暴走列車 16
「おいお前、いつまで人の顔見てびっくりしてやがる」
「あっ、す、すいません。つい……」
「クロウ殿のぺすとますくが不気味なのがいけないのだ」
「不気味とは何だ!」
あかりは思わず固唾を飲んだ。
(このクロウさんって多分……あのcrowさんだよね……?)
ゲーム実況などをしている配信者として、プロゲーマーのことを多少知っているあかりが、キララと並んでHELLZONE最強格のプロゲーマーであるクロウのことを(特にその印象的な服装について)知らないはずもなく。
「しかし忌々しいバリアだぜ。銃さえ使えりゃ、こんな──────」
そう言って突然何もない空間を蹴り飛ばすクロウ。すると、その空間に初期装備の男が出現した。クロウの蹴りを受けて光学迷彩が解けたのだ。
「がぁっ!?」
「こんな雑魚共、俺一人で全員始末してやるってのによ! 砂煙の中で光学迷彩が機能するかよ! バカが!」
蹴りを受けて仰け反っている男を、銀華はテキパキと処理する。
クロウの現在のレベルは何と68。HELLZONEのプロゲーマーである以前に、筋金入りのゲーマーであるクロウは、有用なスキル・装備を集めながらハードレベリングを行っていたのだ。しかし、まだ中級プレイヤー、しかも銃撃戦特化のビルドをしているクロウの蹴り一発では、せいぜいこうして仰け反らせるのが関の山、トドメを刺すには銀華の力を借りなければならない。
「あかり殿、ともかく敵兵はこなた達に任されて、これまで通り化け物共への対応と──────」
銀華はそこで突然口を閉ざすと、空を見上げた。
「銀華さん?」
「どうした銀華!」
「何か来る……これは……!」
戦闘の音に紛れて、微かに聞こえてくる、聞き覚えのあるロケットエンジンの音。銀華は刃を構えて叫んだ。
「飛行機が来る! 伏せろ!」
「わっ!?」
クロウがコートを羽のように広げ、あかりを覆い隠す。その直後、エンジンの轟音と共に、無数の赤い光線が討伐隊目掛けて降り注いできた。
銀華が構える刃が霞み、空中に、輝く白刃の像が無数に刻まれる。光線が炸裂する轟音。赤い爆炎が銀華達の上に天幕のように広がり、銀華は爆風と閃光に思わず眉をひそめる。銀華の視界の端で、HPバーが削れる。
(これは……ライデン殿が言っていた爆発する弾か──────!)
銀華達の元に降って来たものは銀華がすべて防いだが、周りのプレイヤー達はそうはいかない。隊列のあちこちで赤い爆炎が立ち昇り、プレイヤー達の無数の悲鳴が上がる。
「ぐあああっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
「っ! 皆!」
「クソ! 航空優勢って奴か! まずい、ここままじゃなぶり殺しだ!」
砂煙のヴェールの向こう。編隊を組んで飛翔する、黒い8つの影が上空で大きく旋回し、再び討伐隊に襲いかかってくる。
刃を構える銀華。その隙を狙って、今度は5人もの初期装備のプレイヤーが戦車の外壁を一瞬にしてよじ登り、銀華達に襲いかかって来た。
「クソ! 飛べ!」
クロウはそう叫ぶと、あかりを小脇に抱えて全力でジャンプした。即座に反応した銀華が、同じように飛び上がると同時に、降り注いで来た光線が戦車の装甲に当たって激しく爆発する。反応が間に合わなかった初期装備のプレイヤーは戦車の上で光線の餌食になった。
(ぐ…….少し掠った! 判定デカすぎだろ!)
あかりを小脇に抱えた状態で4m近く跳躍してみせたクロウだったが、爆風のダメージ判定エリアは広く、ダメージを受けてしまう。
「ヤマ────運転手さんが!」
「戦闘機の機銃如きで戦車はやられな─────いや、トップアタックってヤバいんだったか?」
灼熱の戦車の上に降り立つ3人、装甲は黒焦げになっているものの、何とか無事なようだ。
多くの場合、戦車は敵戦車との正面での撃ち合いを想定して設計されているため、正面には分厚く強固な装甲が用意されているが、それこそ上部などは装甲が薄く、攻撃が通りやすくなっている。そのため、戦車の上部に対する攻撃は致命傷になりやすく、危険なのだ。
なお、SOOの戦車は内部にエネルギーバリア発生装置を搭載していることがほとんどであるため、上部などの弱点部位に対しても一定の防御性能がある。
「ふぅ、よかった。ってきゃあっ!?」
息をつく暇も与えず、今度はモンスター達が一斉に飛び上がり、大波のようにあかり達に襲いかかって来る。
「銀華!」
「任されよ!」
銀華が刃を振るうとモンスター達がまとめて霧散し、ポリゴンの破片が激しく舞った。
(むぅ……ただでさえ視界が悪いというのに)
眉をひそめる銀華。第六感的に何かを察知したクロウはアイテムボックスを開く。
その直後だった。ポリゴンの破片の煙幕を突き破って、赤い光線があかり達に降り注ぐ。銀華の目が見開かれ、刃が振るわれる。しかし、刃に打ち砕かれた光線は白熱し──────
(直撃を防ぐだけならどうということは無いのだが……)
自動的に爆風を躱そうとする(爆風より速く動けるので躱せる)銀華の身体、『あかりを庇え』という相反する命令を下す銀華の頭。結果的に、柄にもなく銀華は硬直してしまった。
(くっ……まさかこなたがこんなに誰かを守ることが苦手だとは──────! まずい──────!)
ポリゴンの破片を光線が突き破って、戦車の上に巨大な火柱が立つまでわずか0.13秒。あかりは反応することすらできなかった。あかり達は、戦闘機の機銃掃射の、事実上の直撃を受けてしまった。