「ロスサガに人が居ないのが、SOOに負けたからだと思ってるなら大間違いだ! だから帰ろう! 君たちがまだ迎えるべき結末を迎えられていないなら、ロスサガをまだクリアできていないなら! 一緒にロスサガの続きをやろう!」
ノワールは静かに目を閉じた。クリームヒルトは叫ぶ。
「っ! 冗談じゃない! 美しい思い出ですって!? この偽善者! 貴女だってわかっているでしょう!? このままじゃそう遠くない未来に、ロスサガは無くなってしまう! そしたら私達は、一体どこに帰ればいいのよ!」
クリームヒルトは目に涙を浮かべる。
「私はただ、皆が、あの人が居るギルドハウスに帰りたいだけなのに! ロスサガが無くなってしまったら、そしたら、私は─────!」
その時だった。
凄まじい爆発音と共にバルムンクを激しい揺れが襲う。思わずよろめくクリームヒルト。
「っ!? 一体何が──────!?」
「……時間だ」
アリスはそうつぶやくと、手を差し伸べたままクリームヒルトを見つめた。
「くりぃむちゃん。私はいつだって待っている。レグルス君達にも、そう伝えて」
「アリス!」
バルムンクのロケットエンジンから炎が混じった黒煙が噴き出る。緩やかに高度が落ちていくバルムンクの甲板で、クリームヒルトは遠ざかっていくカティサークの船底を見つめていた。